VRMMOと師匠と私③




「あ、おい! 片付けんの忘れてんぞ!! ・・・って、行っちまった」


丞は自身見慣れたそれが何かを正確に理解していた。 といっても、自分が使っているものに比べるとライトユーザー向きのもの。 

値段も丞が持っている携帯端末の半額程で、ただ外でやれるというだけの機能しかない。 

ただそれでも外でゲームをやるというだけで何となく親しみを感じ、そして、どんなゲームをやっているのか無性に気になるのも仕方のないことだろう。


―――このまま放置していたら危ないし、ログアウトでもしておいてやるか。


余程慌てていたのか七海は携帯端末の電源をつけたまま行ってしまった。 不心得な人間がいれば悪戯も可能だし、もしクレジットを関連付けていれば不法行為をされる可能性もある。


―――全く、不用心でおっちょこちょいな奴。


慣れたように端末を操作し画面を覗く。 本当はチラリとだけ見て、すぐに電源を落とすつもりだった。 しかし目に飛び込んだ光景に手が固まった。


「なッ!?」


そこには自身の分身とも言えるキャラクター、オズワルドに宛てたメッセージを送信した画面だったのだ。


―――え、どうしてここに俺の名前が?


考えられることは一つ。 先程のメッセージ画面がフラッシュバックし送り主を思い出す。


―――ナージャって七海のことだったのか!!

―――じゃあサーシャは沙月!?


当然全く知らなかったし、考えもしていなかったことだ。 ネットゲームで画面の向こうにいる相手が身近な場所にいるなんてことは、基本的には起こらない。


「丞先輩ー? 呼びましたー?」


控室のドアが開き小さな身体をした七海が顔を出し、丞は分かりやすく動揺してしまった。


「あ、あぁ・・・。 端末は片付けて、絶対にパスをかけておけ。 たとえ家でもログインしっぱなしで離れるな。 貴重品なんだから自分で管理しろ」

「あ、忘れてたー! 沙月の分も片付けてあげよう!」


そう言っておもむろに片付け始める。 仕事中であろうとお構いなしだが、それは左程問題にならない。 ただ丞はそんな七海を崩した体勢でじっと眺めてしまう。 

七海は綺麗になった机を見て満足気に控室を出ていく、かと思いきや、ニヤッと笑い言った。


「丞先輩、何変な恰好をしているんですか?」

「あ、いや・・・」


七海はそれ以上何も言わず踵を返し、仕事へと戻っていった。 緊張が解けた瞬間、丞はその場に崩れ落ちる。


―――いや、まだだ。

―――確定したわけじゃない・・・!


重たい腰を引きずりながら、丞も自分の懐から端末を取り出した。 ゲームは常にログイン状態で放置しているため、すぐに始められる。 ゲームを開くとそこにはたった今見たメッセージが現れた。


「ッ、夢じゃなかった・・・!」


やはりナージャは七海のことだった。 だが七海と沙月は丞がオズワルドであることに気付いていない。 はずだ。


―――師匠師匠って言ってきて可愛い後輩だと思っていたのに・・・。

―――それが生意気な七海たちだったとか有り得ないぜ・・・。


溜め息をつき暫く放心した後、メッセージには何も返事せずゲームを再開した。 すると丁度フレンドからボスの戦いに誘われる。


―――今はボスと戦う気分じゃないけど、気分転換として行ってみるか。


誘いに即承諾し、しばらくゲームに集中する。 

丞はキャラクターのレベルが150を超えていることからも分かる通り、七海以上にゲームにハマっていてバイト中ですら隙あればゲームを覗いているくらいだった。


【オズ、反応が鈍いけど今日はどうした?】

【あぁ、ごめん。 ちょっと考え事をしていた。 足は引っ張らないようにする】


だが戦闘中でもやはり気になるのは七海たちのこと。 今も突然二人が現れて画面を見られやしないかと思ってしまう。


―――こんな調子じゃ楽しめるもんも楽しめねぇ。

―――しばらくは七海と沙月のシフトに被らないよう調整するか・・・。

―――それと・・・。


ボスの攻撃がこない安全な場所へと移動し、自身のプロフィール画面を開く。 そしてログイン状態を隠すように設定した。


―――しばらくは七海たちと距離を取ろう。

―――それが一番安全だ。


正直な話、オズワルドが丞だと判明したところで何か悪いことが起こるわけではない。 もしかしたら、それで二人に距離を置かれてしまうのかもしれないが、大して問題はないはずだ。 

だが丞にとってゲームは今の日常で最も大切なこと。 そのゲーム内において心から楽しいと思って二人との師弟関係をやっていたということが、頭にずっと引っかかっている。 

できればこのままこの関係を続けていきたいと思う程に。


―――アイツら、ゲーム内だとあんなに素直なのにな・・・。


ただそう思いつつ、自分もリアルとゲーム内では違うということを自覚している。 人に何かを言えた立場ではないのだ。 丞はオズワルドを操作し、パーティーに戻ると仲間と一緒にボス戦に集中する。 

10分程でボスを倒し終え報酬を分けていた。


【今日もオズがいてくれて助かった】

【こちらこそ誘ってくれてありがとう。 報酬は1割もらえればいいよ】

【そんなの割に合わないって】

【報酬目当てで誘いに乗ったわけじゃないから】


会話していると肩をトントンと叩かれる。


【ごめん、ちょっと呼ばれたから席を外すね】


そう言って振り返ると渉が画面を覗き込んでいた。 七海でなくよかったとホッとしつつ、無警戒だった自分に少し反省した。


「何度見ても違和感を感じるけど、これって本当に丞なんだよね?」

「当たり前だろ。 俺が操作してんだから」

「口調が違い過ぎるって。 リアルでは横暴で言葉が荒いのに」

「悪かったな!」

「それにしてもこの一週間で大分レベルが上がったね」

「そうかぁ? 1レベルちょいしか上がっていないだろ」

「このレベルでそのくらい上がれば十分だよ」

「渉は俺よりも大分上のレベルなんだろ? どうしたらそんなに狩りを速くできるんだ?」

「丞は無課金なんだっけ?」

「あぁ。 イベントの強化で何とか間に合ってる」

「俺は課金者だからさ」

「なるほどな・・・。 俺ゲームに課金できる程余裕ねぇわ」

「まぁ、頑張って」


肩をトントンと叩くと渉は出ていった。


―――・・・あれ、そういや俺と渉って同じゲームをしてんのに、フレンドになっていないよな。

―――アイツのハンドルネームって何だっけ?



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