VRMMOと師匠と私

ゆーり。

VRMMOと師匠と私①




現代社会で魔法という技術が確立されてから幾年月も経つ。 ただし魔法は万能ではない。 料理を作る時は相変わらずガスコンロや水道を使っているし、自動で食器を洗うにも機械が必要だ。 

おとぎ話に出てくる化け物が出てくるわけではなく、剣と魔法のファンタジーのような活劇が起こるわけでもない。 ただ魔法の登場で変わったことがある。 

それは科学の力だけではどうしても実現できなかった精神をゲームの中に飛ばす、いわゆるVRMMOを完全に実現することができたことだ。


高校生で夏休みの七海(ナナミ)は部活に入っていないため退屈だった。 だから最近一番仲のいい友達の沙月(サツキ)とVRMMOを始めた。 魔法は万能の力ではなく、娯楽は昔からほとんど変わらないものだ。

ただしスマートフォンの台頭は終わり、感覚端末というものが現れた。 首にかけた円形状端末を、視覚などの五感を使用し操作する。 VRMMOへの接続もこの端末から可能。 

もっともゴーグルだけは頭に付けることになる。 沙月からのダイレクトフォンがかかり、準備が完了したことを知った。


『七海! 今ログインできる?』

『うん! 今から行くよ!』


まだやり始めたばかりではあるが、七海は夢中になっていた。 現実で魔法を使うには制限があり、自由に使用することはできない。 

しかし、ゲームの中では現実でできないようなことすら容易く可能にしてくれる。


―――といっても、レトロな剣や弓があるから面白いのかもしれないけど。


二人のレベルは20程度でハッキリいって初心者も初心者だ。 ソロプレイは基本せず沙月と一緒にすることが多いため成長の度合いは遅い。 今日も一緒にログインし待ち合わせ場所へ向かう。 

初心者が集まる始まりの町とも呼ばれる場所、アステルは今日も青々とした空に包まれ平和だった。 沙月と出会い、挨拶もないまま第一声はやはり憧れの師匠のことだった。


【今日師匠は来るかな?】

【うーん、どうだろう?】


七海は“ナージャ”という名で沙月は“サーシャ”という名でやっている。 仲のよさをアピールするために本名をもじり似たような名前にした。 アバターは考えに考えた可愛らしい猫耳付きの少女の姿だ。


【まぁ、呼ばないとこんなところには来てくれないよね】

【出会ったのはアステルのへたれぽんち平原だけど】


“へたれぽんち平原”とは俗称で、二人の師匠と初めて会った場所になる。 

といっても、まだたったの数日しか経っておらず、七海たちが始めたばかりの頃、右も左も分からず困っていた二人を助けてくれたというだけだ。 

師匠のレベルは150を超えていて見た目からでも上級者だと分かった。 本来それで終わりのはずだが、それが縁で七海とサーシャの面倒をよく見てくれ色々と教えてくれている。 だから師匠と呼んでいた。 

会ったばかりであるが、そんな師匠に七海は密かに恋をしていたりもする。


【師匠って本当にカッコ良いよね! 同じギルドに入りたかったなぁ】

【ナージャは欲張りだなぁ。 流石に私たちのギルドに入るのなんて勿体なさ過ぎるでしょ。 教えてもらっているだけ感謝だよ】

【そうだけどさぁ】


師匠にギルドを作らないかと誘ったことがあったが、断られてしまった。 師匠は固定のギルドには入っておらず何か集まりがあればフリーで参加しているらしい。

装備やレベルの能力だけでなく、プレイが上手く引っ張りだこの師匠は色々な付き合いがあるため固定ギルドに所属していなかった。 ただ同じギルドではなくてもフレンドにはなってもらっている。 

ゲーム内であれば簡単に連絡を取ることができるのだ。 フレンドリストを確認したサーシャが気付く。


【あ! 師匠ログインしているじゃん!】

【本当!?】

【メッセージを送ってみたら?】


一覧を見ると師匠のところに青色のログインマークが付いていた。 師匠はほとんどの時間にログインしているようで、青色のマークが消えるのは今のところ見たことがない。


“宛先:オズワルド/用件:師匠! 今日も一緒にできませんか?”


するとすぐに返事がくる。 しかし、それは望んだ答えではなかった。


“ごめんね。 今忙しくて行けそうにない”


師匠は忙しいと分かっている。 それでも断られてしまうのは悲しかった。


【今忙しくて行けないって・・・】


ウキウキしていた気分が急速にしぼんだ。


【そっかぁ。 なら仕方ないね、二人で狩りしよう】

【そうだね。 頑張って師匠に追い付かなきゃ!】


二人は自分たちにあった狩場を調べ始める。 レベル20で七海の職業は回復に特化した魔法使いで、サーシャは弓。 

遠距離攻撃ができるため安全であるが、前衛がいないため攻撃を受けたり囲まれてしまうと脆い。 

二人だけなら安全にいった方がいいと話し、ゴブリンと呼ばれる雑魚モンスターがよく出現する場所に決めた。 街道を通り草原から山のふもとまで歩いた。


【いるよいるよ、ゴブリンちゃんたちが!】


うようよ、というわけではないがゴブリンが生息している。 気持ち悪い見た目だが、だからこそ心置きなく倒すことができるというものだ。 

見たところ他に人もいないようで、二人は逃げ道を確保し攻撃を始める。


【この雑魚ゴブリンめー!!】


ゴブリンは体色で能力が違う。 赤、黄、緑で赤が一番強くて緑が一番弱い。 ただ経験値の効率は緑を倒すのが最もいいのだ。 まずはサーシャが単独でいるゴブリンめがけて矢を放つ。 

