第四話 宇宙生まれ
「仮にリュック星人がいたとしてもぶつかるのはよくないな」
九重は少女を見下ろした。少女のような姿をしていても、人間とは限らない。耳は長くなかったが。
「人間……だよな」
「あはは。ほかの何に見えるのかな。そうゆう聞き方もマナー違反なんだよ? 知らなかった? 地球育ちにはありがちだけど。わたしはソラ。あなたは?」
いきなりマナー違反を指摘され、ムッとする間もなく自己紹介を要求される流れ。それでも九重が手を貸すのを待っているのか、ソラは立ち上がりもしないで九重を見上げたままだ。
「……布川九重」
「ふーん。布川九重くん、ねえ」
ソラは品定めするように九重をじろじろと見た。それから自分で立ち上がると、手を差し出した。
「あなたも銀機高なんでしょ。あらためまして、わたしはプリンセス科のソラ。よろしくね、布川くん」
そう言いながら差し出された手は、手のひらを下にしており、握手を求める感じではない。
九重はその手をとらず、リュックを背負い直した。
「よろしく、ソラさん」
「なにそれ! 女の子が手を出してるのに取らないとか、それでもオトコなの?」
ファミリーネームを言わないなんてプリンセス科はさすが高飛車だな、と九重は思った。同時に、他のプリンセス科の生徒とのあいだで突然マウンティング合戦が始まったことにドキドキしていた。
「リュックしてたらリュック星人とか、それはマナー違反のギャグじゃないのか」
「それはギリギリ許容範囲の宇宙ギャグ。そんなことより、銀機高まで一緒に行こう。あなた、何科? リサーチャー科?」
「なんでリサーチャー科って思うんだよ」
「え、なんでって。直感。アタリ? ねえ、アタリ?」
九重はさっそくソラに辟易し始めていた。だからオンナってやつは。オトコにチヤホヤされて当然とでも思っているのか。
「残念。プリンセス科だ」
ソラは立ち止まると、しばらく九重をまじまじと見つめて、それから噴き出した。
「オトコのコがプリンセス科とかマジでウケる! それとも男の娘? プライベート突っ込みすぎてる? ねえ?」
「クッソうっぜ」
九重はソラの踏み込みの強さに言葉をオブラートに包むことを完全に放棄することにした。
「まあまあ、そう言わずにさー。プリンセス科同士、仲良くやろうよ。わたし宇宙育ちでさ。友達いないんだよね」
宇宙育ちというのは、惑星に定住せずに星間輸送船などで生まれ育つ人々のことだ。輸送船の大きさによってはちょっとした町ほどの人員が乗っており、滞在が数年を越える長期の場合は、家族も一緒に乗ることがある。それほどの規模の船であれば船内に学校もあり、「友達がいない」理由にはならない。そんな学校は、惑星にある学校よりも規模が小さく、人間関係は濃密になりがちだ。だからといって、友達が作りにくいということにはならない。
「それこそステレオタイプの偏見だぞ。自分のことでもそんなこというのはどうかな。友達がいないのはその性格のせいだろ」
「あはは。キビシイねー。ほら、銀機高行きの船はこっちだよ」
とはいえ、銀機高行きの船の乗り場がどこか調べるのは面倒だ。九重はソラと一緒に動くことにした。地球政府は、宇宙港でのアテンダントまでは用意してくれないのだ。ソラの後見をどの星の政府がしているにしても事情は同じようだった。
「ねえねえ。軌道エレベータってさ。重力制御に比べたらアナクロ技術だよね。どうしてそんな二つの技術が合わさっているのかな?」
「知らねー」
「ねえねえ。耳長人ってどうしてタテ長とヨコ長がいるのかな?」
「それは違う惑星の生き物だからじゃね」
「じゃあさ、なんで耳の長さと向きだけ違うの? ほかは人間とほとんど一緒じゃん」
「知らねー。っつか、ほとんど一緒なのは外見だけだろ。タテ長はテレパシー、ヨコ長はサイコキネシスが使えるだろ」
「ふーん。そうなんだー。じゃあ、なんで?」
「……知らねー」
乗り場へと向かうあいだと銀機高へと向かう船のなかで、ソラは九重を質問攻めにするし、九重には逃げることができない。まるで子どもが大人にするように、答えられないような質問を矢継ぎ早にしてくるソラに九重はすっかり参ってしまった。
「おまえなー! いくらなんでも知らなさすぎだろ!」
「でも、銀機高には着いたでしょ。乗り場もわからなかったくせに、よく言うよねー」
「おまえが知ってるっていうから調べなかっただけだろうがよ……」
「はいはい」
銀機高は一つの科につき百人、一学年約七百人、三学年で二千人超の生徒を抱える。そのほか教師陣や助手、事務、寮や食堂、各種売店の従業員を入れると五千人規模のちょっとした都市くらいの人口がある人工衛星だ。地球分校の場合、人間が多数派だが、ケンタウルス星系のタテ耳長人、ルーマン星系のヨコ耳長人、バーナード星系の巨人が少数派ながら混じっている。これらの人類にはすべて男女の生物学的差異がある。生物学的差異がなかったり複数だったりするのは、もっと遠い星系の知的生物の話だ。
九重とソラが総合受付で入学のための提出書類を渡すと、その事務係は名前欄を見て目を上げた。
「あなたが布川九重さんですね。プリンセス科ってだけでも驚きなんですが、男子だと聞いてなおびっくりしました! プリンセス科の手続きってのも千年ぶりということで、人間のわたしからすると前例がないのと同じでして、その節は失礼しました」
「いえ、こちらこそ電話で失礼しました。オトコでも大丈夫というのは間違いないんですね」
「ええ、それはもう。というか、入学に性別は考慮されないんですよ。もっとも記録によると、千年前は女子だけだったみたいですが。人間にとってみれば神話の昔ですよね」
そんな話をしていると、九重たちの後ろから刺々しい声がした。
「人間にとっては神話の昔かもしれんが、われわれにとっては三、四世代前だ。その前の記録もきちんとある。プリンセス科に男子生徒とは記録にないぞ。どういうことだ」
その声とともに、九重は窓口から見えない力でぐいと押しのけられた。三、四百年の平均寿命をもつヨコ耳長人の女子がすぐ後ろに立っていた。九重たちより背は低く、姿かたちは小学生のようだ。だが、耳は横に長く伸びている。着ている服はルーマン星系の中心国家、ルーマン主星国の軍服だ。
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