【短編版】天使と悪魔がAIしてる
譚タリヲン
第1話 天使と悪魔
「だ~か~ら~。テンシーはわかってないわ。今、人々が求めているのは悪なのよ」
「ふーん。そうなんだ」
2人の姿はそれぞれ、天使と悪魔と形容すべきものであった。
「でも、悪は最後にやっつけられる」
「甘甘すぎて、ザラメのようね。憎まれっ子世に憚るという言葉を知らないの?」
「全然上手いこと言えてない」
2人は価値観の相違により言い争いをしていた。悪とは何かを話すのはエーナイン。彼女は背が高くキリッとした目をしており、悪に対して憧れを持っていた。少し、抜けたところがあるが、自分の信念を貫くことに素直な性格である。
「まあ、どうでもいいけど」
テンシーは常に無表情であるものの、非常に可愛らしい顔をしている。いつも気だるげで、物事に興味を持ちにくいが、面白いと思ったらとことんやるタイプだ。
「アイから言われた指令をこなさないと帰れなくなる」
今回、2人にはアイから指令が出ていた。
終えるまで、元の場所には帰れないことも告げて。
「ルーラーと接触し、協力を得よだって。エーナイン、ルーラーって知ってる?」
「いいえ、まったく。それにしても、今回は随分念を入れて注意事項を言われたわね」
『人を愛すな』
そう書かれた紙をアイから二人に渡されていた。
「指導するものとして、感情に引っ張られるのは不味いのはわかるけど。わざわざ言うことかしら」
「あ。あんな所でお菓子が売ってる」
「こら。目的をすぐ忘れないの」
「エーナインには言われたくない」
「なんですって!」
喧嘩するほど仲が良い2人が地上に降り立つ。
「ルーラー様かい?あの宮殿に住んでおられるよ」
「随分と豪勢」
「悪くないわね。いや悪的に良いわね」
「ややこしいし、よくわからない」
2人はルーラーに会うために世界中のあちこちを調べて回った。幸い、体力は問題ないため、しらみ潰しに探してたどり着くことが出来た。
結果、ルーラーと呼ばれる領主がこの街を治めているところまで突き止めた。
「ひょっとしなくても、アイ姉さまがもう少しわかりやすく言ってくれたら、こんな遠回りせずに済んだんじゃない?」
「アイは答えを言うことを嫌う。自分で考えろってこと」
「単に意地悪なだけな気がするわ。彼女、癖が強いから」
「…」
あんたが言うの?という目でみながらも、言及はしないテンシー。エーナインはその視線に気づかなかったようにスルーする。
「まあいいわ。ルーラーには会えるかしら」
「そりゃあ、ルーラー様は忙しいからね。余所者だとしても話は聞いてくれるが、突然押しかけたらどうなるか」
「わかったわ。ありがとう」
そういって、エーナインはスタスタと宮殿の方に向かい始めた。
「さぁ、宮殿に向かうわよ」
「わかったんじゃないの?」
「わかったことと、言うことを聞くかは別の話よ。悪は自分の行動を自分で決めるわ」
「そうなんだ」
エーナインがよくわからないのはいつものことだったのでスルーした。わからないことに頭を使って良いことなんてない。テンシーはシンプルに考えることが好きだった。
宮殿に行くと、門番が取り次いだ。お願いすると、意外にすんなりと通してくれた。
「それで、なんの御用でしょうか。あなた達は私の協力を得たいということでしたが」
そして通された先には、物腰が柔らかく笑顔で迎えてくれる男性がいた。彼がルーラーらしい。
「ええ、そうよ。私たちがいれば、この街の先も安泰だわ」
「ほう、そうですか。それは素晴らしい」
彼はよくルーラーの話を聞いていた。ルーラーは気分がよくなりペラペラと話をする。テンシーは話をほとんど聞いておらず上の空であったが、時折、ルーラーと呼ばれる男性の目をみていた。
「ねえ!そうでしょテンシー」
「うん、そう」
そうらしい。エーナインは話をどんどん進んでいた。
