第六話 だんしはしんだ?

「……ワイズ星系の三つ目神族さまではありませんか」


 メイフェアは口に手を当てて驚いた。


「マジ? あれが神様? 動画でも見たことないんだけど。ニセモノなんてことないよね」


 ニココは露出の多い衣服のせいではない寒気を感じながら教壇に立つ三つ目人を見ていた。


 エトアルは教壇に近い席に座っていたため、ダイレクトに力場に干渉され息苦しそうだ。


「あれが人智星系のなかで最も不思議で最も力がある三つ目人なの? 面白そう!」


 ソラはなにやら一人で興奮していた。


 ワイズ星系の三つ目人はほとんどワイズ主星から出ることがない。そのうえ銀河インターネットで動画等が出回ることもない。ワイズ主星国は鎖国体制で、その内部は銀河機構の幹部が知るのみという。三つ目人のサイキックパワーはタテ耳長人のテレパシーやヨコ耳長人のサイコキネシスを軽く凌駕し、寿命も耳長人が三、四百年、巨人が二百年程度なのに対し千年以上と長い。現人神と信仰する星さえある。ケンタウリ星系リギル王国もそんな信仰がある。鬼巨人たちにとっては文字通り創造主だ。鬼巨人はワイズの技術で作られた種族だ。


 九重は今まで見たどの異星人よりも圧倒的な不可解さに言葉が出てこない。羽衣がなぜ宙に浮いているのか。サイコキネシスだろうが、エトアルのものとは異なり常時発動だ。よく見ると足まで浮いている。これこそ人智の臨界。そこから先は人智外という銀河の既知領域の最先端の片鱗だった。


「第十期のプリンセス科のみなさ~ん。わたしは月崎アオイといいます。プリンセス科の担任ですよー」


 アオイの下の二つの目は細められ、微笑みの表情を浮かべている。


「今日は入寮の書類を配ってー。生活のための諸注意とかでーす」


 アオイは実際にその通りにした。書類を配り、入寮の注意をし、今後のスケジュールの概要を説明する。プリンセス科に特有の科目はその名もズバリ「プリンセス科」しかない。あとはずっと他科目を回るだけらしい。


「何か質問はないですかー?」


 アオイが微笑みながら五人の「プリンセス科」の生徒たちに言った。


 エトアルがすっと手を挙げた。その指先は少しだけ震えている。あれだけ不遜なエトアルでも、三つ目人の力を目の当たりにし怯えられるほどには力の差を理解しているのだ。それでも手をまっすぐ伸ばす根性に九重は少し敬意を覚えた。


「先生、『プリンセス科』にどうして男子がいるのでしょうか」


 エトアルはプレッシャーに負けず質問を敢行した。


「えー。中条さんも知ってると思うけど、銀機高の入学時考査は非公開、秘密よー。どうして男子が入ってるかなんてわたしにはわからないし、知ってたとしてもいえないわー。男子がいたら何か困ることって、あるー?」

「例えば……」

「なにかなー?」


 堂々たるルーマン建国史を、人間の前ならともかく三つ目人に一席ぶとうものなら、何が返ってくるかしれない。


 それに気づいたエトアルは目を瞑ってしばし考え込むと言った。


「着替えのときとか、です……」


 エトアルは顔を赤らめた。百五十歳程度なのだろうか、見かけの年齢としてはその十分の一のようにしかみえない。中身は案外、もっと幼いのかもしれなかった。


「えー、そんなの布川くんが見ないようにすればいいだけじゃなーい。ねー、布川くん?」


 アオイはそう言って九重を見た。九重は三つ目人に見つめられしばらくは声が出せなかった。


「ねー? 聞こえてる?」

「は……はい」

「どうせ、きみたち、たいして違わないんだからさ。気にしない気にしなーい」


 九重は男子と女子も違えば、種族も違うだろう、と突っ込みたかったが、とてもそんな度胸はない。


「中条さんも、それでいいかなー?」


 アオイの口調には反論を許さないものがあった。エトアルも当然それを感じた。さすがのエトアルもはい、というしかなかった。


「みなさん、いい子ですねー。これから三年間、よろしくねー」


 アオイは終始にこやかだった。





 オリエンテーションが終わると、エトアルはそそくさと教室からいなくなってしまい、九重たちと話すことはなかった。


「あのヨコ耳。三つ目人とは話せるのに、わたしらは無視? ありえなーい!」


 ニココがムっとした顔で言った。九重とソラ、メイフェア、ニココは連絡先の交換を済ませ、五人しかいない第十期プリンセス科でエトアルだけが浮いていた。


「まあまあニココさま。エトアルさまもご事情がおありなのでしょう。仲良くなるには、あまり急かないことですわ」


 メイフェアはそう言いつつ、荷物を引き取りに行くと言ってみなと別れた。


 タテ耳長人とヨコ耳長人は仲が良くない。ケンタウリ主星国は二千年前の地球ルーマン戦争の時に中立を決め込んだからだ。一方、バーナード主星国はそのときは存在しなかった。生身で宇宙空間で戦闘可能な生物兵器としてワイズからルーマンに提供された鬼巨人たちは戦後、解放された。ニココはニココで、二千年前は奴隷と主人、自分からエトアルに声をかけるつもりはなかった。


