VRMMOと師匠と私②




沙月との待ち合わせまで辿り着くと、魔導エスカレーターのステーションへと移動する。


「七海、行こう!」

「うん!」


魔法で体勢の安定と動力を確保し、真空中を高速で移動する。 新世代組と呼ばれる二人からしてみれば当たり前のことだが、前時代から生きている人間からしてみれば驚異的な移動法だ。 

ただし決められた道を通ることしかできないため、未だ自動車は道を走っている。 通常の声を出しての会話はできないため、感覚端末を使って沙月と会話した。  

景色を眺めながら話すのは、当たり前のようにゲームのことだった。


「よかったね、七海! 今日もオズ師匠に会えて!」

「本当に! このままゲームの世界に入っちゃいたい気分!」


オズワルドとはネットだけの関係であるが、七海は本気で恋をしていたし、親友の沙月もそのことを知っている。 

沙月にとってもオズワルドは憧れの存在だが、沙月は会ったことのない相手に恋をするタイプではないと七海は思っている。 バイト先へ着くと大きな声で挨拶した。


「こんばんはー! って、痛ッ!」


扉を開けて入ろうとした瞬間、何か大きなものにぶつかり体勢を崩す。 頭を押さえながら見ると、そこには丞(タスク)が何か大きな袋を抱えて立っていた。 

丞はバイト先での先輩なのだが、いつも七海に意地悪をしてくる印象の悪い先輩だった。


「何だよ、七海いたのか。 チビで見えなかったわ」

「ムッカー! 酷いですよ、丞先輩!」


確かに米袋のようなものを抱えて視界は悪かったと思うが、ドアが開いたなら誰か入ってくると思うのが自然なはずだ。 つまり丞の不注意であり、本当は謝るのが筋と言える。 

七海も謝ってもらえたなら特に気にする事もない話だが、悪態をつかれるから余計にムカッ腹が立ってしまう。


「もっと大きくなればいいんだよ」

「そんな無茶な!」


確かに七海の身長は平均よりも低い。 だが、あくまで平均よりもというだけで七海より背の低い同年代の女子はたくさんいる。 なのにバイト先ではいつも低身長を馬鹿にされていた。 

それ以外はいいバイト先だと思っているというのに。


「ほら、七海と沙月も入って!」

「「はーい!」」


リーダーである渉(ワタル)に言われ二人もバイトを開始した。 バイト先は軽食屋で、コーヒーやジュースなどの飲み物や簡単な食事を全て手作りで行っている。 魔法が実現しても食べるものは変わらない。

皿洗いも水の魔法を使うより普通に食器洗浄機を使った方が余程上手くいく。 だが機械が発達し利便性が増したのは事実で、本来手作業はもっと減らすことができる。

にもかかわらずそうしないのは、この店が人の温かみを重視した店だからだ。 それが受けておかげでそこそこの繁盛をさせてもらっているようだ。 しばらく働いた後休憩に入った。


「さてと、ゲームゲーム!」


休憩中は外に出ようがお菓子を食べようが好きにしていい。 機械とAI、そして魔法が現れたことで人は働かなくても生きていける世の中になった。 

年齢別にお金を受け取ることができ、生活に困ることはない。 ただし遊ぶお金を稼ぐ必要はあるため、こういったバイトや仕事がなくなることもなかった。

控室へと入りバッグを取り出すと持ってきた小さな端末を机の上に置いた。 空き時間があるとゲームをやってしまう程にハマっているし、それは沙月も同じだ。


「あ、七海もうやるの? 私もやる!」


休憩は渉が上手くシフトを組んでくれていて、二人の時間は同じになっている。 VRとはいかないが、これでも十分に楽しめるということで二人は早速ログインした。


【まず何からする?】

【さっき狩りの途中で終わったから、いらなくなったものを売りにいきたいな】


師匠であるオズワルドは既にそこにはいなかった。 二人はそのままログアウトしていたため、狩場ではあるが同じ位置で再開することができる。 

沙月の提案を聞き、持ち物を見ると確かに満タンが近かった。 七海の魔法を使い一度街へ戻る。 持ち物の整理をしているとリアルで肩を叩かれたため振り向いた。


「渉先輩! どうかしたんですか?」

「そのゲーム、二人もやっているんだ?」

「はい! もしかして、渉先輩もですか!?」

「うん。 もう二年以上やっているかな」

「え、長い! ちなみにレベルは・・・?」

「150を超えているよ」

「本物の先輩じゃないですか!」

「まだ二人は初めたばかり? そのゲームは面白いから、たくさん楽しんで」

「はい!」


渉は水分補給だけすると控室から出ていった。 その姿をジッと見ていた沙月が言う。


「ねぇ、七海!」

「何?」

「思ったんだけど、渉先輩って師匠に似ていない?」

「え!?」


渉の容姿と性格を思い返してみる。


「た、確かに! あの優しさも大人の余裕さも、渉先輩にピッタリ!」

「それにレベルも150超えているって。 オズ師匠もそのくらいだし、本当に有り得るのかも!」


そう言われると急にドキドキするのを感じた。 科学や魔法が発達しても変わらないことはたくさんある。 人の感情も単純なもので、そう言われてしまえば急速に意識してしまうものなのだ。


「と、とりあえず渉先輩に追い付くよう頑張らないと!」


もう七海の中では渉がオズワルドなのだと思い込んでいた。 もちろんその可能性はあるが、そうでない可能性もある。 ただそこにはリアル渉の印象がよかったというのが理由として大きい。 

ドキドキする気持ちを隠すよう端末を握り締めた。


【・・・ねぇ、万が一のために師匠にメッセージを送ってみてもいい?】

【いいけど、もし返信が返ってきたら渉先輩と師匠は別人っていうことになるよ? 渉先輩は今、仕事に戻っちゃったし。 分かっちゃってもいいの?】

【で、でも結局はいつか分かることだから! 今確かめてみる!】


勢いでメッセージを送信した。 内容は今日一通目に送ったものと同じで狩りを誘う内容。 その時だった。


【痛ッ!】


思い切り頭を叩かれた。 先程の渉の優しさとは違い、明らかな暴力。 もちろん暴力を振るうつもりだったわけではないと思うが、七海からしてみれば暴力に感じられる程の痛みだった。


「丞先輩、痛いです! 酷いじゃないですか!」

「もう休憩の時間は終わりだぞ!」

「えぇ!? いや、だってまだ時間が」

「この控室の時計は10分遅れているって、何度も言ったろうが!」

「あ、そうだった・・・! 沙月、行こう!」


二人は慌てて端末を机の上に置いたまま制服を急いで羽織り、控室を出ていった。



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