第2話 天使と悪魔と選挙
人々の支持を得るためには、まず現状を知る必要がある。
彼らにとって、自分の生活が一番大事である。その生活を脅かすものを避けるのが自然である。
それは、生活の変化も含めてのものだった。
「困ってること?ないねえ」
そして、そんな簡単には、自らの悩みを明かす領民はいなかった。
自分の隙をみせて弱点をさらすこと。それをあまり面識もないものにするほど馬鹿ではなかった。
「これは困りましたね。全然うまく行きません」
「そう」
色々な人から話を聞いて、問題解決することで領民の支持を集めようとしていたが、なかなかうまく行かなかった。
「テンシーさん、すいません。あんなに強気で話していたのに、こんなふがいないことになってしまって」
「問題ない。それに、こういったことには慣れてる」
テンシーは本当に気にしていない様子であった。エーナインに常に振り回されている経験から、今回の出来事も当たり前の範囲からは外れていなかった。
「やる気はあまりないけど。やれることはやることにする」
そういってテンシーはスタスタと歩き始めた。
「テンシーさん。どこに行くんですか」
「酒場。お酒を飲む」
「えっ」
話の流れとは関係ないところに向かおうとするテンシー。
「まぁ、他に当てがある訳でもありませんのでかまいませんが」
リブラも、前に進まない現状にやきもきしていたので、テンシーについて行くことにした。
向かった先は、この街で唯一の酒場であった。
二人の見た目は未成年の少女であり、明らかに浮いていた。
「テンシ-さん。本当に入るんですか?ちょっと、いえ、かなり抵抗があるんですが」
「別に無理してついてこなくてもいい」
嫌味なわけでもなく、本当に嫌なら来なくて良いという言い方でテンシーはリブラに伝えたあと、酒場に入っていった。
「んー。わかりましたよ。入ります!」
その場で逡巡していたが、決断してテンシーの後を追いかける。
「へい、いらっしゃい。二人かい」
その酒場はかなり活気があった。酒場のマスターと思われる男性が迎え入れる。テンシーが頷くと、空いている席に案内される。
「注文は?」
「エール。リブラは」
「えっと。じゃあ、ミルクで」
「はいよ」
飲み物とつまみを頼んだ後、先に運ばれてきた飲み物で乾杯をして一息つく。
「ずいぶんと賑わっていますね」
荒くれ者が多くいるイメージだった。確かに、そういったもの達もいるが、多くは仕事終わりの農夫や兵士であった。
「酒場に活気があるのはいいこと。料理もおいしい。満足」
「テンシーさん、あの、ちょっと食べ過ぎでは」
「腹八分目だから大丈夫。あとは飲むだけにする」
テンシーは大量に飲み食いをしていた。明らかに大の男二人でも食べきれない量を食べ、空いた皿が積み上がっていた。
「こんなに食べて、お腹いっぱいにならないんですね…」
そして追加でやってきたエールを最初と変わらないペースで飲む様子にリブラはドン引きしていた。
「おう、姉ちゃん。良い食べっぷりじゃねえか」
黙々と満足げに食べているところに話しかけてくるものがいた。
少女の見た目で、机の上いっぱいに皿を積み上げていたら気になる人も居るだろう。
「誰?」
「ただの狩人やってるじじいだよ」
「狩人ジジイね」
「ちょっと、テンシーさん!」
自己紹介での冗談を真に受けて、そのままのあだ名を返すテンシーに慌てて注意する。
「いいんだよ、姉ちゃん。まさに狩人ジジイだ。自分でもしっくりくる」
「こっちが気をつかいますよ」
高笑いしながら、テンシーのジジイ呼ばわりを受け入れる老年の男性。そこから本当の名前を何度も聞くリブラであったが、かたくなに本名を明かすことはなかった。
「もう、頑固なんですね。分かりました。では、狩人のおじいさんと呼ばせていただきます」
「それでいいぜ」
「本人がジジイと呼んで欲しいのならそうすべき」
「人間関係ではそう簡単にはいかないんです。何も知らない周りがみたときに、テンシーさんが目上の人を敬えない人だと思われてしまうんですよ」
そういったことで苦労してきたんですから、とため息をつき、気を遣うことの重要性をリブラは語った。
「まぁ、あんたにも都合があるように、こっちにも都合があるんでな。名前は勘弁してくれや」
「おじいさんがそういうのであれば、わかりました」
