擬似恋愛するための同棲生活は、可愛さ濃いめでした 〜泣き虫の俺がラノベ大賞を受賞したら、なぜか学校一の美少女と同棲することになりました〜
エリザベス
カプチーノ編
その1 彼女がやってきた日
俺は布団の上で横になりながら、携帯に届いてたメールを何度も読み返していた。
『
佐渡川文庫 編集部です。
この度は「第23回佐渡川文庫ラノベ大賞」にご応募頂きまして、ありがとうございます。
厳正なる審査の結果、貴殿の『虹色の涙』が大賞に選ばれました。
おめでとうございます!
賞金300万と賞状を贈呈致しますので、ぜひ弊社主催の表彰式にご出場ください。
また、『虹色の涙』は弊社にて書籍化致しますので、担当編集をつけさせて頂きます。
何卒、よろしくお願い致します。
佐渡川文庫 編集部』
このメールが届いた時は悪戯かなにかと思った。
中学3年生の時、お父さんは海外赴任になった。
お母さんは、お父さんを追いかけて行った。
高校受験があるから、俺は連れて行けないって、両親はアパートの一室を借りて、俺を1人で住まわせた。
それから2年が経ち、高校2年生になっても俺は一人暮らしをしている。
親のいない寂しさを紛らわすために、俺はいつも小説を書いていた。
別に誰かに見せるわけでもなく、ただなにかに集中すると寂しくなくなるので、俺はひたすら小説を描き続けた。
小説を書くのは、俺が現実世界から目を背けられる唯一の方法だから。
せっかく書いたから公募に出してみようと、気まぐれに応募した佐渡川文庫の「第23回佐渡川文庫ラノベ大賞」で、俺の『虹色の涙』がまさか大賞を受賞した。
賞金と賞状を貰ったのは2ヶ月前で、そして『虹色の涙』の第1巻の発売日は今日。
自分の書いた小説が発売されたのは嬉しいけど、特に本屋にそれが陳列されているのを見に行く気にもなれない。
こうやって大賞を取った時のメールを眺めているだけで十分だ。
お父さんとお母さんがそばにいたら、喜んでくれたかな。
俺より興奮気味で朝一俺を本屋に連れて行ってくれたのかな。
そして、俺が恥ずかしがるのも気にせずに、堂々と本棚に置いてる『虹色の涙』を10冊もレジに持っていって、店員に変な目で見られながらも会計していたのかな。
そう思うと、涙が出た。
とめどなく溢れてくる。
両親が俺を置いて海外に行ってから、俺はよく泣くようになった。
ほんと、泣き虫だな、俺は。
ドンドンドンとドアを叩く音がした。
俺は急いで着ている服の袖で涙を拭いて、玄関へと向かう。
6畳しかないこの部屋はノック音はよく響く。
今の来訪者はインターフォンの存在を知らないのかなと、俺は内心でぼやいた。
ノック音に催促されて、急いで土間に降りずに少し屈んでドアを開け、見上げたら、そこには麦わら帽子を被っている女の子が立っていた。
フリルの付いてるピンクのワンピースを身にまとい、背中まで伸びている曇りひとつない黒い髪の一端をワンピースと同じ色のピンクのリボンで結んでいる。綺麗な横髪が腰くらいまで伸びていて、風に靡いている。肌は日の光を浴びたことがないかのように白く、頬は少しだけ赤かった。
空から降り注ぐ光の雨に打たれたように、彼女のワンピースには色鮮やかな光の玉が散りばめられている。青く澄んだ空と高く漂っている白い雲は彼女との境界をなくし、まるで映画のワンシーンを切り取ったような、そんな美しさだった。
彼女は右手でキャリーバッグを引いていて、左手で虹色の表紙をした文庫本を大切そうに胸に当てている。それが私の作品―『虹色の涙』でもあった。
「これは一体どういうことなの―――!?」
それは俺のセリフだった。
俺を見た瞬間、彼女はキャリーバッグから手を離し、切れ長な目を少し細めて、不機嫌そうに怒鳴ってきた。
彼女というのは俺と同じ学年の女の子―
隣のクラスの女の子だ。
なぜ彼女の名前を知っているかというと、彼女は学校一の美少女だからだ。