 ニココも荷物を取りに行くと言って立ち去り、あとには九重とソラが残った。メイフェアもニココも、荷物が多いようだ。もしかしたらエトアルも同じ事情だったかもしれない。


「わたしたちは寮に行こうよ」


 ソラも九重と同じで、リュック以外は直接寮に送ったようだ。


 さっきアオイから渡された資料の中には、寮の割り当ての書類も入っていた。ソラに促されて読むと、九重の嫌な予感が的中した。九重にも女子寮が割り当てられていたのだ。


「寮には一人で行ってくれ。おれはちょっと行くところがある」


 九重は残念がるソラと別れ、総合窓口に急いだ。変更を申し立てるためだ。


 だが、息を喘がせる九重に事務係のお姉さんは冷たく事務口調で言い放った。


「男子寮に空きがないので……ご希望にはそえかねます」


 オリエンテーション前の親し気な様子とはうってかわって、とりつくしまもない。確かに、生徒の要望に個別対応していては収拾がつかなくなるだろうが、それで済む話のようには九重には思えなかった。だが、それでも時刻は夕方となり銀機高内の照明は徐々に落ちていく。九重はとにかく寮に向かうしかなかった。


 一人で歩いていると、あれだけ煩く感じたソラが懐かしい。もしソラと出会わなければ、あの異星人たちとこんなに早く連絡先を交換できただろうか。エトアルのように、みなと離れた場所でトゲトゲだかビクビクだかしていたに違いない。






 銀機高の女子寮、ネモローサ寮は、一千人の女子生徒を収容するまるで城のような三階建ての建物だ。


 九重は、リュックを背負っていかにも新入生らしく寮に入り、手続きを済ませた。本当に男子でも関係ないのか、それとも特殊な配慮が働いているのか、管理人には何も言われなかった。


 九重が三階の自室に辿り着くまでに、女子生徒に何人か会うことになった。軽く会釈しても、やはり何も言われない。九重はいわゆる女顔で声も高く、地球ではしばしば女子に間違えられることもあった。だからできるだけオトコ口調で、いかにもオトコの格好を好むようになったのだが、それでも男装の女子と思われることがある。だから、異星人が多くいる女子寮を歩いていてもとくに違和感をもたれないのかもしれなかった。


 自室にはすでに実家からの荷物が届いていた。あまり外に出る気分にならなかった九重は夕ご飯も食べずに荷解きをすることにした。銀機高は高校といっても都市ほどの規模の人工衛星だ。なかには二十四時間営業の売店などいくらでもある。腹が減ればてきとうに何か買って帰ればよい。


 二十一時過ぎ。荷解きにも飽きた九重が休んでいると、りんりん、と部屋の呼び鈴が鳴った。もしかしたらソラだろうか。ソラに部屋を教えた記憶はなかったが、一緒に割り当て表は見ていた。携帯端末にソラからの連絡はない。サプライズの夜間訪問!?


 九重がドキドキしつつ部屋の外を確認するモニターをのぞくと、そこにはパジャマ姿の女子がいた。耳の様子からすると人間のようだ。思えば、軌道エレベータから今まで、色んな奇妙な出会いがあった。今日の締めくくりがパジャマ女子の訪問でも、そうおかしくはないのかもしれない。


 何かに期待しつつ、九重は部屋の扉を開けた。他科の新入生だろうか。パジャマ女子の顔に見覚えはない。女子は、もじもじしながら、一通の封筒を九重に押し付けてきた。


「布川九重さんですね」

「そうだけど」

「こ、これ、先輩から渡すように頼まれました。それじゃ、おやすみなさい」


 それだけ言うと、パジャマ女子は足早に廊下を去っていった。入学早々、先輩の使いパシリをやらされるとは大変だ。


 九重が封筒を見ると、「銀機高ライトヒューマンソサイエティ」と隅に表記されていた。いまどき紙を使うのは大切な情報に決まっている、そう思い、九重は部屋に戻って机に向かい慎重に開封した。


 なかには紙が二枚入っていた。一枚目は「銀機高ライトヒューマンソサイエティは人間の人間による人間のためのサークルです」という標語と説明書きだった。どうも銀機生による人間限定の親睦会のようなものらしかった。二枚目は申込用紙だ。いまどき紙の申込用紙など、アナクロすぎるだろう、と九重は思った。よほどのハイソサイエティか、秘密主義団体か。あるいはその両方か。


 突然の眠気が九重を襲った。九重は軌道エレベータから今まできちんと睡眠や食事をとっていなかったことにようやく気がついた。ベッドに倒れ込む。九重の眼前は暗転した。





「おお、九重よ。疲れ切って動けなくなるとはなさけない」


 声がした。九重が前を見ると、極彩色の生物織物を何枚も重ねた見たことのないドレスを着た女子がいた。どこかで聞いたような声だった。顔は暗くて見えない。


「誰だ? ここはどこだ?」


 すると、そのドレスの女子は、不思議なことを言った。


「ここは異次元じゃ。おまえのおった次元では、おまえは死んでしまうのでな、ここにこうしておる」

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