第五話 プリンセス科のクラスメイト
ルーマン主星国は二千年前、地球政府とのあいだで戦争を繰り広げた。だが、今では友好関係にある。耳長人は寿命が長く特殊能力をもっているが、人口は人間に比して少ない。戦死者数を増やしつつ数の力で戦争に勝利した地球政府を快く思わない異星人は少なくないが、そのときの戦敗国であるルーマン主星国にはとくに人間を敵視する者が多い。
「用が済んだならさっさとどけ、人間。おい、事務係。どうしてプリンセス科に男子生徒がいるのか説明してもらおうか」
九重は見えない力、サイコキネシスを初めて味わった。それは地球で伝え聞くのとは違い圧倒的で、どうしようもなかった。九重には、まるで、路上でいきなり殴られたような理不尽な衝撃だった。実際には少し強く押しのけられた程度の力が加えられただけだったが。ソラはいつの間にか少し離れた物陰に隠れていた。
「……
エトアルは根はまじめなのか手にもっていた書類を事務係に手渡したが、憤りは収まらない様子だ。
「そんなことより、どうして男子生徒がプリンセス科にいるんだと聞いている。これまでのプリンセス科の歴史は勝利と栄光の女神たちの歴史だった。わがルーマン主星国の建国の英雄もプリンセスだ。いくら入学時の要件に性別がないからといって、その歴史に汚点がつくのは許容できないな」
「すみません、事務のわたしには特定の性別は入学時の要件でないとしかお答えできません。プリンセス科のオリエンテーションが十四時からありますので、そこでお聞きください」
事務のお姉さんは、こうした生徒も扱い慣れているのだろう。事務的な態度でいなした。
「ふん。まあいい。確かに学校のことは教師に第一の責任があるからな。そこで聞こう」
そう言うと、エトアルは踵を返した。
「……わたしたちも一緒に行こうか」
ソラが物陰から出て来て九重に言った。九重はようやくエトアルのサイコキネシスの力場から解放され、ゼエゼエ喘いでいた。
「あれがヨコ耳長人か……何言ってるのか全然わからなかった。多言語翻訳アプリを起動するの忘れてた」
「え!? そんなの宇宙港から常時起動しときなよ。まったく地球生まれはこれだからなー。なんで電話はアナクロに受話器に向かって話すのに、多言語翻訳は脳に直接作用して多言語を同時翻訳するのかって聞かなかったっけ?」
「聞かれてないし、もちろん知らねー。つか、おまえ、本当は全部知ってるんじゃね」
「あはは。バカだなあ。そんなわけないじゃん」
二人はそんな話をしながら、エトアルが見えなくなるまで待ち、その後ろを尾行するようにオリエンテーション会場の教室へと向かった。
オリエンテーション会場は広い講義室だった。教壇の近くに、さっきのヨコ耳長人、エトアルらしき後ろ姿が見えた。そこから対角線上に位置する椅子、つまり教室の後ろの方には、タテ耳長人の女子が座っている。そのタテ耳長人は、まるで地球の昔のヨーロッパ貴族が着るようなドレスを着ていた。そして、九重たちが教室に入ると同時に、九重たちの方を振り向くと微笑みながら手招きしてきた。
異星人とのファーストコンタクトにあまり良い記憶がない九重はどうしたらいいのかわからず、固まった。
「行ってみようよ」
ソラが九重の手をとろうとした。九重は神童の反射神経でその手を
「えーなんで? わたしとココの仲じゃん」
「略すな」
九重にはさっき会ったばかりなのに親しげに振舞うソラをどう扱ったらいいのかわからない。もっとも、少なくとも他の初対面のクラスメイトの前で軽率には振舞えないとは思っていた。
九重たちが近づくとタテ耳長人の女子はソラの方に親しげに話しかけてきた。九重はスルーされた。
「そんなに警戒しないで。そちらの男子はあなたの彼氏かしら? 彼氏同伴でオリエンテーションに参加できるとは知りませんでしたわ」
「やっぱそう見える?」
ソラは苦笑しつつも調子よく答えた。
