その2 同棲生活の初めての朝
暑い―――
エアコンが壊れたのかな。
俺は暑いのが相当苦手で、ちょうどこの部屋に備え付けていたエアコンが最近壊れたので、俺は大家さんの許可をもらってラノベ大賞の賞金で新しい高性能のエアコンに買い換えた。
大家さんに電話でエアコンが壊れたって報告した時は、「あら、大変。すぐ業者さんに修理させるわ~」などと言われたが、丁寧に断った。
このアパートは築年数が古い。そして、俺の部屋にあったエアコンも同じくらい古い。
ぶっちゃけ冷房をつけていても、体感温度の変化は誤差程度でしかない。
本来なら我慢するしかなかったが、俺は今賞金をもらって小金持ちになっている。
なら、例年の夏みたいにわざわざ我慢する必要がない。自分で新品のエアコンを買えばいいんだ。
どうせ修理したところ、前のエアコンはまた動くようになるかもしれないけど、冷風は製造してくれなさそう。
それはそれで電気代の無駄だし、これから何年も使うだろうから、新しいエアコンを買ったほうがどう考えてもお得だ。
まあ、こういう風に考えられたのは金があるからだけどね。
もし賞金がなかったら、俺は素直に大家さんの言葉に感動していたのだろう。
それなのに、俺は今
つまり、つい最近大枚はたいて買ったエアコンが壊れたってことか。悲しいな。なんかスーパーから大切に持ち帰った卵を調理するときに、不注意で一個を握りつぶしてしまったような悔しさだ―――うーん、なんか違うな。
無料保証期間内だから、修理に金はかからないけど、めんどくさいんだよね。買った早々いきなり壊れるとか、クレーム案件だと思うんだけど、違うかな。
にしても、この香りはなんだろう。ラベンダーを彷彿とさせるいい匂い。
それに、手のひらにあるこの柔らかい割に弾力のある感触はなんだ? 真ん中に何か硬く尖ったものがあるようだが……太ももも何か柔らかいものに挟まれていて、足を少し上げたら、硬い
でも、好奇心が俺に囁く。もっと足を上げたら、それがなんなのか分かるのではないかと。俺は
いやん―――っ!?
急いで目を開けたら、目の前の光景に軽くめまいを覚えた。
なぜか、瑠璃川は自分の足を俺の足に絡めたまま、俺に抱き着いて寝ていた。服は着ていなく、黒い生地に白い花の刺繍が縫われているパンツが丸見えだった。
そして、俺の左手は瑠璃川の双丘の片方を鷲掴みにしていて、太ももが彼女の足の間の大事なところに当たっている。大事なところはどこなのかは聞かなくても分かるだろう。俺の口では言えない場所だ。
道理で暑いわけだ。エアコンが壊れたわけじゃないみたいでよかった―――なんて考えている場合じゃないよね。
色々とアウト。
今のこの場面をだれかに見られたら、俺は弁解する暇もなく、警察に連行されることになるだろう。
なんで彼女は俺の布団で寝てるんだ!? しかもパンツ一丁で……ブラはどこに行った!? ブラは。
何が起きたんだ―――昨日。
思い出せ。思い出すんだ。
「狭い―――!」
堂々と狭いキッチンが設置されている廊下を通り、寝室兼リビングの俺の部屋まで入ってきた瑠璃川の第一声はこれだった。
確かに自分でもこの家は狭いとは思うが、人に言われるとなんか嫌な気分になる。
「嫌だったら帰れよ」
瑠璃川の言葉に感動して、上げてしまったのはいいものの、よく考えたら、まずいことだよね。高校生の男女が同棲するのって。
「嫌とは言ってないじゃん? ほら私の荷物置くから手伝って!」
そう言って、瑠璃川はキャリーバッグの中身を6畳しかない部屋にぶちまけた。
そして「はーい」って俺に自分の着替えを渡してきた。
「なに?」
