第三十一話 形勢逆転
円盤は宙に浮かんだまま、リフトを降下させた。武装生徒が整然と、そしてあふれるように降りてくる。
銀機高は一学科一学年につき、約百人。キャプテン科とトルーパー科合わせて一年生約二百人。約八割の人間が「武装生徒」化していたなら百六十人はいる計算だ。そして、校舎前広場と大講堂にいた武装生徒は六十名、本部棟前にいたのは十名。およそ七十名の武装生徒がメイフェアの近衛の特殊な麻酔薬によって容易には目覚めない眠りに落ちている。ということは、本部棟玄関前広場に降り立った武装生徒はおよそ九十名。
円盤はフィールド発生デバイスを妨害する装置を作動させていた。二人の近衛とシーシャは隠れることができない。メイフェアはゆっくりと首を振った。もはや、抵抗できる段階にない。
「こりゃ、どーにもならないねー」
ニココは肩をすくめた。
十人ごとにチームを組んでいるのだろう、チームの先頭にはそれぞれ部隊長らしき生徒が立って先導している。部隊長の指揮の下、武装生徒たちはテキパキと九重たちを武装解除し、縛り上げた。その中の一人に九重は見覚えがあった。松浦だ。
「おまえはクチばっかだな」
部下の手で拘束を解かれている関川を見ながら、松浦がバカにしたように言った。
「まあそう言うな。バーナード人たちは武器を隠し持っていた。こちらの想定が甘かったんだ」
関川は松浦のイヤミを意に介さなかった。松浦はふん、と鼻を鳴らした。
「関川くん。それはわたしのミスだ。すまない」
いつの間にか関川の近くに来ていた阿賀校長が関川の言い訳とも愚痴ともつかないセリフを聞きつけると頭を下げた。
「……別にそう言いたかったわけでは」
戸惑う関川に松浦はそしらぬ顔だ。
「もとより生徒の君らに危険を背負わせる計画。弁解のしようはない」
阿賀校長は本当にすまないと思っているのか、それとも気遣いを演出しているのか、じっと頭を下げ続けていた。
「頭を上げてください!」
関川は拘束を解かれると阿賀校長に駆け寄った。
「阿賀校長がケンタウリの暴挙を止めるべく立ち上がったのは、全人類のため。わたしの無能がそれを妨げたと猛省しております」
阿賀校長はようやく頭を上げた。
「関川くん。ケンタウリもまた被害者。みな、被害者なのだよ。手荒な真似を選びはしたが、われわれはケンタウリの人類支配を打破するだけではなく、何者かの銀河支配を打破しようとしているのだ。それを忘れるな。……部隊長のなかには不必要な暴力を振るう者もいるようだ。そういう者があれば必ずわたしに直接言うように。いいね」
関川は阿賀校長から一歩退くと敬礼した。
その様子を縛られながら見ていた九重には、関川も松浦も「不必要な暴力」を楽しんでいるように見えた。
阿賀校長は、関川に何事か指示すると、関川はリフトに乗り円盤へと回収されていった。
それから阿賀校長は縛り上げられているメイフェアに近づいた。
「さて寄居メイフェアくん。こんな真似をして済まない」
阿賀校長は頭を下げた。
「校長先生。いったい何をお考えなのです? ケンタウリが人類を陰で支配してるなんて俗説をお信じのようですが」
メイフェアは縛られていながらも毅然とした表情だ。
「わたしもついこの前まで、俗説だと思っていたよ。では聞くが、一万年前、銀河人類帝国はなぜ崩壊した?」
「歴史の授業ですか? わたしは縛られて授業を受けなければいけないような成績を取ったことはないのですが」
メイフェアが微笑みながら皮肉った。だが、阿賀校長は不愉快そうなそぶりを一片も見せない。黙ってメイフェアを見つめている。
「……銀河人類帝国はその領域があまりに広大だったため、また、植民星の環境に適応して新たな能力に目覚めていったわたしたちのような新たな人類の多様性を受け止めることができず崩壊した。それから新しい人類たちはそれぞれの星に棲み分け、今に至る、と学校では習いますわ」
「そうだね。でも、ケンタウリのきみなら、もう一つの伝説を知っているはずだ」
「……何のことをおっしゃっているのか、だんだんわかってきましたわ。ワイズ星系よりさらに遠い銀河の彼方、人智外星系から来た外宇宙の神との戦いに敗れた、というお話ですね。おとぎ話でしょう」
「リギル王国はその伝説を異端視していたのだったね」
「異端視ではありませんわ。その外宇宙の神とやらと戦うために軍備を増強すべきだとかわけのわからないことを言い立てる人たちがいるので困っているだけですわ」
「バーナードと契約を結び、戦争の準備を始めるべきだ、と」
「相手が誰だかもわからないまま、戦争の準備を始めるのは愚の骨頂。必要以上の軍隊は敵を求めて不必要な戦争を始めてしまうものですわ」
「主星国の成人のほとんどが軍人のルーマンのように」
「ルーマン宇宙軍が予算獲得の口実に引き起こした小競り合いがきっかけで星間戦争が起こった。常識ですわ」
「だが、実際に敵がいたとしたら? 一万年前の未知の敵が残した兵器が今も稼働しているとしたら? しかもその兵器はケンタウリの精神改変をずっと行ってきたのだとしたら?」
「……いったい何を……」
メイフェアは絶句した。
「そう。おとぎ話ではない。その人智外星系の兵器は実在している。しかも、ケンタウリの精神を改変し、かつてはルーマンを、今は人間を操っている」
「ナンセンスですわ。そんな技術があるのなら、ケンタウリの精神を改変するだけじゃなく、ルーマンや人間の精神を直接改変すればいいのです」
「それが、その兵器はケンタウリ星系にあって、ケンタウリを媒介に新旧人類を相争わせているのだ」
「そんな口実で……ケンタウリと戦争するおつもりですか」
メイフェアの声についに動揺が含まれた。
「わたしとて本意ではない。できるだけ戦闘を回避するつもりだ。きみたちも協力してほしい」
阿賀校長は頭を下げた。
メイフェアが黙り込んでいると、円盤から関川が降りてきた。
「収容準備整ったそうです。月崎先生は捕虜から早く収容せよ、と」
関川は阿賀校長にそう報告した。
「よろしい。そうだな、今稼働できる部隊には寮に残っている生徒をまとめる任務に移行してもらおうか」
阿賀校長がそう言うと、関川は敬礼して他の部隊に伝達しに行った。
「それでは、みなさんにはわたしたちの唯一にして最強の船に乗ってもらう。まずはあの小型船に乗り込んでくれ。それからわたしたちのサイコシップ、アネモネアペンニナに向かう」
阿賀校長は九重たちに円盤のリフトを指し示した。
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