「このエールもなかなかおいしい。この酒場は当たり」
「おお。姉ちゃんはよくわかってるねぇ」
「姉ちゃんではなくテンシー」
「ああ、わかった、テンシー。ここの酒場はな、地酒がうまい。エール以外にもこんな酒もある」
「ふーん。詳しくきかせて」
狩人ジジイの話に耳を傾けるテンシ-。大抵、こういった酒場について詳しい年長者は、街についても詳しい。そういったものは、意外に気安く接した方が仲良くなれて、自分では知り得ない情報を教えてくれることがある。出会いは偶然であるが、テンシーにはある程度の勝算はあった。
「それでな。この酒の材料も、あそこで作っているんだ」
「へえ。そうなんだ。採れたては美味しい。自家製は鉄板」
「そう、うまいんだよ」
(いつのまにか、とても仲良くなっている。それにしても、意外ですね)
こういった酒場に来るのもそうだが、テンシーが社交的であることを意外に感じる。
部屋で黙々と本を読んでいるイメージが強かったが、それは偏見であったようだ。自分も頑張らなければ。そう思い、リブラも周りの酒場の客に話を聞いて情報を収集し始めた。
その後もひたすらにエールを飲み続けて会話を続け、仲良くなったテンシーと狩人ジジイは、また飲む約束をして別れた。
「テンシーさんは、人と話すのが好きなんですね」
「全然好きじゃないけど」
「え、あんなに楽しそうに話をしていたじゃないですか」
酒場からの帰り道。二人でさきほどの出来事を話していたら、テンシーはああいう場が苦手であると話した。
「一人でたくさん飲んで、食べて。静かに食事を楽しむのが幸せ。でも、ああいう場で人と仲良くするのが大事なのはわかる。自分の話をするのもしんどいから、ああやって話をする人にしっかりと耳を傾けるのに注力してる方が楽」
「へぇ。よく考えてるんですね」
「エーナインと一緒にいると、自然とそうなっていった。彼女は勝手に自らぺらぺら話す割に、話を聞かないと怒ってくるから自然とそういった術を覚えた」
「エーナインさんが好きなんですね」
「なんでそうなる」
「だって。なにかにつけてエーナインさんの話をするものですから」
「…いや。そんなことない。僕はエーナインは好きではない」
「じゃあ、嫌いなんですか?」
「・・・別に。嫌いでもない。興味ない」
「そうですか。テンシーさんがそういうなら、そうなんでしょう」
テンシーはとても心外であるという顔をしながら黙った。
リブラはくすくすと笑いながら、テンシーの言うことを肯定した。
街灯に照らされながら、二人は宿へと向かっていく。
「この土地では、こんな作物を育てていても利益を上げることはできないんじゃない。こっちの作物に変更しましょう」
「はあ。ですが、流通や、作る者の技術の面から、現行の作り方が適していると考えられるのですが」
「やれやれ。わかってないわね。現状を変えたくなくて、今の状況を肯定する情報を探したくなるのが人間なのよ」
領主のいる宮殿にて。
エーナインは今後の街の政策について、抜本的に変えるような提案を多く挙げ、実行に移そうとしていた。
しかし、その方法はこれまで街で長く続いてきた産業をひっくり返すようなものであることが多かった。
彼女が言わんとしていることは理解するものの、それだけでは経済は回らないし、民が反発するであろうものも沢山あった。
「いい?何かを変えようとするとき、必ず反発はあるし、やらない方がいい理由は出てくるわ。それでもやるべき事をやるのが領主の仕事でしょうが」
正論な部分もあれば、暴論なこともある。とはいえ、エーナインはとにかく実行に移すことを大切にしていた。
彼女は深く考えて動かないよりも、まずは現状を変えて自分が思ったことを突き通す性格であった。
「はあ、まったく。振り回されるほうはたまったものではないな。お遊戯だと勘違いしておられるのではないだろうか」
エーナインの命令を聞く立場にあるもの達は、いきなり上司が変わったかと思えば、無茶ぶりな命令を与えてくることにひたすら困惑していた。
なにせ、うまく行くかどうかわからないことを、一つや二つではなく一気に伝えてきて、それを全て実行に移そうとするのだ。小規模であるなら問題はないが、街単位でそんなことをしたのではあまりにもリスクが高すぎるし、時間もたりない。どう考えても蛮勇を通り越して、手足を縛って崖から飛び降りているのと同義であった。