「洗濯しといて? わたしのキャリーバッグはとてもとても綺麗とはいえ、やはり収納していたからそのまま着るのちょっといやかな」
問題は瑠璃川の服からするいい匂いじゃない。彼女が渡してきた着替えの中に、色々とやばいものが混ざっていた。普通の男子が絶対に目にすることも触れることも出来ない女の子の下着だ―――しかも学校一の美少女のだ。
色が多彩な上に、デザインがセクシー過ぎる。これってほんとに高校生が付けるものなのかと疑ってしまうやつも何枚かあった。
「自分でしろや」
「わたし思うんだよね、伊桜くんはもっと女の子に興味を持った方がいいって。ほら、学校でもあんまり女の子と話さないじゃん。そういうところがだめなんだよね―――」
瑠璃川は俺の声がまるで聞こえていないように、自分の私物を俺の部屋に配置させながら、まくし立てる。
「―――それじゃ、いつまで経っても恋愛描写がリアルにならないよ? だから、まずはわたしに興味を持ってもらうことにした。わたしはこう見えても校内では学校一の美少女って呼ばれてるから。伊桜くんに興味を持ってもらえると思うんだよね〜」
学校一の美少女って呼ばれている事実を自覚した上に自分から口に出すのはだめだろう。ナルシストにもほどがある。
ほんと、美しいのは外見だけで、中身は色々と残念だな。
「いや、瑠璃川のことは前から知っていたんだけど、あんまり興味なかったというか……」
「なに!?」
俺の返事を聞いて、瑠璃川はぴたりと手の動きを止めて、こっちを向いてきた。
「伊桜くんってインポなの……?」
さっきまでるんるんと言った感じで鼻歌を口ずさみながらステップを踏んで私物を俺の部屋に置いていくのとは打って変わって、瑠璃川は今ぼーっと突っ立っていて、珍獣でも見ているような真顔で俺を見つめている。
女の子の口からその言葉が聞ける日がやってくるとは思わなかった。
まさか本気で自分に興味のない男はみんな性機能不全だと思っているのではあるまいな。
もしほんとにそうだとしたら、人生楽しそうだね。
「違う!!」
とりあえず、俺に出来るのは精一杯否定することしかない。
そういう人の前で変に言葉を濁したら、誤魔化していると思われかねないから。
「だよね―――だって、今の伊桜くんギンギンだもんね」
瑠璃川の視線の先に目を向けると、俺は急いで
何が起きているのは推して知るべし。
「口ではわたしに興味ないとか言っておきながら、なんで立っているのですか―――? 案外女の子にちゃっかり興味がおありのようですね〜」
瑠璃川はにまにまとした笑顔を浮かべた。その姿は悪魔そのもの。
自分の思い通りに振舞っていた下等な人間を見下しているのだ。
「お、お前が下着を渡してきたから……」
「なに? 声がちっちゃくて聞こえない―――!」
「いいか!? これはあくまで瑠璃川の下着に対してであって、お前に対して反応したわけじゃないから!」
そう言って、俺は股間を塞いだ際に放り投げた瑠璃川の着替えとかを拾って、玄関の所にある洗濯機に放り込んだ。
なんか泣きそう。
なんだかんだ言って、俺はこういうことを気にするのだな。
部屋まで戻っていったら、ただでさえ狭い部屋は瑠璃川の私物でいっぱいになって、ますます狭く感じた。
彼女の言葉に感動して、軽々しく同棲を許した自分の意志の弱さが憎くてしょうがない。
「なぁ、俺、どこで寝ればいいんだ?」
「大丈夫だよ? 布団敷くスペースは残しといたから」
それ以外のスペースはないんですか……一応俺の部屋だよね、間違ってないよね。
