第2話 帰り道、そして帰り道

「…じゃ、ここで」

「うん、また明日ね!」


 機嫌よく分かれ道をスキップしていく椿の後ろ姿にため息を吐いて踵を返す。


 何故あんなに機嫌が良いのか。

 理由は不明である。


 隣を歩いている内に何故かああなった。


「…駄目だ、分からん。帰ろう」


 もう一度、先程よりも大きくため息を吐くと…丁度自宅のドアが空いた。

 俺と同じで、これと言った特徴の無く、普段は無表情な妹の遥香。

 長めの前髪を揺らして少し笑顔を見せた。


「兄さん、お帰り」


 そんな妹の後ろから、ショートの黒髪に青いメッシュを入れた美少女が現れた。

 宝石の様に美しい赤い瞳は俺のことを見つけるなりペコっと頭を下げた。

 確かこの子は一年生の…


「…如月さんか」


 如月きさらぎ友梨奈ゆりな、確かモデルをやっている。

 その抜群のスタイルとルックスでSNSでは圧倒的人気を誇り、知識量や芸術センス等でTVでも引っ張りだこの人気者。


 …何で妹と…。


「お邪魔してました、東雲先輩」

「あ、いや…」

「じゃあね、ハル」


 …えっ、ハル!?愛称呼びなんですか!?


「うん。またね、ユリ」


 おぉぅ…?ユリ…?呼び合ってたんっすね…?


 一人唖然としていると、妹の遥香がこっちを向いた。


「…入らないなら、ユリの事送ってあげたら?」

「俺が?」

「うん」

「…まあ、良いけど…」


 実際、もう夕刻だ。女の子を一人で帰らせるのも忍びない。


「えっと?じゃあ、お願いして良いですか?」


 断る理由も無いから了承すると、美少女は肩を揺らして微笑んだ。

 …こんな可愛い女の子が何で家の妹と…。

 寧ろ俺が一緒に居て大丈夫なのだろうか。


 如月さんの隣を歩いて行くと、気まずい空気に感じたのか普通に話しかけてきた。


「あの、東雲先輩だとハルと被るし…親友のお兄さんと距離感じるのもアレなんで凛華先輩で良いですか?」

「…親友なのか…。まあ、好きに呼んでくれて良いけど」

「良いんですか?じゃあリン先輩、一つ聞きたいんですけど…」


 …俺も愛称呼びされんのかよ…。


「先輩彼女居ますか?」

「…なに?狙われてんの?」

「自惚れヤバいですね」

「知ってた…。んで、なんでそんな質問すんの?」

「…ハルに、お兄さんの彼女が浮気してたって相談されたんで。リン先輩の彼女って、黒崎先輩ですよね」

「それも遥香に聞いたのか?」

「や、割りと知ってる人多いですよ?一年で黒崎先輩に告白したら、大体彼氏居るって理由で断られるし、「誰だ」って聞いたらリン先輩の名前出てくるらしいんで」

「へえ…」


 もしかすると、俺も案外有名なのかも知れない。

 公表してる訳では無いが隠してる訳でも無いし…高校に入った時点で付き合ってたからこれと言って違和感も無かったし、噂が立つ事も無かった。


「…にしても、黒崎先輩の彼氏ってくらいだからとんでもイケメンだと思ってたんですけど」

「夢も希望も特徴も無くて悪かったな」


 自虐的に笑って見せると、釣られた様にクスっと微笑んだ。

 …やべ、この子めっちゃ可愛い。


 なるほど、これは人気があるのも分かる。

 仕草一つとっても、軽そうな雰囲気と違って上品なギャップがある。

 少し生意気に見えてこっちのラインは踏み越えて来ないから話してて楽しいかも知れない。


 外見と声はクール、仕草や表情は上品で、口調や雰囲気は少し軽めの友達。


 話してて嫌な感じが全くない。


「そこまで言ってませんけど…。客観的に自分を見れてる人は好印象ですよ」

「フォローになってないから辞めてくんね?」

「てか、浮気に関しては驚かないんですね」

「知ってるからな」

「それでも別れないんですね」


 美少女は少し真剣な表情で呟いた。

 それにまたギャップを感じつつ、俺はさっと話を流した。


「そんな事より、どうして家に居た?」

「そんな事って…。普通に、ハルに誘われたからです。別校ですけど中学の頃から知り合いなんで、同じ高校行こって約束してたんです」

「…知り合ったのはSNS?」

「現代っ子なんで」

「俺滅多に見ないな…」

「普段なにしてるんですかそれ」


 そんな事を聞かれたので、正直に答える。


「お菓子作ってるかな」

「…パティシエでも目指してるんですか?」

「いや、ただの趣味。甘党なんだよ」

「…あの家にあったクッキーって…」

「全部俺が焼いた奴、美味かった?」

「頂きましたけど…はい、美味しかったです。結構高級な奴だと思ってました」

「お気に召したようでなにより…っと、ここ?」

「はい。ありがとうございました」


 ペコっと頭を下げた美少女に軽く手を振って、帰路についた。

 …俺まだ制服だった…。


 それにしても良い時間だった。

 普段から黒崎椿というかなりの美少女と付き合っているせいか、女性と話すのは得意というか慣れている。


 再度自宅につく頃には、夕飯の用意ができていた。

 と言っても家に居るのは妹だけ。 

 両親は姉と一緒に別の家で生活している。


「ただいま」

「お帰り、兄さん」

「さっきも聞いたな」

「ユリはどうだった」

「どうって?」

「可愛いと思わない?」

「思う」


 正直に言うと、遥香は小さく笑った。

 相変わらず俺と同じで特徴の無い顔をしている。


「それで、兄さん」

「ん?」


 少し辛めのカレーを口に運びながら、遥香は話を切り出していた。


「椿ちゃんとの関係はどうするの?」

「んー…どうしような?」

「私は前から言ってたけど、別れて欲しい」


 これは浮気の前から言っていたこと。

 そもそも予兆や予感、違和感を覚えたのはここ最近になってのこと。

 なんなら俺が浮気について知ったのは今日。

 遥香は少し前に気付いて、今日になって如月さんに相談していた…という。


「でも、浮気云々じゃなくて単純に嫌い」

「なるほど、シンプルな理由だな。因みに嫌いな理由は?」

「顔と性格」

「全否定……そんなに?」

「…そもそも兄さんが告白を承諾したのが意味分からない」

「それはその時にちゃんと説明しただろ」

「……納得はいってない」

「まあでも、先見の明は遥香にあったのは認めるけどさ」

「兄さんが付き合う人は私が決める」

「それは勘弁して」

「白雪さんはダメ」


 なんか急に一人削られたんだけど。


「……因みになんで?」

「下心見え見えだから」

「…白雪からそんなにを感じたこと無いけど」

「浮気密告してきたって事は、これからは兄さんから意識されようとする。絶対に」

「遥香のことがあったから無駄に説得力あるんだよな」

「あとあの人おっぱい大っきいから嫌い」

「7割それだろ」


 妬みって怖い。

 …ということは、椿に対しても単純に嫉妬していただけなのでは無いだろうか。


 そう思うと少し可愛い妹だな、と感じる。

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