「領主様。いかがなさいましょうか。このままでは、この街の経済が滅茶苦茶になってしまいます」
「ふむ。こんなに稚拙で短絡的であるとは思わなかったが、まあ想定内だ。うまくやっているように取りつくろっておけ。ああいう人種は、自らの理想が実現できていると本人が感じることができれば満足なのだ」
「なるほど。了解しました」
ルーラーは、全て計算尽くであった。もちろん、エーナインの能力は強力であり、言霊による影響人数が多くなればなるほど、恐ろしい力を発揮できる。何かを成そうとするとき、必ず反対意見が出てきて一枚岩ではなくなるが、それを半自動的に解決できるのだ。上手く生かせば強力すぎる能力であった。
1人で出来ることはたかがしれている。100人が同じ目的に向けて動けば100倍の速度で話が片付く。そんな単純な話があるわけもなく、マイナスになることもある。ルーラーは、そういった非合理なことが許せなかった。問題は、その非合理で動く人間がいることであった。
次の日
「今日、私は用事がある。リブラは好きにしていてほしい」
「わかりました。何か考えがあるのでしょうか」
「狩人ジジイの仕事を手伝ってくる」
「いつのまに仕事を一緒にするまで仲良くなったんですか」
そんな会話をしてる様子はなかったが、飲み仲間の関係だけではなく、次の予定もとりつけていたらしい。
「わかりました。では私は領民の調査やお手伝いを続けます。たかが一ヶ月ですが、されど一ヶ月。草の根で動くの大切だと思いますので」
「よろしく」
そういって2人はそれぞれの担当にわかれて動くこととした。
「というわけで。今日はよろしく」
「ああ」
狩人の仕事がどんなものか興味があったこともあり、ふんすと鼻を鳴らしながらやる気に満ちあふれているテンシー。
「これを使いな。使いこなせるかは保証しないが」
そういって、狩人ジジイから狩り用の弓矢を借りる。
「ん。こう?」
「おい。いきなりやってうまく行くはずがねえだろう」
元々、狩りを教えて欲しいといってきた少女に、大変さを教える意味が強く、本気でできるなどとは考えていなかった。
明らかに素人丸出しの構え方で矢を打ち、少し離れたところの地面にあたって落ちた。
「そんなんじゃあだめだ。こう構えて、こうだ」
狩人ジジイは手本をみせるように弓を構えて、近くの木に矢を撃つ。
矢は木の中心に突き刺さる。
「おお。すごい」
「まあ、誰でも練習すればここまではいける」
「ん。こうかな」
先ほどの構えをイメージして矢を撃つ。
シュパッ。その音とともに、近くに居た蛇の脳天を矢が貫く。
「やった」
そういって、いともたやすく初めての狩りを成功されるテンシー。
「こりゃあすごいな。ずいぶんと上達が早いな」
素直に感心した様子で狩人ジジイはテンシーの弓の腕前について褒める。
「ん。なんかできた」
「なんかできたかー。そりゃあすごいな。何年たってもできない奴はできないんだがな。じゃあ、これはできるか」
そういって、3本の矢を取り出して、十メートル近く離れた木に向かって3本同時に矢を打ち出す。縦に綺麗に並んだ形で矢は木を射貫く。
「ん。やってみる」
そういって同じように矢を打ち出すと3本の矢は、先ほど刺さった3本の矢の合間に刺さり、綺麗に6本の矢が並んだ。
「こりゃあたまげたな。実践ではなんも使えない技術なんだが、なかなか難しいんだぞ。とんでもない才能だ」
「マネしただけ。それに、戦う技術はエーナインの方がすごい」
「テンシーよりもすごいのか。なんとも。世界は広いなー」
そういって、狩人ジジイはうんうん頷きながら驚きをかみしめていた。
「これは教え甲斐があるな。俺の技術を全部教えてやる。さくっと覚えていきな」
「いいの?こういうとき人は驚いて事実を認めないし、僕を避けるんだけど」
単純に疑問だというようにテンシーは尋ねる。
「確かに、人は分からないことに排他的になる。自分が培ってきた何十年の経験をあっさりと吸収されて、むなしさを感じるのも理解できる」
「そうなんだ」
さほど理解はできないといった様子でテンシーは相づちをうつ。
「だが、俺は死んだら結局自分の経験なんてなくなる。なんの意味もない。そして経験を伝えるのは意外に難しい」