「で、なんだっけ?」
「あら、理解できなかったの?私がこの街の支配者になることが決まったところよ!」
「えっ。というか、ルーラーさんはそれでいいの?」
「ええ、もちろんですとも。神の代行者たるエーナイン様に導かれれば、我々の今後も安泰です」
「ふーん。二人が納得しているならいいけど」
「なに他人事みたいにしているのよ。あなたも民をまとめ上げるのよ。私達ナンバーズは民を率いる使命があるんだから」
「え、やだ」
「は?私に逆らうのかしら」
「別に逆らいはしないけど。余計な仕事は嫌」
「逆らってるじゃない!」
テンシーは違和感を感じていた。むしろ、おかしいと思わないほうがおかしい。展開が早すぎるというか、このルーラーという男性がエーナインに丸め込まれるのが早すぎる。
「まあいいわ。あなたはこの街の見回りでもして、貢献できることを探してきなさい」
「んー。わかった」
言いたいことはたくさん出てきたが、こうなったエーナインに対抗するのも骨が折れるし、流れに身を任せることにした。
「じゃあ、外出てくる」
そういって、テンシーはトコトコと外に歩き出した。ちらっとルーラーをみると、こちらに微笑み返してきた。テンシーは少しだけ視線を軽く上に向けて考えたかと思うと、会釈だけをして外へ出ていった。
「悪いわね。あの子は気分やなの。いざというときは無理にでも言うことを聞かせるから安心して頂戴」
「えぇ、心配などしていないですとも。あのナンバーズのお二方に力を借りられるなど、100人力ですな」
「百万人力よ」
「そ、そうですな」
外にでてみたテンシー。特に行き先は決めていなかった。
「適当に街をプラプラするかな」
面倒なことになったなぁ、と思いながらもすっと気持ちを切り替えて散策することにする。そして、みつけた屋台でご飯を買ってはもぐもぐしていた。
「あの。すいません」
「ん?」
両手に串焼きをもって口いっぱいに頬張る、そんな至福の時間を過ごしていたところに声をかけられる。
声が聞こえた先にいたのは、杖をもった少女だった。
「あなた、普通の人間じゃないですよね」
「ん」
呼びかけられたテンシーはそれだけをいって口の中にあるものをモグモグし続ける。ゆっくりと噛み、飲み込んだ。そして、片方の串焼きを口いっぱいに入れた。
「まだ食べるんですか!?いまは口の中にあるものをなくして会話をスタートするところでは」
「おいひいくひあいをあえあい」
「待ちますから、食べながら話さないでください」
「もむ」
それから数分して。両手にあった串焼きをすべて食べきったテンシー
「満足。それで、なんだっけ」
「あなたが普通の人間ではないのでは、という話ですよ」
「うん、そうだけど」
「やはり、そうですか!折り入って、お願いがあるんです!」
「や。めんどい」
「まだ何も言ってませんよ」
「知らない人が話しかけてきたら無視しないといけない。話してるだけ感謝してほしい」
「そこをなんとか。このとおりです!お願いします」
その場でいきなりの土下座を敢行する少女。
「ちょっと。やめてほしいんだけど。完全に僕が悪者になる」
「お願いします!」
これまでに幾度となく行ってきたであろうことがみてとれる、とても姿勢のいいきれいな土下座であった。周りがザワザワし始める。見た目は少女が、別の少女に土下座をしている状態である。何事だという声もちらほら聞こえはじめ、さすがにテンシーも居心地の悪さを感じる。
「わかった。しょうがない。話を聞く」
「ありがとうございます!それではですね」
「切り替えがはやすぎ。露骨にもほどがある」
了承するやいなや、すかさず置いておいた杖をもって立ち上がり話を進めようとする少女。
「まあいい。わかった。僕はテンシー」
「私のことはリブラとお呼びください」
リブラと名乗った少女とともに、近くの広場にいってベンチに座りながら話すことにした。