入学当初、ものすごい美少女が隣のクラスにいるって、興味のない俺をクラスメイトの男子たちが強引に連れていき、窓越しに彼女を紹介してくれた。
クリっとした目に、整った顔立ち。すっと通った鼻筋に小さな唇。そして、凛とした佇まいと彼女のトレードマークでもあるストレートな長い黒髪は有無を言わさず、あっという間に彼女を学校一の美少女と言わしめた。
確かに、瑠璃川はその呼び方に恥じぬ美少女だが、俺は今でも彼女にさほど興味を持っていない。
隣のクラスだし、学校一の美少女だし、はっきり言って俺とは別の世界の住人。
高望みして彼女と付き合いたいなんて思って告白しても、振られるのは目に見えてる。
そんな徒労に終わってしまうことに、俺は大事な時間と精神力を費やしたくない。
そんな彼女が今、キャリーバッグまで持って俺の家の前に立っている。ほんと、こっちこそ一体どういうことなんだって言いたい。
「あの……」
「こんな素晴らしい作品になんてもったいないことしてるんだよ!!」
彼女がそう言って、文庫を持っている手にさらに力を入れた。
おそらくその素晴らしい作品とやらは俺の書いた『虹色の涙』を言っているのだろう。
そして、俺が『虹色の涙』にもったいないことをしたと。
「なんで、その本は俺が書いたって知ってるんだ?」
そう、なんで彼女がその本―『虹色の涙』は俺が書いたものだと知っているのか、俺には分からない。だって『虹色の涙』はペンネームで発表しているもの。
「ペンネームの付け方が安直すぎるのよ! なにこれ? 桜
「俺の名前知ってるの……?」
ペンネームを安直に決めたのは認める。けど、そもそも彼女が俺の名前自体を知らなかったら、分からないことだから。
俺は瑠璃川と関わったことなんてほとんどないのだから。
「同じ学年の人の名前くらい全員覚えているわ!」
彼女の答えはシンプルなものだった。
そうか、彼女はただ同じ学年の人の名前を全部覚えているだけか。
俺は心のどこかで期待していたのかもしれない。
彼女は俺のことを特別に思っているから、俺の名前を知っているのではないかと。
そんなことはやはりなかった。
凄いことだが、瑠璃川はただ同じ学年の人全員の名前を覚えているだけだ。
そう思うと、少し寂しい気持ちになった。
「どうしたのよ? 目が赤いし、黙っちゃってるし」
俺が黙っていたら、瑠璃川からまた話しかけてきた。
彼女のことはよく知らないけど、こんなに喋るイメージはなかった。
「お前には関係ないだろう……? てか、なんで俺の家の場所知ってるんだよ」
『虹色の涙』を書いたのが俺だって突き止めた経緯はこれで明らかになったが、なんで瑠璃川は俺の住所を知っているのだろうか。
それは不思議でならなかった。
さっき泣いたのが恥ずかしくて、俺は悪態をつくような口調になっている。
「お前ってなによ! わたしは瑠璃川羽澄というちゃんとした名前があるのよ!」
俺にお前呼びされたのが嫌だったのか、瑠璃川はぷぅと頬を膨らませた。
今まで見たことの無い彼女の表情だ。
すれ違いざまに見えた彼女はいつも笑顔で友達と話していたから。
「分かったから―――瑠璃川。これでいいだろう?」
「よろしい! なんで伊桜くんの家の場所を知ってるかだっけ? 先生に生徒名簿を見せてもらったからよ?」
「なんでそんなに個人情報の管理が緩いんだよ!! 先生」
男の先生が瑠璃川を見てにやにやしながら生徒名簿を渡しているところを想像したら、すごいムカついてきた。
「ほら、わたし、優等生だから!」
「そんなこと友達の前では言わない方がいいよ。瑠璃川のイメージが下がるから」
自分のことを偉そうに優等生と自称している瑠璃川を見て、俺は可哀想なやつだと思いながら忠告をした。
「大丈夫! 時と場合は弁えているから」
俺の前では気を遣わなくてもいいってことですか。ありがとうございます?ってお礼を言ったほうがいいですか?
