第5話 SOSは無形的
「椿は放課後に用事ある…か。これ九割方鍋島先輩だよな」
「だろうね…。あ、僕も部活あるから、それじゃ」
「おう、ありがと。白雪は、委員会良いのか?」
「うん…。行って来る」
遥香は部活見学に行くと連絡が来ているので、久しぶりに一人で帰宅。
明日からのゴールデンウィークは家でのんびりとケーキでも作るとしようか。
…となると今日は買い物して帰るか。
ついでに夕飯の献立も考えないと、なんて思いながら校舎を出る。
すると、どこかの部活の手伝いでもしているのか大きな荷物を運んでいる椿の姿を見かけた。
一瞬、無意識に手伝いに行こうとして、すぐに足を止めた。
例えばそれが椿以外の生徒だとしたら、俺は手伝いに向かおうとするだろうか。
力の有りそうな男子生徒だったらきっと気にしないだろうが、苦労してそうだったら俺は誰であれ手伝いに行こうとする。
椿に限った話じゃない。
少しだけそう考えて足を動かす。
「…あっ…」
だが、もう一度足を止めた。
椿に向かって走り出した鍋島先輩を見つけたから。
そうなると俺は必要無いだろう、頭の中にあった色々な考えをぱぱっと振り払い、踵を返して校門を出ようとしたところで、ふと思い至ってスマホを確認する。
授業中は電源をオフにしていたから通知が少し溜まって。
そんな中で…
「……体育館裏…なんだこれ?」
如月から場所だけの連絡が来ていた。
それも、ほんの数分前。
『どうした?』『おーい』と返信しても一向に既読がつかないので、何か異常事態かと思って走り出す。
「…ハァ、えっと?体育館裏って…こっちじゃ無いのか?」
俺が知る限り体育館裏ってここなんだけどな…。
「──!──っ!」
「…?」
声が聞こえた様な気がした。場所は体育館裏にある用具室。
なるほどこっちかと納得しつつ、用具室に近付いて一気に引き戸を開ける。
「……あ?」
まさかの光景に思わずドスの効いた声を出してしまった。
恐らくは一年生だろう男子生徒が三人。
涙目、下着姿の如月友梨奈を押さえつけている。
その横では四人の女子生徒がスマホを向けていた。
俺は自分の体の後ろでスマホを操作しながら状況を確認する。
確かに、体育の時間が終わって以降はまずここには誰も来ない。
何故鍵をかけてないのかは分からないが、取り敢えずこれは、普通にアウトだろう。
「…は?何アンタ、呼んでないんだけど?」
「先輩をアンタ呼ばわりはよく無いぞ…」
…そういう問題じゃないか…。
「お前ら、何やってんだ?」
「何?参加したいの?」
さっきから舐めたことしか言わない、入り口のすぐ横に居た女子生徒に笑いかける。
「教頭あたりにチクッていい?」
「は?何お前死ねよ?」
「良いよめんどくせえ、喋れなくしようぜ」
一人の男子生徒がそう言いながら立ち上がると、後の二人も俺の方に向かって歩いて来た。
そうして初めて如月の全貌が見えた。
よく見ると床が水浸しで…どうやら一度頭からバケツで水を被せられた様だった。
横には画面の割れたスマートフォンと裁ちばさみ。制服はボロボロに切られたらしい。
イジメ、というよりこれはもう強姦、犯罪だろう。この責任は親に掛かるというのに、呑気な奴らだ。
ここ本当に日本か?と疑いたくなる治安の悪さだ。
…うーわ…皆俺より背高いじゃん、腹立つ…。
なんで自分よりも体格の良い後輩に詰め寄られなきゃ行けないんだか。
ふと、そこで助っ人というか決定打の人が来た。
「東雲君、言われた通り教頭先生連れて来たけど…」
実は早めにSOSを頼んでいた白雪美咲とスキンヘッドが印象的な教頭先生が到着。
あまりの状況に絶句している教頭と慌てふためく一年生達、俺は男3人の間を通って如月の側にしゃがみ、咥えさせられているタオルを解いた。
「…リン、先輩…」
今にも声を上げて泣き出しそうな少女にブレザーを被せる。
「おい、どういう事だ一年共」
教頭のスキンヘッドに角が生えて見える。俺からすれば救世主に見えるが。