師匠に教わった最も飛距離と威力の出る弓の引き方を行い、見事クリティカルヒットで一撃で沈めることができた。


【やったじゃん!】

【いぇーい!】


二人はパーティーを組んでいるため、経験値や取得物は完全に等分される。 七海からしてみれば、何もせずに経験値だけもらえた格好だが、いざとなった時に七海は重要なのだ。 よし、次。 

そうサーシャが矢をつがえた瞬間だった。


【どうして君たちがここで狩りをしているんだ?】


突然、鎧を着込んだ男性に話しかけられた。 ここにいるということは彼らも初心者だろうが、大人の男の集団で威圧感が凄い。


【え、私たちに丁度合っている場所だからですけど・・・】


正直な話、何を聞いてきているのか分からず答える。 だが、よく見れば男たちは怒っているような雰囲気だ。


【ここのフィールドを最初に取ったのは俺たちなんだけど。 狩場を横取りする気?】

【え、でも、確認したけど誰もいなかったので】

【誰もいなくても、旗が立っていただろ!】

【え、あの、私たち・・・】


男たちが指差した場所には確かに旗が立ててある。 だが七海もサーシャもそれが何かは知らなかった。


【他の場所で狩ってくれないかな】


―――どういうこと?

―――同じフィールドで狩ってはいけないの?


今は師匠がいないため強い敵のところへは行きたくない。 注意され困っていると突然ワープの光が現れ、そこから師匠であるオズワルドが姿を見せた。 軽装であるが長く厳めしい剣を携えている。


【師匠!? え、今は忙しいから来れないんじゃ・・・】

【時間が空いたから少し様子を見に来た。 それで今はどんな状況?】


男たちは突然現れた高レベル、オズワルドに驚きながらも事情を説明し出す。 オズワルドは何も口を挟まず静かに話を聞いていた。


【事情は分かりました。 すぐに撤退します】

【そうしてくれ。 話が分かる奴がいてよかったわ】


そう言うと男たちは狩りに戻っていく。 オズワルドは何故か呆れたように息を吐いた。


【師匠・・・?】

【向こうのフィールドへ移動しながら話そう。 以前、他に戦闘している人の敵を狙うことはできないと教えたよね】

【はい。 獲物が競合すると双方に不利益が起こりうるって】

【うん、そうだね。 それで、同じフィールドで狩場を共有するとそれが起こりやすい。 それがあの人たちの主張】

【凄く怒っているようでした】


七海がそう言うと、オズワルドは再度溜め息を吐く。


【ただそれはあくまでプレイヤーの作ったルールだ。 狩場を独占することも迷惑行為なんだよ。 旗を立てているっていうのも、プレイヤーが勝手に作ったルールだから】

【そうなんですか!?】

【結構、ルールとしては広まっているんだけどね。 ただ旗を置いて長時間場所を離れるって、凄く迷惑だと思わない?】

【思います。 私たちが確認した時は、誰もいなかったもん。 ねぇ、サーシャ?】

【いなかった! あの旗はいつ立てたものなの!? 気付かなかった私たちも悪いけど】


どうやらサーシャはまだ怒りが収まっていないようだ。


【そこなんだよ。 旗はいつ立てたのか分かりにくいんだ。 本人たちだけばかり知る、っていうね。 まぁ、トラブルにわざわざ首を突っ込む必要はない。 

 いい場所を知っているからそこで狩りをしようか】

【はい!】


この後は少し三人で一緒に狩りをした。 ただ師匠であるオズワルドとは、一緒にパーティーを組むことすらできない。 

そうしてしまうとレベル差による分配差が出てしまい、二人はほとんど何も得られなくなってしまう。 それでもオズワルドがいてくれれば、敵に囲まれたりする心配が一切なくなる。 

単独の敵だけを狩り続けることができる。 プレイについて指導してくれる。 いいこと尽くめだ。


【ナージャ! そろそろ時間じゃない?】


20体目のホットバードを倒したところでサーシャが言った。 七海も時間を確認する。 もうすぐでバイトの時間だった。


【本当だ! 師匠ごめんなさい、私たちはそろそろ】

【分かった。 また一緒に頑張ろう】

【はい!】


この後はバイトで、これもサーシャと一緒だ。 師匠と別れログアウトをするとVRゴーグルを外す。 バッグの中に携帯プレイ用の小さな端末を入れた。


「バイトに行ってきまーす!」


七海は家を出てバイトに行く途中もウキウキだった。 思わずスキップでも出そうな勢い。 その理由はもちろんVRMMOのためだ。


―――師匠と会えて今日も幸せ!

―――師匠は本当にカッコ良くて憧れの存在。

―――きっとリアルでもイケメンで素敵な人なんだろうなぁ・・・。

―――一度でいいから、会ってみたいかも。


師匠の容姿を頭の中で想像し、自然と笑みが零れた。 一週間後、その夢が本当に叶うとは今はまだ知らずに。



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