第17話:暗闘

 浪人者と用心棒の間では、無言の暗闘が続いていた。

 刀を抜いて戦っているわけではないが、隙あらば抜き打ちに殺そうとしていた。

 いや、何としても斬ろうと焦っているのは、用心棒だけだった。

 浪人者は覚悟を決めて泰然自若としていた。

 先に用心棒に刀を抜かせて、しかたなく検校共々返り討ちにしたという、大義名分を得ようとしていた。


「長谷部検校殿、ここは引いた方がいい。

 色々と調べられて困るのは検校殿の方だ。

 田沼老中に賄賂を送ってから強気にでるべきだ」


 用心棒はもっともらしい理由を付けて熊一を引かそうとした。

 どう斬りかかろうとしても自分が返り討ちになる未来しか浮かばなかったからだ。

 だがその事を口にしてしまったら、こんな割のいい仕事を失ってしまう。

 借金のかたに私娼窟に落とす女達を抱くことができて、一日二両もの用心棒代が貰えるような仕事は他にない。


 徳川幕府は金貸しを認めていない。

 質屋のように質草のある金貸しは許されるが、信用貸しは認められていない。

 裏に回れば素金、烏金、百一文等の金貸しはあるが、あくまでも相対の貸し借りであり、奉行所に訴え出ても相手をしてもらえない。

 唯一幕府が認めているのが座頭の保護を目的とした座頭金なのだ。


「今日の所は見逃してあげますが、どこに訴え出ようと借金は借金。

 必ず返していただきますからね」


 負け惜しみの言葉を残して熊一は戻って行った。

 梅一やおりょうの裏長屋は、本所深川の末廣町にある。

 裏には御三卿一橋家の下屋敷の塀がある。

 ここで騒ぐのは不利だと熊一は思ったのかもしれない。


「おりょうさん、金の事は何も心配しなくていい。

 賭場で大勝ちしてたんまりと儲けてきたから、肩代わりさせてもらう。

 なあに、催促なしのあるとき払いでいい。

 その代わりと言ってはないんだが、留守の時に部屋の掃除を頼むよ」


「ありがとうございます、梅吉さん。

 この御恩は一生忘れません」


「おじさん、梅吉のおじさん、うわぁああああん」


 おりょうが長屋の通りに土下座してお礼を言う。

 一人息子の虎太郎が涙を隠すように梅一にしがみつく。

 虎太郎の頭を撫でた梅一は、直ぐにおりょうを立たせて土下座を止めさせた。


「おっと、土下座なんてやめてくださいよ、おりょうさん。

 どうせ賭場で稼いだあぶく銭だ。

 俺が持っていたって、いつか賭場で消えちまうあぶく銭だ。

 消えちまう前に使っちまった方がいいだけさ。

 だが俺は今晩も出かけなきゃならねえんだ。

 おりょうさんと虎太郎をこのまま長屋に置いておくはあぶねえ。

 神田の旅籠町に知り合いの旅籠がある。

 暫くそこで隠れていてください」


「そんな、そこまでした頂くわけにはいきません」


「いえ、二人を置いていく方が心配で気が休まらないから。

 俺を安心させると思ってついてきてください」

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