第3話 天使と狩人
ルーラーの部屋にて。
「さて。ゴロー。今日、君を呼んだのは他でもない。2人の女神の勝負の件についてだ」
友人との世間話というわけでもなく。座ってすぐに本題にはいる。
女神とはテンシーとエーナインの2人のことであった。言霊の力や見た目の美しさから、領民達は2人をひそかに女神と呼んでいた。
「君はどちらに投票しようとしているかね」
「まあ、テンシーさんの方ですかね。単純に俺の好みというのもありますが、この街の英雄の信頼を勝ち得ているというのは強いと思いますよ」
エーナインの傍若無人ぶりがバレつつあるというのもあるが、テンシーが街で出没する頻度が多いことで民に覚えられやすいという実態があった。
「それでは困るんだよ。エーナイン様に勝って貰う必要がある」
「そうはいっても。俺にはみんなの投票先を変えることなんてできませんよ」
「そんな、不正をしろと言っているかのように捉えられたのであれば心外だよ。私はただ、自分の望みをいっただけだ」
「それで。俺にどうしろっていうんです」
「テンシーを街の行事に誘ってほしい。邪魔はしなくていい。ただ、時間を稼ぐんだ」
領主としてのしがらみもあり、他の派閥などの邪魔があるなかであからさまな不正をすることはできない。
しかし、エーナインの力をうまく使えれば、敵対派閥のもの達を簡単に蹴散らすことができる。
(あとすこしだ。あとすこしでこの街を完全に私のものにできる)
ルーラーは長い時間をかけて今の地位についていた。
もう、今の地位を手放すのも惜しくなっている。
気づいたら残るのは欲望のみで、その欲望は広がる一方だった。
「え、街の祭りがあるんですか」
「そうなんですよ。お二人も参加しませんか」
「へぇー。テンシーさんも出ましょうよ」
「ん」
テンシーも祭りごとには意外と乗り気であった。飲み食いがたくさん出来ることもあり、表情は変わらないものの、リブラはテンシーがテンションが上がっているのがわかった。
「ところで、あなたは誰」
「これは失礼いたしました。私はゴローといいます」
ゴローはテンシーとリブラの二人に街の行事へ参加してはどうかと訪ねてきたのだった。
「もちろん、差し支えなければ私が祭りを案内いたします」
「そうですね。折角ですしガイドをお願いするのは」
「いや、いい。自分たちで回る」
テンシーがリブラの言葉を遮り、自分たちだけで祭りに行く旨を伝える。その言い方が有無を言わさぬものであったが、ゴローも簡単には引き下がることはなかった。
「ここの祭りはかなり多くの催しがあるので、慣れていないと完全には満喫は出来ません。そこのお手伝いをさせて頂けませんか?」
「それで、そちらになんのメリットがある?」
「せっかく参加して頂く以上、最大限楽しんで頂けることが街のものも喜ぶと思いますので」
そういって、ゴローは笑顔をこちらに向ける。
「いいんじゃないですか?祭りのことを教えてくれる人がいた方が楽じゃないですか」
「……自分達で回った方が楽しいし」
テンシーはそういう事柄を自分で体験したい性質なのだなと納得した。
「それでしたら、オススメの場所だけでもお教え致します。また、分からないことがあればいつでもお聞きください」
ゴローは、祭りの見所がまとめられた紙を渡してきた。
「それでは、お祭りをお楽しみください」
ゴローと別れたあと。
「テンシーさんは祭りに参加したことってあるんですか?」
「いや、まったくない。奉られる立場にあっても、祭りに参加するのは初めて」
「流石ですね。奉られる側になるなんて」
まさに神の立ち位置を体験していることに驚く。
「まあ、色々立ち回っていましたが、街の人と仲良くなるために行事に参加するのはよいことなのではないでしょうか」
祭りへの参加を肯定する要素を挙げることで、リブラは自分に言い訳をしていた。
「それでは、今日は楽しみましょうか」
祭りがたくさん出し物があり、出店も多く出ていた。
「すごい美味しいですねー」
「おおうおうい」
出会ったときよりもさらに口いっぱいに串を頬張っていた。
指と指の間には串が挟んでいる状態であった。
「あっはっは!テンシーもずいぶん楽しんでるようだな」
「あ、狩人のおじいさん」
「ん」
そこには狩人ジジイがいた。
「おじいさんも祭りで出し物とかしたりしてるんですか?」
「ああ。一応武器を作ったりもしてるもんでな。店先に並べて弟子に売らせてる」
「ふーん。見に行っても良い?」
「別に楽しいもんじゃねえぞ。切れ味が良いものというよりは飾りモノやお守りが目的なもんばっかりだし」
「それでいい」
意外に乗り気だったテンシーの様子を受けて、狩人ジジイの作品を出す店を見に行く。
「へい、いらっしゃい!あ、師匠」
「おう。売れてるか?」
「それなりですね」
子供向けのお守りナイフなどが売れているようだった。
「これはなに?」
「それは仕込みナイフだな。杖の中にナイフが入っているタイプだ」
「ふーん。リブラは今の杖にこだわりとかあったりするの?」
「いえ。特にこだわりとかはないですね。かなり年期がはいってきたので、そろそろ変えるタイミングとは思っていましたが」