その後は、夕食をコンビニの弁当で済まして、俺は風呂から上がったら、布団を敷いて―――ほんとにちょうど布団を敷くだけのスペースが残されていた―――倒れるように眠っていた。「じゃ、わたしも風呂入ってくるね」という瑠璃川の言葉を無視して。
今日は瑠璃川のことで色々と疲れていたから。
それ以降の記憶はまったくないが、俺が寝たあと、瑠璃川も同じ布団に入ってきたのだろう。
とりあえず、瑠璃川が起きる前に、彼女の胸を掴んでいる手と彼女の足に挟まっている自分の足をなんとかしないと。
そう思ったが、体がピクリともしない。
理由は分かっている。今の感触はこれまで体験したことのない、気が緩んだら意識と理性が蕩けそうなくらい気持ち良いものだからだ。
すごく癒される。このまま時が止まればいいのにとさえ思った。
でも、残念なことに、俺は瑠璃川の胸と足とあそこの感触を楽しむ時間も余裕もない。
早く手と足をどけないと、瑠璃川が起きた時に叫ばれでもしたら、今度こそ近所迷惑だ。
いや、もしかしたら、最悪お隣さんに通報されるかもしれない。
だが、俺がやっと意を決して手を動かそうとする時に、瑠璃川の目がぱっと開いた。
そして、彼女の視線はゆっくりと自分の体に向けられていく。
終わった―――俺の残りの人生は牢屋で過ごすことになる……
「意外とオオカミさんなんだね―――」
予想していたのと違って、瑠璃川はにんまりと笑ってまた俺を見つめ直した。
抱きつかれているせいで、吐息がお互いに当たるくらい顔の距離が近い。
心臓の鼓動が早くなっているのは自分でも分かる。今の心拍数は50メートル走の後より高いのかもしれない。
「―――朝がこれだから、これからの同棲生活も上手く行きそうね。そしたら、伊桜くんの恋愛描写はすごくリアルなものになるでしょ!」
瑠璃川はあくまでこの状況はすべての俺の意思がもたらした結果だと思っているみたい。
同棲を続けるなら、ここでビシッと言わないとこれから俺は瑠璃川に頭が上がらない。
「ひとつ聞いてもいいか? 瑠璃川」
「うん?」
「なんでパンツしか履いてないんだ?」
「着替えは全部洗濯してるし、それに暑いし」
「じゃ、そのパンツはまさか昨日の―――」
「伊桜くん、それはあんまりにもデリカシーがないんじゃないかな?」
瑠璃川は笑っているようで目が凍てついてる。
怖いから、とりあえず話題を変えよう。
「それなら、俺は悪くないよね―――足を絡めてきたのも瑠璃川だから」
「まあ、わたし寝相悪いし、そんなことだろうと思ってたよ?」
こいつは確信犯だな。
知ってて俺をオオカミさんって言っていたのか。
「でもさ、現在進行形でわたしのおっぱいを掴んでるのは伊桜くんの方だよね?」
瑠璃川に言われて、自分の手の方に目をやると、いたたまれなくなった。
俺は今でもがしっと彼女の胸を掴んだままでいる。
「ひゃいっ!」って悲鳴をあげて、俺は手を慌てて離した。
「それ、わたしのセリフなんだよね?」
「ご、ごめん」
「伊桜くんって童貞くんでしょ―――だってわたしのおっぱいをあんなに力強く掴んで離さないんだもん〜」
「……」
「ちょっと、泣かないでよ!」
瑠璃川に言われて、頬を触ってみたら、濡れた感触がした。
そうか、俺は今泣いてるのか。
「もう、仕方ないんだから」
「ちょ、ちょっと息ができない……」
「いいから、いいから、わたしと疑似恋愛するんでしょ?」
瑠璃川は俺の頭を自分の胸に抱き寄せて、俺の髪を優しく撫でていた。
彼女の体温は胸からゆっくりと伝わってくる。
「ほんと、泣き虫なんだから」
こういう時の瑠璃川は昔のお母さんみたいに優しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます