第三十話 武装生徒たち

 メイフェアの近衛たちは拘束具で武装生徒たちを縛り上げ、それから麻酔薬を注射する作業に勤しんでいた。捕らえられた武装生徒は、暴れるでも口汚く罵るでもなく、大人しく麻酔を打たれるのを待っている。


「やっぱおかしいね、この連中」


 そうつぶやいてニココが武装生徒の一人の顔を覗きこんだ。みな無気力な表情をしている。捕まえられてしまったから、というにはあまりに静かだ。


「あなた、名前は?」

「……」


 ニココが顔を覗き込むと、その武装生徒は怯えた表情で目を逸らした。感情はあるようだ。


 少し離れたところで縛られている関川が口を開いた。


「無駄だ。そいつらはわたしの命令にしか従わない」


 ニココは関川に向き直った。


「へー。なんで? クスリ?」

「……知るか」

「っつか、関川パイセンたちっていったいなんなわけ? 武装はSクラス、兵隊は素人。危なすぎるんだけど?」


 ニココが関川に詰めよった。バーナード人の三人の捕虜のなかには大怪我をした者もいた。


「ふん。おまえらが武器持ち込み禁止ルールを入学早々破っているとは思わなかった。バーナードはとんだ無法者だな」


 関川は確かにたいした胆力だった。身の丈三メートルの鬼巨人を挑発するなど、ふつうの人間にはできない。ニココの額からビキビキという音が聞こえそうだ。


「パイセンがそれ言う? 責任者誰?」

「そのうちわかる」


 ニココは握りしめた拳を解きため息をついた。ニココには捕虜を痛めつける趣味はない。


 ニココは、少し離れたところで座っていた九重に手を振ってきた。


「九重がなんか秘密兵器だか超能力だか使えるのはわかってたけど、こんなに活躍するとはね!」

「い、いや、別に」


 九重は立っているニココを見上げた。まさに巨人だ。制服はところどころ破け、煤けたりなどしているが、ケガらしいケガは一つもない。相手が複数で武装していたようにはまったく思えない。人間と鬼巨人のあいだの差を差し置いても、いったい、どれだけの修羅場をくぐっているのだろうと九重は思った。それなのに、自分は隠れていただけだ。パイロキネシスという超能力も、うまく使えなければ宝の持ち腐れだ。ニココが、メイフェアがいなければ、どこかのタイミングで撃たれて終わりだっただろう。作戦成功の高揚感も安堵感も、その感情に比べればたいしたことはなかった。


「なになにー? 疲れちゃったの? ま、いいけどさ。無事なら」


 ニココは明るく笑った。九重もそれにつられて少し笑った。


「やはりこの人たち、何かがおかしいですわ」


 捕虜たちを見ていたメイフェアがやってきた。


「お。なんだか久しぶりなかんじ。寄居さんも無事でよかった」

「ごきよう、ニココさま。結局、みんな集まってしまいましたわね。一網打尽にされてしまいそうで落ち着きませんが」

「まー、そう言わず。情報の共有も必要だよ? 戦力の集中ってこともあるし」

「わたしは戦う気などございません。ニココさまをお雇いした覚えもありませんので」

「はいはい、相変わらず財布の紐がお固いことで。で、この連中がおかしいってのは?」

「……はい。通常、これだけの数の人間からは、様々な感情が感じられます。戦闘で負けたのなら怒り、諦め、悲しみなどでしょう。それが、恐怖しか感じられないのです……関川先輩以外からは。関川先輩は今、お怒りですね?」


 関川は黙り込みメイフェアを睨みつけていた。


「それはテレパシー使わなくても見ればわかるよ」


 ニココは肩をすくめた。


「ともあれ、これだけの数の人間から恐怖の感情しか感じないのはおかしなことですわ。わたしの知る限り、何かのおクスリであれば、もう少しムラがあると言いますか、ここまでみな一様に恐怖一色にはならない気がします。わたしの修行不足かもしれませんが」

「いや、くさってもリギル王族のテレパシーだよ」

「『くさっても』は余計ですわ。いずれにせよ、かなり不自然です。人を操る何らかの力が働いているのは確かでしょう」


 関川が口を挟んできた。


「わたしは操られてなどいない。操っているのはきさまらケンタウリだろう!」


 メイフェアが嘆息した。


「また判で押したようなご批判ですこと。あなたを操るのに特殊な力は必要なさそうですわね」

「なんだと! ケンタウリのメス犬め! 恥を知れ!」

「わたしがメス犬だとしても、飼い主は選ばせていただきますわよ。九重さま、わたしたちはこれほどまでに人間に嫌われているのでしょうか?」


 メイフェアはどこからともなく取り出したセンスで顔を関川から隠しつつ九重に近づけた。


「ケンタウリに地球が操られてるとかって、地球だと全然聞かない話だよ……まあ、そういうことを言う人もいるってくらいかな。ってか顔が近いんだけど」


 九重は地球で暮らしていたあいだ、異星人と会ったことがなかった。人間が異星人と暮らしているのは植民星や衛星がほとんどだからだ。


「のんきなものだ。おまえのせいで地球の解放が遅れるぞ。女装に気を取られていたが、どうせ人間に化けた異星人なんだろう」


 関川は苦々しげに九重に向かって吐き捨てた。


 制服が女子のものしかなかったなどと説明しようものなら、話が変な方向に逸れていきそうだ。九重は答えられなかった。


「ふん。本隊が到着するまでせいぜい勝った気分でいることだ。どうせ逃げ場はない」


 関川はそう言うとまた黙り込んだ。


「じっさい、隣町のどことも連絡がとれない異常事態なんですよねー。ま、通信が妨害されてるだけなんだけど」


 シーシャが九重の携帯端末を操作しながら言った。


「シャトル乗り場も封鎖されたし……ちょ、それ、おれのだけど!」


 九重が携帯端末を入れていたはずのポケットを探った。何もない。


「いいじゃない。わたしのは没収されちゃってるんだし、緊急事態だし。他の人のは触らせてもらえないし」

「おれだって触らせないんだけど」

「でも今触ってるよ」


 シーシャは九重の取り返そうとする手をくねくねと器用に避ける。終いには携帯端末を自分の胸の谷間に落とし込んだ。


「あらあら。九重さまはこの程度の心理戦にも勝てないのですかー?」


 あまつさえメイフェアの口真似までする始末だ。


 九重が困っていると、ニココがその胸の谷間に無造作に手を突っ込み、携帯端末を取り出すと九重に放ってよこした。


「ハイになるのはわからんでもないけど、まだ事態が解決したわけじゃないよ。ほどほどにね」


 ニココがシーシャに剣呑に微笑みかけた。シーシャの耳が垂れた。


「わたしが戦ってるあいだに何してたの? ずいぶん仲良さそうだけど。すみにおけないねー」


 ニココの笑みがなぜか九重にも恐ろしく見えた。肉食獣に威嚇されている齧歯類の気持ちがわかった気がした。


「別に何もないよ……って、そんな場合じゃない。ソラが連れていかれたんだ、シャトル乗り場に来た連中に」


 九重はしどろもどろになりながらもシャトル乗り場での出来事を話した。






 九重の話が終わると、意外にも関川が一番に口を開いた。


「そのソラってやつ、いったい何者だ? 報告ではケンタウリ人だと聞いたが、わたしの見た姿は人間だった。そんなに短期間に偽装できるものか?」


 メイフェアとニココが首を傾げた。


「ケンタウリ人なわけない。わたしらが知ってるソラは人間だよ」

「ですわね。耳を切り取って人間に偽装するのは昔からある原始的な偽装ですが、逆に生やすのは無理でしょう。付け耳を見間違えたのではありませんか」


 メイフェアは九重と関川を交互に見た。


「バカにするな! 付け耳とそうでないものくらい簡単にわかる。松浦がきちんと作戦を遂行していれば、もう本隊が来てもいい頃だ。覚悟しておけ」


 関川が吠えたそのとき。突然、地震が起こった。それほど大きなものではない。


 しばらくしてそれは収まったが、天井照明の一部が明滅していた。


 次の瞬間、本部棟玄関前広場に円盤が音も立てずに襲来した。大きさはちょっとしたスタジアムくらいあり、宙に静止して広場全体を影で覆った。


「重力操作の小型宇宙艇!? いったいどこの?」


 ニココが叫んだ。


「わたしも知りませんわ。戦場を渡り歩いたあなたが知らないのでは誰も知らないのでは? あーあ、一網打尽ですわね」


 その円盤からスロープが降りてきて、武装生徒が降りてくるのを九重はじっと見ていた。数が多い。とても全員の武装に意識を集中することなどできない。下手に抵抗すれば犠牲者が出るかもしれない。


 九重たちと武装生徒の立場はあえなく逆転した。

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