VRMMOと師匠と私⑤




“何かあった?”


文章はたったそれだけだったが、師匠と繋がったという安心感はかなり大きい。 取引相手はストーカーのようにしつこく、二人では上手く対処する方法が分からなかったのだ。 


【師匠!】

【え、師匠!? 師匠からメッセージが来たの?】


ただサーシャは何故か首を傾げていた。 オズワルドの名前は今も黒いままでログインしていないことになっている。 

もしかしたらログアウト状態でもメッセージを送れるのかもしれないと思うが、七海はそんな方法は知らない。 

だが今はそのようなことよりも師匠と連絡が取れたことの方が重要で、他にも聞きたいことはあるがとにかく現状を説明する必要があった。


“今、初めての取引をしているんです”

“取引? 誰と?”

“それが、名前はよく分からなくて・・・”


少し間を置いて返事がくる。 何かを調べているのかもしれない。


“今すぐそっちへ行くから待ってて。 まだ取引はしないようにね”


その指示に素直に従った。 取引相手は慎重なのか今は静かに待っているようだ。 しばらくしてワープしてきた師匠は、一週間程空いたというのに見た目は変わっておらずどこか安心する。 

正直メッセージを送ってきているのがなりすましで、別人がやってくる可能性も考えていた。 今もログイン状態は黒いままなのだから。 

ただアバターの上に表示される名前にオズワルドと書かれているし、フレンド登録している証として名前がオレンジ色に輝いているように見える。 つまりこれは別人ではないということだ。


【取引の内容を教えてくれる?】

【あ、はい、えっと・・・】


安堵しながら呆けていると、オズワルドは真剣な顔で尋ねてきていた。 それに少し恥ずかしくなりつつ、これまでの経緯を伝えた。 

いつものように話している間は静かに聞いてくれて、全て聞き終えると呆れたように溜め息をつく。


【これは詐欺だな】

【詐欺!? え、どこが詐欺なんですか?】

【この武器二つで2万ゴールドなんて有り得ない。 二つ合わせても実際は1000ゴールドにいかないくらいだ】

【嘘ッ!? 知らなかった・・・】

【アイテムにはレアリティっていうものが設定されている。 見た目は凄そうに見えるけど、ある程度のレベルがあれば簡単に入手できるんだ。 

 例えばそのアイテムなら俺なら10分もあれば取ってこれる。 ナージャはまだ始めたてだから分からなくても仕方ないと思う】


師匠は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。 取引相手はどうやらこのマップ内にはいるらしい。 ただ目視できる範囲にはいないのか、見つかったりはしないようだ。


【えっと、どう言って断ればいいですかね・・・?】

【俺が代わりに断ってあげる。 取引相手のIDを教えて】


IDを教えると師匠がメッセージで相手の取引を断ってくれた。 相手は七海の時のように粘らずすぐに退散したようだ。 高レベルであれば簡単に分かることだったためそういうことなのだろう。


【ありがとうございます。 でもどうして師匠、何かあったって分かったんですか?】

【二人がここから全く動かなかったからだよ。 何かあったと思って心配した】

【ずっと私たちのことを見てくれていたんですか?】


そう尋ねるとオズワルドは分かりやすく挙動不審になる。


【ッ、まぁ・・・】

【嬉しいです】


七海は素直な気持ちを伝えた。 憧れの師匠にずっと気にかけてもらえたのだから。


【あ、そう言えば師匠! どうしてこの一週間、一緒に狩りができなかったんですか? リアルが忙しかったんですか?】


そう尋ねると少しの間沈黙が訪れた。 そして師匠は覚悟を決めたように言う。


【・・・お前たちってさ】

【え?】


普段師匠は二人のことを“お前”呼びなんてしない。 少しばかりドキリとし、次の言葉を待った。


【七海と沙月だろ?】


突然本名を当てられ二人は顔を見合わせた。 オズワルドのことを渉だと思っていたことが正しかったと思ったのだ。 しかし、そうではないということがすぐに分かる。


【え、やっぱり渉先輩!?】

【・・・俺は丞だよ】

【丞・・・。 えぇぇ!? あの、意地悪な丞先輩!?!?】


憧れだった師匠が意地悪な丞先輩が中身だということを知る。 渉だとばかり思っていただけに複雑な気持ちになった。


【ど、どうして、私たちのことが分かったんですか・・・?】

【バイトでゲームをしていただろ。 その時に見た】

【どうしてその時に言ってくれなかったんですか・・・】

【そんな心の準備もできていねぇのに言えるかよ】


口調や動きが普段の丞だった。 ゲーム内では猫を被っていたということで、やはり本人なのだろう。 VRMMOでリアルを偽ることはそう難しいことではないが、他人の振りをするのは非常に難しい。 

余程慣れていないと無理で、これだけリアルと言動が重なるなら本人に違いないのだ。 ゲームの中の人が分かってしまえば気まずくなって距離を置きたくなるのも分かる気がした。 

それもリアルでは良好な関係とは言えないくらいなのだ。 知りたかったような知りたくなかったような微妙な気持ちは相手が丞だったからだろう。


【お前たち、この後はバイトだろ? 俺は休みだからこのままゲームを続けるけど、二人は行ってこい。 遅刻するぞ】

【分かりました・・・】


二人はログアウトすることにし、丞はこの場を離れていった。 沙月が先にログアウトする。 それに続いて七海もログアウトしようとしたが何故かできなかった。


―――え、どうして!?


ログアウトボタンを押しても全く反応がない。 時計を見るとバイトの時間が差し迫っている。 ログインしたままだと危険ではあるが、今いるのは家なのだ。 

家族の誰かが使うことは考えにくく、このまま放置しても大して問題ではない。


―――・・・まぁ、大丈夫・・・だよね?


そんな風に簡単に考え、ログインしっぱなしのまま家を出てバイトへ向かう。 魔導エスカレーターへ向かっている間、以前丞が言っていた『家でもログインしっぱなしにするな』という言葉が反復していた。



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