第4話 妹の親友

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。

 なんならついさっき聞いた声だった。


 どこでどうしてこんな音声を手に入れたのか分からないが、取り敢えず一言だけ言いたかった。


「…熱烈過ぎん?」

「告白現場とは言え、話し声だけでこんなに『好き』って感情伝わってくるものなんだね…。椿ちゃんが満更でもなさそうなのなんか腹立つ」

「……俺、椿に直接『可愛い』とか『好き』とか『愛してる』と言ったことないぞ…」

「『はい…』って…うわぁ、容易に想像つくなぁ…。顔真っ赤にして返事してそう」

「…てか『はい』って言っちゃってんじゃん。決着ついたろこれ…」


 聞いてるこっちが恥ずかしくなる様な、鍋島先輩から、椿への熱烈過ぎる告白音声。


 イヤホンを外して思わず溜め息を吐いた。


「…これ、さっき慌てて録音したんだ。校舎裏に向かう椿を見つけて…」

「なるほど。にしても、鍋島先輩と椿ちゃんは身体の相性も良かったんだってねえ。凛華はどうだった?」

「いや、まずヤッてねえよ」

「そうなの?」

「俺が椿に手を出すわけないだろ…。てかまず高校生って割りと経験者多いのか?」

「さあ?知らない」

「わ、私に聞かないでよ…」


 と、二人の様子を見る限り未経験っぽいと判断した。

 瑠衣は顔も性格も良いから多少なりともありそうな気がしたんだが。


「…で、問題はこの後に椿がどう出るか…」

「別れるならそれで良いとして、問題は普通に付き合い続ける場合だよね」

「…だな、その場合俺から切り出すしか無いだろうし…」

「でも、これだけ言われて付き合い続けるって普通におかしいよ。や、そもそも他の人と肉体関係を持ってる時点で私からすれば意味分からないんだけど…」

「…んー…」


 俺は何となく気になってスマートフォンを取り出して、検索欄に「浮気 定義」とワードを入れた。


「…『一般的には既婚・未婚にかかわらずパートナー以外の人と交際関係にあること』…か。浮気の場合、本命は一人。本命を選べないと二股…って言われるみたいだな」

「日本じゃ浮気とか不倫って犯罪にならないし、ある意味本人の自由ではあるんだけど…倫理というか道徳の問題だよね」


 うーむと三人で唸る。

 そこでふと、瑠衣が呟いた。


「…ね、冷静に考えてさ…」

「うん?なに、金村君」

「椿ちゃんが凛華のこと好きになる理由って、“幼馴染みだから”っての以外に無いよね」

「……っ…」


 思わず「ぐはっ…」と胸を押さえた。


「ちょっ、金村君!?東雲君にめっちゃダメージ入ってるから!」

「いや、だって…凛華ってこれと言って特徴無いし、目立つ欠点もないけど長所も見当たらないし…」

「東雲君にも長所あるから、大丈夫だから!」

「…ありがとうな白雪、でもフォローしなくて良い。事実だから…」


 そんな茶番は置いておき、俺は軽く咳払いをする。


「俺も疑問には思ってんだよ、なんで告白されたんだろうって。や、まあ告白というか…『私達付き合ってるよね?』って確認みたいな事言われて頷いただけなんだけど…」


 丁度受験が終わった頃、帰宅途中にそんな事を言われて何となしに頷いたらそうなってた、という程度だが椿は彼女扱いして欲しいと言ってきたし、二人で出かけると大抵デートと言うようになっていた。


「…よく考えるとあんまり幼馴染みの頃と変わってないかもな」

「あー…じゃあ、刺激が欲しくて…とか、嫉妬して欲しくて…みたいな感情で他の人と関係持ったら辞められなくなったとか、そんなパターンなのかな」

「いや、分かんないけど…」


 浮気する女性の心理やら色々と検索していると、突如画面に降りてきた通知に驚いて思わず棚からガダッ!っと滑り落ちそうになる。


「ちょっ…とぉ…危ないよ!」

「…いってぇ…」

「何やってんの急に?」

「や、なんでも…。びっくりしただけで…」


(なんで如月さんが俺の連絡先知ってるんだよ…)


 恐らくは遥香が教えたのだろうけど、だとしても俺の連絡先を知りたがる理由が分からない。


(昼休み二人で…か。遥香は入れないって事は何か話でもあんのか…)


