第7話:藤壺
豊二がここで女を買う仕組みを教えてくれた。
娘に一両、屋敷に一分、博徒に一分を支払う仕組みのようだ。
それなりに金はかかるが、吉原では呼び出しの揚代に一両一分かかる。
遠く吉原にまで行く必要がなく、しかも相手をしてくれるのは御家人娘だ。
一分くらい高くても客はつくのだろう。
「へえ、藤壺さんというのかい」
梅一が買うことになった娘は、ここで一番人気があるという娘だった。
つけられている源氏名からもそれが伺えた。
いや、それ以前に、世慣れた梅一が息を飲むほどの美しさから考えても、藤壺が人気になるのは当然だった。
だが、こんな場所で出会ったからかもしれないが、薄幸そうに見えた。
「まあいきなりもなんだから、まずは一献」
梅一は頼んでいた酒を飲もうと誘った。
藤壺の美貌は、梅一以外の男なら最初の決意を反故にして抱いてしまうほどの美しさだったが、頑固に盗みの掟を守る梅一の自制心は並ではなかった。
「はい、でも、不調法なので一献だけ」
想像通り声も美しかった。
どれほどの美貌でも、声が美しいとは限らない。
妙に低かったり濁っていたりする事もある。
だが藤壺の声は、耳に心地よい優しい音律と響きだった。
「そうかい、だったら先に少し食べた方がいいね。
すきっ腹に酒を飲むと悪酔いしてしまう。
時間はあるからゆっくりとしようじゃないか」
「……はい」
梅一に他意はなかったのだが、藤壺は意味深に感じたようだった。
誤解を解く気もなかった梅一は、そのままにしておくことにした。
梅一は酒だけではなく料理も頼んでいた。
自分の分だけではなく、藤壺の分も頼んでいた。
吉原のように仕出し屋に頼むのではなく、屋敷の料理人が作るらしい。
吉原の仕出しは刺身、煮物、硯蓋(口取り)、焼物の四種で一分。
煮物と酢の物だけの二朱の仕出しもあったが、値段の割には不味かった。
だから多くの客は吉原外の仕出し屋から料理を頼むか、うどん屋、そば屋、うなぎ屋、寿司屋から出前を頼んでいた。
だがここには大身の武家や金持ちだけが通うので、不味い料理は出せないようで、同じ一分の台物でもとても美味しかった。
刺身には鯛が使われ、煮物には季節の野菜と烏賊、硯蓋には薩摩芋のきんとん、焼物に鱚が使われているのは武家の客に対する配慮だろう。
梅一は藤壺に食べるように勧めたが、藤壺は梅一より先に箸を付けようとしない。
梅一は仕方なく先に食べることにした。
これから屋敷を探索する心算の梅一は、腹を満たしたくなかったのだが、自分が先に食べなければ藤壺が食べようとしないのだから仕方がない。
梅一は酒に眠り薬を入れて藤壺を眠らせる心算だった。
だが眠り薬は体に負担がかかる。
それでなくても藤壺は酒が苦手だと言っているのだ。
先に胃の腑を食べ物で満たしておかなければいけない。
そこで追加の料理を頼むことにした。
「すみません、何か腹に溜まる物を出してもらえますか」
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