そういって、持っている弓をさする。長く使い古したもので、それでも丁寧に手入れをされていることが伝わるものであった。
「だから、俺はお前さんさえよければ、俺のもてる限りの経験を伝えたい。短い付き合いだが、お前さんは技術の使い所を間違えないと思ってる。いいだろうか」
「いいけど、使う機会があるかわからないし、僕は弓にすごく興味があるわけじゃない」
「それでかまわない」
そういって、そこからは狩りを教えるというより、狩人ジジイの自らの経験を全て伝える場となった。スポンジのように、素直に吸収していく様子は、何かを教える立場にとって、とても尊く感じるものであった。
テンシーの吸収力はある意味、教え甲斐がないというか、こちらが伝えようとしたもの1から10を勝手に理解する。だが、折角なら教えられるだけ教えることにした。
「あんまり長い間は教えられないが、お前さんならいけるだろう」
そうして、気づけば日も暮れかけようとしてた。
「おお。もうこんな時間か。悪かったな、時間をとらせちまって」
「ぜんぜん。楽しかった」
テンシーは満足気だった。これまで、人に教えて貰う機会はあまりなかったのだ。理解があまりに早く教える側のやる気を削ぐ。自分の経験が奪われると感じるものもたくさんいたのだ。だが、狩人ジジイは、本当に全部を本気で教えようとしてくれた。その熱意を自分に向けてくれたことがテンシーにとっては初めての経験だった。
宿に戻ると、心配そうな顔をしたリブラが待っていた。
「テンシーさん、帰ってくるのが遅いですよ。心配しました。危ない目にあっているのかと」
「ごめん。そっちは収穫はあった?」
「票を集める上での情報はあまりありませんでしたが、領主の動きについては情報を手に入れてきました。どうやら、エーナインさんが色んなことを試そうとして現場が大変だという状態だそうです」
「ああ、いつものことね」
テンシーとしては特に違和感なく、いつものことだと感じた。
「それはいいや。他には」
「そうですね。狩人のおじいさんのことなんですが。どうやらこの街では有名みたいですね」
「そうなんだ」
「今は役職としては何もついていないようですが、過去何度も街の危機を救った英雄なのだとか」
そんなふうにはみえませんでしたけどねぇ。そういいながらリブラは首を傾げる。
「なので、狩人のおじいさんの力を借りれば、票を集めることができるかもしれませんよ。テンシーさん、おじいさんと仲がいいみたいですし、頼んでみたらいかがですか?」
「うーん」
「なにか都合が悪かったりしますか?」
難色を見せるテンシー。人の力を借りることに抵抗があるのだろうか。あっけらかんと人のふところに入っていくから、そういったお願いも抵抗なくするものだと思っていた。
「狩人ジジイにはまだ教えて貰ってることがあるから。そっちに集中したい」
「えっ、いやいやいや。対決に集中してくださいよ」
「や」
一度始めたことに集中したいという思いが強いだけだった。
そういって、テンシーは今日教わった弓矢の構え方の復習をしはじめた。リブラは、わがままなのはそっくりな姉妹だとため息をつく。
「もう、この街の命運がかかっているんですよ」
「大丈夫。なんとかなる。はず」
「不安だなあ」
リブラにとっては気が気ではなかった。時間がないのもそうだが、前に進んでいる感覚がないのが不安を強くする。人が一番不安に思うのは、失敗したときでも、うまく行かなかったときでもなく。現状維持をし続けているときだった。
「だから、ここの畑はいらないのよ。その代わりにこの作物を植えなさい」
「かしこまりました」
「前頼んでおいた政策の進捗はどうなってるの?」
「滞りなく進んでいます」
「それはなによりだわ。また、今度資料を見せてちょうだい」
エーナインは仕事をしていた。しかし、実態としては特に何も変えられているわけでもなければ、むしろ周りの仕事を増やしているだけであった。
「そういえば、ルーラーは何をしているの」
「自分のお部屋でご友人と話されています」
「まあ、やることがなくて平和ですこと」
そういって笑うエーナイン。側近は一緒に笑っていた。笑う対象は異なっていたが。
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