第2話 憧れは憧れのまま
春休み中の或る日。桜が満開の公園に、星凛はいる。仲の良い友人たち数人と花見に託けた出店巡りを楽しんでいるのだ。
SNS映えしそうな色とりどりの綿菓子を食べたり、タピオカ入りのミルクティーを飲んだり、道行く人々を眺めては「あの人は格好良い」「あの人はいまいち」「あの人は可愛い」だとか批評したりしていれば、あっという間に時が過ぎる。手にしていたスマートフォンで現在の時刻を確認すれば、午後四時を過ぎた頃だと知った。
「ゴメンだけど、ウチ、この後用事があるんだ。みんなはまだまだ楽しんでね。じゃあ、またね!新学期、同じクラスだったら良いね~♪」
もう少し友達と遊んでいたかったのだが、どうしても外せない用事があるので、星凛は泣く泣く諦めて、笑顔で手を振ってくれる友人たちと分かれる。
今夜は両親、長期休みで帰省している兄に父方の祖父母を含めた食事会が予定されている。子供だけではいけないようなお洒落なレストランを予約しているので、遅刻しないようにと車で迎えに来てくれる父親との合流場所を目指していると、公園の入り口で或る人物を見つけた。
妙齢の女子たちから送られる熱い視線を物ともせず、眉目秀麗なる青年は涼しい顔で本を読み、誰かを待っている。その人物を知っている星凛は、思わず頬を綻ばせた。
(
一部の男性から白眼視されている美青年は、星凛が通っている塾で講師のアルバイトをしている大学生だった。スラリとしていて、柔和な印象を与える二連木は女子生徒や若い女性講師たちの憧れの的で、星凛もまた彼に憧憬の念を抱いている。
(ど、どうしよう、二連木先生に声をかけようかな!?)
星凛のいるクラスで二連木が授業の補助をしたことがあるので顔見知りで、口も利いたことがある関係ではある。然し、親しい関係であるとは言い難い。
憧れの存在に声をかけるか否かでもじもじとしていると、二連木は本に落としていた視線を上げて、不意に周囲をキョロキョロと見渡した。若しかして自分に気が付いてくれたのかと星凛が期待するも、それは呆気なく打ち砕かれる。
「にこさん!」
待ち人を見つけた二連木の表情が、ぱあっと華やぐ。”にこさん”と呼ばれたことから察するに、相手は女性なのだろうと星凛は決めつけた。その彼女が二連木の友人なのか、はたまた恋人なのかと勝手にドキドキしていれば、二連木の前にその人物が現れた。後ろ姿だが、おかっぱ頭の小柄な女性だということは分かる。
”にこ”という可愛らしい名前に相応しい、可愛らしい容姿の女性に違いないと決めつけた星凛が、二人の動向を見守っていると、”にこさん”が振り向いた。
「……は?」
おかっぱ頭の下の顔は、洋菓子系の可愛い顔でも、和菓子系の可愛い顔でもなく、伝統工芸品のコケシによく似た顔だった。我が目を疑った星凛が思わず二度見をしたが、結果は変わらない。
妄想が現実にならなかったことで星凛があんぐりと口を開けていると、周囲を魅了するような、甘やかな微笑を湛えた二連木が動くコケシの手を取り、彼女の狭い歩幅に合わせて歩き出す。二連木もコケシも星凛の存在に全く気が付いていないというのに、星凛は反射的に物陰に身を隠した。
(えぇ~、嘘でしょっ!?)
繋がれた手は指と指が絡まる恋人繋ぎで、二連木とコケシが恋人同士であると証明している。お世辞にもお似合いの彼氏彼女とはいえない二人は、残念なものを見るような人々の視線を浴びながら、しっかりとした足取りで、花見客で溢れる公園の中へと消えていった。
「……マジ?」
憧れの二連木先生に彼女がいるのだとしたら、きっと彼と釣り合いの取れる美人に違いないと星凛は思い込んでいた。実際に二連木に彼女はいて、その彼女は到底二連木とは釣り合いの取れない、平均以下のコケシだった。つまり、彼はブス専だったということなのか。
衝撃の光景を目の当たりにした星凛は傷心のあまり、暫くの間、その場から動けずにいた。そして約束の時間に遅れてしまったことで父親にこっ酷く叱られる羽目になったのだった。
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