VRMMOと師匠と私⑥
いつもの待ち合わせ場所では沙月が待っていた。 やはり最初の話題はこれしかない。
「丞先輩が師匠だったとはね・・・」
「うん、驚いたよね・・・」
「渉先輩だとばかり思っていたんだけど・・・」
七海は当然だが沙月も相当衝撃だったようだ。 魔導エスカレーターの乗り込み口で、着色してあるはずのアクリル板にぶつかってしまうくらいなのだから。
「あたた・・・ッ。 七海は大丈夫? 師匠のこと・・・」
もちろん“大丈夫”とは恋愛の意味である。 元々オズワルドのことが好きなわけで、渉のことが好きだったわけではない。 だが相手が丞となれば話は別だ。
昨日までとは確かに丞に対する印象は変わったと言える。 それはどちらかと言えばいい方に、だ。
「うん、まぁ。 でも私の恋は儚く散っちゃったかなぁー!」
明るくおどけてみせるが、どこか心が痛んでいた。 これから向かうバイト先に丞がいるのかと考えると何となく気まずい気もする。
「丞せんぱぁい・・・?」
こそこそとしながら探してみるがその姿はない。 どうやら本当にシフトには入っていないようで、ホッと胸をなで下ろしていた。 バイトが始まればそれに専念することができる。
時間が経つのが早く、いつもと違い少々気が乗らない休憩時間がやってきた。
―――うぅー・・・。
机に身体を預けてみたが、やはり何もしていないのは暇だ。 少し遅れて沙月が休憩に来たのを見て、カバンから携帯端末を取り出した。
「七海、ゲームして大丈夫なの?」
「うん。 沙月にまで迷惑はかけないよ。 折角の楽しみを取り上げたくないし。 ほら、一緒にやろう」
そこでログインしっぱなしにしていたことを思い出す。 当然アカウントは一つしかないため家でも携帯端末でもログイン状態は変わらない。
「あれ、ログアウトしなかったの?」
「したいんだけどできないんだよ」
「どういうこと? もしかしてゲームのバグ?」
「どうなんだろう・・・。 端末もゴーグルも普通に使えたと思うんだけど・・・」
外出先でプレイするためには、まずゴーグルでのログアウトを行う必要がある。 首からかける端末はあくまで接続できるだけで本体はVRゴーグルなのだ。
もちろん不正防止のためにそのような仕様になっていて、家でログアウトせずに携帯端末を使うなんて試したことがなかったため、七海は途方に暮れた。
二人でどうにかして直せないかと困っていると渉がやってくる。
「お。 今日も二人でゲーム?」
「渉先輩! 丁度いいところに!」
「うん? どうしたの?」
優しい渉の声を聞くと師匠のことを思い出し重ねてしまう。 丞ではなく渉が師匠ならよかったと何度も思っていた。
「実はゲームからログアウトできないんです」
「それは困ったね。 ちょっと見せて」
七海が端末を渡すと渉は慣れた手付きで弄り出す。 そこで何故か以前ゲーム内で失敗した時のことを思い出していた。
―――・・・あの時、我儘を言っちゃったもんなぁ。
今よりも更に初心者の頃、へたれぽんち平原で稀に沸くはずのエリアボス、ピップポッププティに出会う。
へたれぽんち平原なんて俗称が付いているのに、そのエリアボスだけは初心者では到底適うレベルではないのだ。 ただし人畜無害設定なため、攻撃しなければ襲われることもない。
だが雑魚的を蹴散らし調子に乗っていたナージャとサーシャはエリアボスに突撃した。
もちろん無策で敵うわけもなく、何度も死に戻りし、ただ遠くから攻撃していればいずれ勝てるのではないかという考えに至った二人は更に何度も死ぬことになる。
初心者ではデスペナルティ―がほとんどないが、そのほとんどない中で所持金が尽きる程にやられてしまう。 そこに現れたのがオズワルドだった。
―――・・・あんなに苦労したモンスターを一撃って思わず笑っちゃったけど、カッコ良かったよね。
目にも止まらぬ速さで、現れた瞬間オズワルドは憎きピップポッププティを切り伏せる。
『今の二人だとまだ勝てない。 このままだと悪意あるプレイヤーに横取りされると思ったから』
そう言ってドロップ品の全てをくれた。 経験値は入らなかったが、死にまくって失った以上の戦利品。 それ以上にその一撃で倒した光景に目を奪われていた。
七海ははしゃぎ倒し、オズワルドはそのドロップ品と更に持っていたアイテムを使い装備を強化してくれた。 それが師匠との最初の思い出だった。
―――で、喜び倒した私はその武器を見せてほしいって言った人に渡しちゃうんだよね・・・。
それは後日の話になるが、思い出の武器を人に盗られてしまうことになる。 そして、悲しみに暮れていた七海を見てオズワルドはその人からそれを取り返してくれた。
だが腹いせなのか武器は壊されていて、元通りにするのにかなり苦労させてしまったのだ。
―――あれが丞先輩だったっていうことなんだよね・・・?
―――どうしてゲーム内だとあんなに優しいのにリアルだとこんなに意地悪なの!?
―――もしかしてツンデレ?
―――え、ツンデレなの!?
―――私のこと好きなの!?
暴走気味にそのようなことを考えてしまうが、何故か悪い気がしなかった。 ただし、丞が自分のことを好いているというのは完全な七海の妄想である。
「・・・よし。 これでログアウトできるようになったかな」
渉の言葉で我に返り、七海はハッとした。
「本当ですか!?」
渉は試しにログアウトしてみせた。 無事ゲームが終了している。 一体どうやったのか、七海は自分の世界に浸っていたので皆目見当つかないが、とりあえずこれで危機を脱することはできた。
「ありがとうございます! 本当に渉先輩は頼りになります!」
キラキラとした笑顔でそう言うと渉は尋ねてきた。
「ありがとう。 そう言えば、七海さんは課金しているの?」
「課金ですか? したいんですけど、そこまでお金はなくて・・・。 無課金でやっています」
本当のことを言ったはずだが渉は驚いた顔をしていた。
「え、それ本当?」
「本当ですよ? 嘘を言う必要がありますか?」
「・・・さっき持ち物を見たら、高級そうな装備がたくさんあったけど」
「えぇ!?」
そう言われ慌ててログインし直した。 自分の持ち物を確認してみる。
「うわ、本当だ・・・」
言われた通り知らない明らかにおかしな装備がたくさんあった。 強い装備があるのだから喜ぶべきか困惑するべきか、購入した憶えはないため恐怖の方が勝る。
「どうして、どういうこと・・・?」
「七海さんは買った憶えがないの?」
「はい。 というより、バイト前にログインした時にはありませんでした!」
「身に覚えのないことなら、誰かが七海さんのIDでログインをして、勝手に買ったのかもね」
「え、それって乗っ取りですか!?」
「そういうことになる。 それならどうしてログアウトできなかったのかも説明がつく」
再び渉は椅子に座り直した。
「運営に連絡を取ってみるよ」
渉は自信の感覚端末を使い運営と連絡を取ってくれた。 ゲームをしていなくても可能なことだが、その手慣れた雰囲気から同じゲームをしているのだと分かる。
オズワルドは渉ではなかったが、渉もあの世界にいるのだ。
「・・・うん、よし。 これで大丈夫だと思う。 運営が確認してくれるって」
「よかった・・・。 渉先輩、ありがとうございます」
「いえいえ。 寧ろ、これくらいしかできなくてごめんね」
これで安全になったかと思った瞬間、突然控室のドアが開きそこから今日シフトがないはずの丞が顔を出した。
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