「じゃあ、これ。買う」
「えっ。そんな。いいですよ。それなら自分で」
「いいから。いくら?」
「へい。このくらいになります」
リブラが遠慮するのもかまわず、テンシーは彼女用の仕込みナイフ入りの杖を買う。
「私、ナイフなんて扱ったことないので扱いきれませんよ」
「これから慣れればいい。それに、使わないといけないわけじゃない」
もう購入してしまったものを断るのも申し訳ないので、受け取ることになった。
「ありがとうございます」
「エーナインのことで迷惑をかけたりもしているし。お互い様」
「そんな。そもそも関わることになったのもこちらの都合でもありますし」
「まあいいじゃねえか。気持ちよくもらってやるのが一番だ」
「そうそう」
「わかりました。ありがとうございます。このお礼は必ずいたします」
そういって、貰った杖を大事そうに抱えるリブラ。
「じゃあ、酒場で飲みにいこうぜ。今日はお祭り価格でいつもより安く飲めるんだ」
「それはいい。行く」
「結局、そこに行き着くんですね。まあ、文句はありません。向かいましょう」
「リブラはチョロい」
「ちょっと、テンシーさん」
そう言いつつも、喜んでいる姿があからさまなリブラ。
心配になる単純さだが、それはともかく酒場に向かうことにした。
「うおぉぉお!!すげぇーー!」
「ん、なんだ。騒がしいな」
酒場に向かう最中。広場の方から騒がしく盛り上がる声が聞こえてきた。気になってそこにいってみると、
「いぇーーい!!」
そこには、ハイテンションで芸を披露して盛り上がるエーナインがいた。
「エーナインさんはなぜあそこに?」
「どうやら、街の代表としては自分の持てる芸を出さないといけないということで、今日のために準備をしていたみたいです」
「それはずいぶんとまあ、面白いというか、しっかりしているというか」
エーナインは剣術や槍術を披露していた。そのレベルが非常に高く、周りからは賞賛の嵐だった。
「あら、テンシーじゃない。あなたも自らの芸を披露しにきたのかしら。望むところよ。舞台に上がりなさい」
エーナインに対して勝負を挑んだ勝手に解釈をして、テンシーを舞台に呼びこむ。
「そんなむちゃな」
リブラはエーナインの傍若無人ぶりに困惑する。そんないきなりやれと言われて出来るような芸を持っているはずもない。
「ん、狩人ジジイ。弓を借りていい?」
「あぁ。もってきな」
そういって、祭りのときでも手放さなかった弓を狩人ジジイから借りて舞台に上がった。
「うわあ。勇気あるなぁ」
すんなりと舞台に上がるテンシーの度胸に感嘆するリブラ。こういう場でいきなり芸を強要される苦しみと、成功率の低さを知っているため、テンシーへの同情と、彼女の勇気に尊敬の念を抱いていた。
「さぁ、皆のもの。ここにいるのは私の妹であるテンシーよ。今から彼女がこの場をさらに盛り上げる芸を見せるわ!」
場が盛りあがっているところにさらにハードルを上げるエーナイン。
リブラは見ていられないと目を塞ぎたくなる。
「ん。じゃあ、この弓で一つの芸を披露する」
「あら、あなた、弓なんて扱えたかしら」
「それは見てからのお楽しみ」
そう言って、テンシーは弓矢を準備する。
「的を用意出来る?」
「ただ的を射るだけじゃあ盛りあがらないわよ。まあいいわ。準備してあげなさい」
そういって、エーナインは付き人に的を準備するように伝える。
準備をしている最中、テンシーは精神統一をしている。
「準備出来たわよ。さぁ、何をみせてくれるのかしら」
舞台の端から端、15m程度のところに的が配置される。あまりにも離れていると観客からみえないので、今日のところはこの距離が離せる限界だろう。
「今から、的の中心を矢で射貫く」
そういって、テンシーは構えた。周りは黙ってその姿を見守った。
沈黙が数秒続いたあと、テンシーは矢を放った。
「真ん中に刺さった・・・」
見事に、寸分の狂いなく矢が的の中心に刺さった。
「まあ、すごいけども、それくらいなら私の剣術の方が」
「まだ終わりじゃねえ!黙って見てろ!」
狩人ジジイが大きな声で、騒ぎ立てる周りを静かにさせる。
その間、テンシーは次の矢を準備して構えていた。
そして、再度、矢を放つ。
放たれた矢は、先ほど中心に刺さった矢を真っ二つに割きながら的の中心を貫いた。そして、場がさらに盛りあがろうとしたそのときに、さらにテンシーは次の矢を打っていた。突き刺さった鏃に矢を打ち込むことで的の中心に矢がより深く突き刺さる。そして、最後の一矢を最速で打ち込み、矢は的を貫通して後ろの木に突き刺さった。
静けさが広がる。テンシーは、矢を放ったあとに残心したのち、その場で深く礼をした。
次の瞬間、その舞台はその日最大の盛り上がりを見せることになる。
皆が笑い、技術を讃えた。
「よくやるもんだ。技術の高みをみせてもらった」
そういって、喧噪のなか一人の狩人は高らかと笑った。
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