第3話 そこはかとない修羅場

 翌朝、妹と二人で家を出ると、家の前でバチバチしてる美少女が二人。


 思わず遥香と顔を見合わせた。


「…椿…と如月さん?人んちの前で何やってんの?」

「あっ!凛華!おはよう!」

「あ、うん…おはよう…」


 椿がニコッ!っとテンション高めで嬉しそうに挨拶してきた。


「遥香ちゃんも、おはよう」

「…どうも。ユリ、おはよ」


 椿には素っ気なく返して、如月さんにはいつも通りに挨拶をする遥香。


「おはよー」


 隣の椿をジト目で見る遥香と如月さんの二人、椿は俺のそばに寄ってきて呟いた。


「…遥香ちゃんなんか、私への対応が冷たい?」

「気にすんなって、ほら、行こう」


 そう言いながら、俺の内心は混乱していた。二人が鉢合わせたのは理由は何なのか全く分からなかったから。


 遥香が高校に入ってから俺は遥香と二人で登校する様になった。

 なので、こうして椿が出迎えてくる事は無くなっていた。


 それなのに何故手間をかけてわざわざこっちに来てるのかも分からないし、この一ヶ月くらいで朝に如月さんと遭遇したのも初めてだ。


「…なあ椿、今日はどうしたんだ?」

「どうって、ここに来た理由かな?朝一緒に居たいなと思っただけだよ」


 パチッと可愛らしくウィンクを見せて笑った。

 そんな何で「このくらい当たり前じゃん!」とでも言いたげに笑顔を俺に見せられるのか、これが分からない。


「えっと…じゃあ、なんで如月さんは…」

「いつもより早く家を出たからです。それ以外に理由ないです」

「な、なるほど…」


 納得したフリをして頷き、遥香に視線を送る。妹はふるふると小さく首を横に振った。

 どうやら遥香も、如月さんが居る詳しい理由は分からない様だった。

 本人が他に理由はないと言うのだから、一旦はそういう事にしておこう。


 彼女、妹、妹の友人の三人を連れて登校という、世の男子達からしたらとても羨ましいであろうこの状況。

 これがそこはかとない修羅場でさえなければ、俺も鼻の下を伸ばして歩けただろうに。


「ところで黒崎先輩、あの噂ってどうなんですか?」

「噂って何かな?」


 如月さんの質問と、笑顔で聞き返す椿。

 ごく普通の会話をしている…様に見えて全く目が笑ってないのは何故なのだろう。


「クラスの男子たちが噂してましたよ、黒崎先輩はちょっと頼めばヤラせてくれるらしいって」

「なにそれ?私には凛華が居るんだけど」


…ちょっと待って…本当に何その噂?俺全く知らなかったんだけど…?


「噂になるって事は、それらしい事はしたんじゃ無いんですか〜…?」


 ジト目で椿を見据える如月さん。対して椿は余裕そうに微笑んだ。


「噂なんてどこまでも噂だよ、私は凛華が信頼してくれてるならそれで良いから」


 ね〜…と言いながらこっちに笑いかけてきた。俺は苦笑いを返す事しかできなかった。


…ごめん全く信頼できてない…。


 そこで突然、如月さんは何かを思い付いた様に笑って、椿とは反対の腕に回り込んで柔らかいモノを腕に押し付けながら話しかけてきた。


、明日から休みだしハルと三人で出掛けませんか?」

「ちょっ…ちょっと!貴女ねえ、その行動はどうなのかな…?」


…なんで一言も発する隙を与えて貰えないの?てか柔らかっ…えっ?これちゃんと下着は着けてる?


「リン先輩、聞いてます?」

「こっちを無視しないで!」

「なんですか黒崎先輩…」

「彼女の眼の前で人の男にちょっかいかけるのはどうかと思うけど…?」


 珍しくキレ気味の椿と、逆に余裕そうな如月さん。困惑してる俺と遥香。


「そうですか?寧ろ、陰でこそこそ媚びを売る百倍は真っ当だと思うんですけど?」

「その私の前でやることで「私にその気はありませんよ?」みたいな露骨なアピールをどうにかしたら?」

「なんですか〜私に盗られるのが怖いならそう言って下さいよ」


 校舎の近くに来てもなお、二人は言い合いを辞めず…俺は口を挟む余地もなく玄関にまで来た。


 そのお陰で言い合いは自然と終息したが、椿は少し息を荒くしていた。


「ねえ、何なのあの娘?何で私の事目の敵にしてくるのかな。どうやって知り合ったの?てかさ、如さんってあの如月友梨奈だよね?」

「そ、そうだけどちょっと待っ…」

「おーい椿!」


 詰め寄られていると、その後ろから椿の名を呼ぶ声がした。

 振り向くとそこに居たのは何処となく見覚えのある人で…。


「あっ、鍋島先輩!」


 椿がそう呼んで、先輩の方に駆け寄った。

 その姿を見て俺は椿に声を掛けた。


「じ、じゃあ、俺は教室行くから…」

「あ…うん、あとでね!」


…クラス違いますけど?後で会うとしても昼休みじゃないか?


 何て思いながらそそくさと離れる。

 チラッと、一瞬だけ椿の方を確認すると…鍋島先輩とやらと仲睦まじく話す様子が見受けられた。


…昨日の人か。


 体格も良く、俺よりイケメンで優しそうな雰囲気を感じる。

 なんなら、俺の目から見ても…俺と椿のカップルより何十倍もお似合いなんじゃ無いだろうか。


 それに話し方や表情が俺と居る時よりも可愛らしい。


 周りの生徒達もそれを感じ取っているのか、その二人には近付いたり声をかけ様とはしなかった。


……俺と居るときより恋人っぽいな…。


 あの人を好きになった…と言われて別れを告げられれば、こんな気持ちにならずに割り切れただろうに。


 二年一組の教室に入ってクラスメイト達に軽く挨拶をしていく。

 自分の席につくと、瑠衣のがさり気なく寄ってきた。


「おはよう凛華」

「おはよう。なあ瑠衣、鍋島先輩ってどんな人だ?」

「鍋島?なんだい突然?」

「昨日の件の先輩」

「…なるほど。三年三組の鍋島勝也、文武両道で野球部所属、いわゆる四番でエース…今年一番注目を浴びてる高校球児だよ。弱小のウチを去年は夏の地区大会で準決勝まで引き上げた天才で、高身長のイケメンだからね」

「野球部?坊主じゃなかったけど」

「ウチの高校弱小だから、そういうの無いよ」

「へえ、野球全く興味ないから分からんけど…凄い人なんだな」


本命っぽい属性は満載だけど…。


「ついさっき、玄関で二人が話ししてたんだけどさ」

「うん」

「凄え恋人っぽかった」

「…凛華さ、嫉妬してる?」

「めっちゃ納得してスッキリしてる」

「まあ正直、凛華の十倍くらいお似合いだよね」

「本当に正直に言ったなお前」


 窓際にある棚に腰を掛けて、憂鬱な気持ちで項垂れる。

 しばらく瑠衣と話していると、もう一人の相談役も登校してきた。


「おはよ、白雪。いつもより遅かったな」

「うん……。おはよう東雲君…」

「どうかした?元気無いけど…」

「あの……。これ」


 少し顔色が悪く少し俯き気味の表情で、ワイヤレスイヤホンを手渡してきた。

 昨日と同様に写真…ではなく、録音機能を利用した音声のみだった。


 渡されたイヤホンを瑠衣と片方ずつ着けて録音を再生する。


『…さき椿、俺と付き合ってくれ』

「「…は?」」


俺と瑠衣は小さく素っ頓狂な声を上げた。

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