「じゃ、俺は如月を保健室に連れてきます」
「ああ頼むぞ。さーてと?徹底的に“お話”しようか。お前等、生徒指導室に行くぞ」
青褪めている一年たちに、俺は軽く笑いかけてやった。
「気楽で良いよな、学生は。責任取らされるのは“保護者”だもんな?」
「東雲君、性格悪いよ…」
「こいつ等よりはマシだろ」
「それもそっか」
落ちていたスマホだけポケットにしまい込み、俺は如月を横抱きにして立ち上がった。
上からブレザーを掛けた形でこの格好なら周りから下着を見られることも無いだろう。
白雪は如月さんに悲愴的な視線を向ける。
「白雪、悪いんだけど…用具室片付けてくれるか?」
「…分かった、やっておくよ」
「ありがとう、ごめんな急に呼びつけた挙げ句掃除させる事になって」
「ううん、大丈夫。東雲君は如月さんの事ちゃんと守らなきゃ駄目だよ?」
「それ本当は俺の役割じゃないけどな」
それだけ言って保健室に走った。
流石にこの格好は寒いだろう、4月の終わりを告げてなお外気が冷たく感じる日があるくらいだ。
「如月、ジャージ持ってるか?」
「…今日はないです」
…仕方ない、俺の貸すか…。
保健室に入ったが、生憎と養護教諭の先生は居なかった。
如月をベッドに潜り込ませて声をかける。
「荷物取ってくる、如月のは教室にあるのか?」
「……はい」
「分かった」
近くの棚からタオル取り出して如月に投げ渡してから保健室を出る。
一年二組の教室に入ると、まだ生徒は数人残っていた。
「悪い、如月友梨奈の席ってどこだ?」
「えっ?えっと…そこです」
「ありがと」
如月の荷物を全部回収して、一度玄関にまで戻る。
そこには俺が体育館裏に向かう前に置いた自分の荷物があった。
それも持って保健室に戻り、如月にジャージを渡す。
「ほら、それ着て」
「あ、あの……。ありがとう…ございます」
取り敢えず一息ついてから椅子を出してベッドの横に座る。
「…で、如月。似たような事は前からあったのか?というか、入学してからひと月でこの有り様ってどういう事なんだ?」
「……同中の面子だったんで…」
「てことは、中学の頃からずっと?」
そう問いかけると、頭にタオルを掛けたまま暗い表情を俯かせた。
「中学の頃から…というか、まあ…はい。色々とバズってからは学校だとこういう扱いを受ける事は増えてましたけど、まさかここまでされるとは思ってた無かったです……」
「具体的に、何がキッカケかは分かるか?」
「和美…リン先輩が話してた女子の彼氏に告白されました。彼女持ちとか普通に有り得ないんで断りましたけど」
うわぁ…顔が良いと苦労するんだな…。
そう考えると、椿の横には嫉妬する気にもなれない俺が居た事から男が寄ってこなかったのだろうか。
少なくとも椿と居ると女子にそういう目を向けられなかったし、多分それがなくても恋愛対象には見られないんだろうなと思ってはいるが。
だが椿は椿で、別の男を受け入れる様な余裕はあるようだから…やはり俺に対しての感情なんてその程度の筈。
となると、俺に対して一途に見せかけているのは…その方が印象が良く見えるから、ということ。
今回の如月の事を考えると、やっぱり俺は椿から離れた方が良さそうだ。
このまま俺が椿と居ると、椿の浮気相手の誰かに目の敵にされかねない。
それがなくても、最近は本格的に椿に対しての恋愛感情が廃れているのだ。
元々そこまで盛んな感情だったとは言えないが。
「…あの、リン先輩…」
「ん?」
「図々しいのは承知でお願いしたいんですけど…」
「登下校時一緒にして欲しいってか?」
「……はい」
「良いよ、椿と別れるのも決めたし」
「…私の事見て、ですか」
「流石に野球部のエースに恨まれるのは御免だからな」
軽くそう言うと、如月は小さく微笑み、俺もそれを見て笑いかけた。
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