「じゃ、また学校で」
「ちょっと、ドア閉めないでよ!」
俺の聞きたいことは全部聞いたから、ドアを閉めようとしたら、瑠璃川は足をドアの間に入れてきて、俺がドアを閉めるのを必死に阻止しようとしてきた。
「―――何か用?」
「だから! なんでこんな素晴らしい作品にもったいないことするのか聞きに来たのよ!」
「ありがとう。素晴らしい作品って言ってくれて。じゃ……」
「ちょっと、君! なんで人の話聞かないんだよ!」
「えっ?」
俺の作品を褒めに来たんじゃないの? わざわざ。
「―――理由、教えてよ!」
「理由って?」
「この本の中の恋愛描写にリアリティがない理由!」
そう言って、瑠璃川は左手で抱えていた『虹色の涙』を俺の前に突きつける。
「そんなことはないと思うけど。編集部は褒めてくれたし……」
「わたし的に全然だめね! 女の子の行動と会話が不自然だもん」
「……しょうがないだろう。俺……恋愛経験ないし」
瑠璃川の言葉は俺の痛いところを突いてきた。
胸がチクチクと疼く。
自慢じゃないけど、俺は誰かと付き合ったことがないどころか、女の子とろくに話したこともない。
そんな俺に恋愛描写のリアリティを求めるのはそもそも間違いだ。
「もったいない―――!!」
「叫ぶなよ! 近所迷惑だろうが」
瑠璃川は両手を勢いよく振り下ろして叫んだので、俺は慌てて左右を見渡す。
特にクレームが来そうな感じがしなかったから、俺はほっと胸をなで下ろした。
「まあ、そういうことだと思ったから来たんだけどね」
「えっ?」
「わたし、ラノベが大好きだから、いっぱい読んでるの。それでなんとなく伊桜くんの恋愛描写にリアリティがないのは恋愛経験がないからだと思ったわー」
「余計なお世話だ」
ほんとに失礼なやつだ。
学校の連中が知ったら、きっとがっかりするだろうな。
「だから、わたしと同棲して?」
瑠璃川の思わぬ発言に、俺はただ口をポカーンと開くことしか出来なかった。
「お邪魔しま―――す」
「ちょっと待って!」
瑠璃川はいきなり家に入ろうとしたから、さすがの俺でもパニクった。
まさかそのキャリーバッグは瑠璃川の荷物じゃないだろうな。
「なんでよ? 荷物は全部持ってきたよ! 歯ブラシも」
そう言って、彼女はキャリーバッグの前のポケットのチャックを開いて、中から新品の歯ブラシを取り出し、俺に見せてにひひと笑った。
悔しいが、そんな彼女を可愛いと思ってしまった。
昨日、発売日より1日早く新刊が発売する本屋で『虹色の涙』を買ったとしても、徹夜で読んで俺のことを特定してから、同棲することを決めて荷物を纏めて来るのはいささかではなく、ものすごく行動力がいると思うけど。
瑠璃川は俺の想像していた女の子とかなり違った。
同学年の人全員の名前を覚えていることといい、その行動力といい、彼女は凄い人かもしれない。
でも、同棲の話は別だ。
なぜ、そうなる?
俺の小説の恋愛描写にリアリティがないのと、瑠璃川が俺と同棲することになんの関係があるの?
「からかうなら他の人にして」
瑠璃川の様子を見て、本気なのは分かっているけど、いきなり学校一の美少女に「同棲して」って言われて、「はい」と答える人はいないだろう。
「からかってないよ! わたしと同棲して、毎日わたしと疑似恋愛してもらうから。そしたら伊桜くんの小説の恋愛描写はうまくなると思うよ!」
「なんで俺のためにそこまでするの?」
「君の作品に恋をしたから」
そう言う瑠璃川の目は本気だった。
恋する乙女のそれと寸分違わない。
俺にじゃなくて、俺の作品にか……
思うところはたくさんあるけど。
「でも、いきなり同棲って言われても……」
「親の同意は貰ってる!」
「瑠璃川の両親は君の純潔を心配しないのかな……俺は仮にも年頃の男の子だよ?」
「わたしはそれほど覚悟を決めているから。伊桜くんの作品をもっと素晴らしいものに出来るなら純潔の一つや二つを捧げるなんて安いものよ?」
「はぁ……俺に瑠璃川にそこまでしまうほどの才能なんてないよ。今回受賞したのもたまたまで―――」
彼女がなぜか俺の作品に惚れているのはなんとなく分かったけど、その覚悟はどうかしてると思う。
ほんとに、たまたま受賞しただけで、俺に才能なんてないんだ……
「わたしを本気にさせたのは、君の才能なんだよ」
けど、次の瞬間、俺の話を塞いだ瑠璃川の言葉は俺の心の中に響いた。
めちゃくちゃ主観的でハチャメチャな彼女の言葉に、俺の心はどうしようもないくらい打たれてしまった。
「だから、あなたの作品を、わたしが責任を持って一番素晴らしいものにしてあげるわ」
「……」
この瞬間だけ、瑠璃川は俺のことをあなたと呼んでいた。
それほど彼女の言葉は真剣で本気そのものだった。
いつの間にか、俺は泣いていた。
親がそばからいなくなって、俺はずっと寂しかった。
誰も俺のことなんか見てくれないと思っていた。
でも、瑠璃川は俺の作品に恋をして、俺のためにここまでしてくれた。
そう思うと、涙が自然と零れた。
「ほんと、泣き虫だね、伊桜くんは。さっきも泣いてたでしょ?」
「な、泣いてない」
「はいはい、そういうことにしとくね。それで、今日からよろしくね! 伊桜くん〜」
彼女が荷物を俺の家に運んでいくのを俺は止める気になれなかった。
こうして、俺と学校一の美少女の同棲生活が始まった。
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