「…?誰から?」

「ああ、いや…」

「ほら、席に付けよ〜」


 丁度先生が来てホームルームが始まる時間になって、幸いと言うべきか二人から詰め寄られる事は無かった。


 昼休み前に椿が何か言ってくる可能性もあるが、今日中は鍋島先輩とやらと過ごすだろうか。



 ◇◇◇



 昼休みになってすぐ、俺は白雪と瑠衣に誘われる前に教室を出て、隣の教室から椿が出て来る前に、如月さんから指定された空き教室へ向かった。


 GPS機能で位置がバレるスマートフォンは、弁当を取り出すついでに教室のバッグに仕舞って置いた。


 空き教室で少し待っていると、青いメッシュの入った髪を揺らして後輩が入ってくる。


「どもっす。朝ぶりですねリン先輩」

「どうも。昨日初めて話した先輩相手と二人っきりで昼休み過ごしたいとか、良い根性してるな」

「そうですか?昨日話した感じ、楽しかったんで誘いました。あと、教室に居ると反感買うんで」

「反感って…。君一応有名人だろ?詳細は知らないけど…」

「ただのコスメ関連のインフルエンサーです。まあ…元々が良過ぎて参考にならないんで、ネイルとリップがメインですけど」


 フッと笑みを浮かべてドヤ顔でそう言う彼女にイラッとはするが、同時に納得もする。

 彼女が居ることで日の目を見ない女子生徒はかなり増える事になるだろう。

 人気者は遠くから見てる分には良いが、近くに居ると影響力が大き過ぎて嫌いになる人は多いのかも知れない。


「偶にCMとかで見かけるもんな君」

「高校入ってからTVの仕事は受けてないですけど、お金には困ってないんで」

「なんかヤダな高校生のそういう話…」


 如月さんにも机と椅子を出してあげると、彼女はペコっと小さく頭を下げた。


 向かい合って座り、弁当を食べ始める。


「ん、それ自分で作ってるんですか?」

「いや、今日は遥香だな。一日交代で作ってる」

「ハルも料理上手ですけど、リン先輩も上手いんですか?」

「お菓子作るのは得意だけど、料理は遥香の方が上手いよ。君は?」

「両親からキッチンに立ち入り禁止させられてます」


 あっけらかんにそう言った。

 そんな如月さんに少し苦笑いしつつ、廊下の方に視線を向けた。


「…ここ本当に誰も来ないんだな」

「一人になれるとこ探してたら見つけたんですよ、リン先輩も偶に来たらどうです?」

「ああ、そうさせてもらおうかな。如月さんと話してるのは楽しいし」

「……なんか、他人行儀」

「他人だからな」

「ハルのお兄さんだし、私の事『ユリ』って呼んで下さい」

「…愛称呼びはハードル高くね?」

「ならせめてさん付けは無しで」

「…如月?」

「…まあ、妥協点」


 さんを取っただけで納得して頂けた。


 とても大きなチャンスを逃した気がする反面、これで良かった気もする。


「あ、そうだリン先輩」

「ん?」

「結局どうするんです?黒崎先輩のこと」

「まだ保留。アッチの出方次第」

「…切るなら早めに切らないと拗れますよ」

「もう拗れてる」

「なら余計に、じゃないですか?」

「君が関わる事でもないだろ」

「親友に相談されてるんだから、真剣に関わろうとも思いますよ」


 言い切った彼女の表情はとても真剣だった。どうやら本当に、遥香の事を親友だと思ってくれてるらしい。

 俺はそんな二人の関係を知れて、妙に嬉しかった。


 昔からあまり友人の話をしなかった遥香に、ここまで寄り添ってくれる人が居るとは。


 ただ相談内容が「親友の兄の恋愛事情」という何とも言えない案件でさえ無ければもっと感動出来たんだろう。


「…分かった、何かあったら君にも相談させて貰う」

「恋愛はともかく、面倒な女子の案件は得意分野ですから、色々相談は乗れると思いますよ」

「凄え心強いよ、それ。因みに得意な理由は?」

「面倒な女子にイジメられてた経験談があるんで」「地雷じゃねえか…!」


 自虐的に微笑んだ美少女に、俺は再度苦笑した。

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