「彼氏じゃない。おれもプリンセス科だ」
「あら。そうなんですの。そんなこともあるんですのね」
タテ耳長人はようやく九重を認識したようだった。プリンセス科と聞き興味をもったようだ。
「わたしも地球人の殿方を見るのは初めてで緊張してしまいますわ……申し遅れました。わたくし、ケンタウリ星リギル王国の第五王女、
メイフェアは立ち上がってお辞儀をした。
「わたしはソラ」
ソラはそれだけ言うと胸を張った。
「おれは布川九重」
九重が簡単に挨拶を済ませてその場を離れようとすると、メイフェアが九重の服のすそをつまんで引き止めた。
「どうぞお座りくださいな」
メイフェアはそう言うと、自分は元いた席に座り直し、その隣の奥の席を手で九重に指し示した。ソラはふだん読まない空気を呼んだのか、その後ろの席についてニヤついている。
メイフェアは自分の隣奥の席に座れと言っているのに、どきもしない。だから、座るとなるとメイフェアの前を通る格好になる。席自体は、大きな体の異星人でも楽に座れるようにかなり大きく設計されているので、体が触れ合うことはないが、それなりにメイフェアに近づくことになる。そうすると、九重はついメイフェアの豊かな胸元に目が吸い寄せられてしまう。ドレスの胸元はちょうど見えそうで見えない。九重は意識的に目を逸らしながらメイフェアの隣に座った。くっつくほどは近づいていないのに、メイフェアからいい匂いがしてくる。
「うふふ。そんなに固くならなくていいんですのよ。殿方はみんなそうなりますけど」
九重は、しまった、と思った。タテ耳長人はテレパシーが使える。つまり、九重の緊張や、羞恥の感情はメイフェアには筒抜けだ。つまり、メイフェアの隣でドキドキしていることもメイフェアには筒抜けだ。
「もう仲良くなってんの? わたしも混ぜてよ」
ずいぶんと上の方から声がした。約三メートルの巨女子が九重たち三人を見下ろしていた。額からは二本の小さな角が見える。
メイフェアが微笑みながら前の空席を手で示した。巨女子はうなずくとどしんと腰を下ろした。
「わたしはバーナード主星国の
メイフェアはさっきのような自己紹介を済ませると、九重たちを紹介しようとした。
「この殿方は地球の九重さま。こちらは……」
「宇宙のソラだよ。よろしくね」
ソラはまったく物怖じする様子がない。相手はヒグマほどに大きい鬼巨人でもだ。九重は内心ドキドキしっぱなしだ。地球で伝え聞いただけとは何もかも違う。
「布川九重くん、だっけ。きみ、オトコだと思うんだけど、なんでいんの? ま、いいか。あとで力比べしようよ。地球のオトコがどれくらい強いか興味あるんだ」
相手は三メートルの鬼巨人だ。力比べなどするまでもない。
「地球の人間は鬼巨人には勝てないよ……知ってるだろ」
九重はがんばって平静を装った。
「あらあら。でしたらわたしともお手合わせ願えませんか? わたしも地球の殿方がどのくらい強いのか興味がありましてよ」
そう言いながらメイフェアが九重にすり寄る。
「やだなー! そんなこと教室で言う、ふつう。タテ耳長人の王女さまはさすがだね。力比べなんて冗談だよ、冗談!」
ニココは爆笑した。九重はメイフェアの言ったことの意味に察しがつき、顔が真っ赤になった。メイフェアが九重にウインクした。九重がニココとの応対に困っているのを見抜き助けたのだということが九重にようやくわかった。
そのとき、教壇脇の扉が音もなく開いた。
「みなさーん。こーんにーちはー。揃ってますねー」
妙に明るい声が教室中に響いた。羽衣のような布切れが、その扉から入ってきた女性の周りに浮かんでいた。そのほかはほぼ人間だ。だが、額には第三の目があり、その瞳は金色の光を放っていた。一方、その下にある両目は閉じていた。
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