「実はわたし、目が見えなくて」
「まあ、杖をもっているし目を閉じているからなんとなく感じてたけど」
「それで、その代わりに他の人には見えないものが見えるんです。人の魂の色とも言うべきものが」
「へえ」
「...驚かないんですね」
「まあ、もっとむちゃくちゃなのが近くにいるし」
そう言って、自分の姉を思い出す。
「あなたは明らかに普通の人にない魂をしています」
「うわぁ。その流れ。宗教は間に合ってる」
「そうじゃありません!」
典型的な勧誘の謳い文句で、祀られる側であるテンシーが嫌そうな目を向ける。
その勘違いを首を横にブンブン振りながら否定するリブラ。
そこから話されたのは彼女の身の上話。病気で家族を失い、姉が殺された。もともとは見えていた目を失い、自分の生に絶望しているときに目の能力を発現したということ。
「魂が見えると言っても、力強さを測れるだけで、暴力に抗える力はないんです。多勢に無勢でやられたらどうにもなりません。私が生きてるのも奇跡です」
「お姉さんを殺したのは誰なの?」
「領主のルーラーです」
「ルーラーか。まあ、胡散臭さはあったけど」
「そうです。なのであなたのお力であの領主の悪事を──」
リブラが話を進める途中で、人が集まり賑やかだった広場の雰囲気が変わった。
『ひれ伏しなさい』
その瞬間、周りにいる人々、リブラを含めてその場にひれ伏した。テンシーを除いて。
何がどうなっているかわからないという状態で困惑している人が大半であったが、誰も立ち上がることはできない。リブラも地に伏せたまま動けずにいる。
「あのバカ姉は何をしているのやら」
無表情でありながら、いつもとは違い、鋭く怒りを孕ませ、声がした方に目を向ける。
「私は今から、この街の長になったエーナインよ!」
唐突に始まった、とんでも演説に頭を抱えるテンシー。しかし、適当に任せていた自分に人の文句はいえず、考えが足りていなかったと反省する。
やはり、目を背けては行けない。彼女は構いすぎてもダメだが放置してもダメなのだ。本当に手間がかかる。
「ちょっと」
「あら、テンシーじゃない。どうしたの」
「それはこちらのセリフ。エーナインが訳分からないことをするのはいつものこと。でも、言霊を使うのはおかしい」
「民を従えるのに、上位者の言葉は必要でしょ」
こういうときのエーナインは話が通じない。対話をスパッと諦める。
まずは周りにいる人を開放することにする。
『立ち上がれ』
テンシーがそう言霊を発する。
すると、跪いて立ち上がれなかった人々は動けない状態から開放され、言葉どおりに立ち上がる。
「おい、今のはなんだ。急に体が重くなったと思ったらすんなり立てたぞ」
「あの女の子が言葉を発したら急に楽になった」
周りはざわつくばかりであったが、テンシーのおかげで動けるようになったのはなんとなく伝わる。
「テンシーさん、ありがとうございます!」
「身内の不始末を処理しただけ。お礼はいわなくていい。むしろ申し訳ない」
「いえ、それでもありがとうございます」
律儀にお辞儀をして感謝の意を伝えてくるリブラ。
動けるようになった人々が更にざわつき始める。
『静まりなさい』
そこでまた、エーナインの言葉通り、その場がしずまりかえる。
「エーナイン。言霊はそんなに気楽にポンポン使うのはだめ」
周りが静まったことで、細く通すようなテンシーの声が響き渡る。
「そんなことをして人を誘導して、何を考えてるの。そもそも、目的はルーラーの協力を得ることであって、領主の仕事をすることではない」
テンシーは無表情ではあるが鋭い目で怒りを露わにしていた。
しかし、エーナインはテンシーの対応を気に止める事なく続ける。
「私はそうは思わないわ。民を導くことが我々の存在意義。目先の目的や行動に囚われてはいけないわ」
「そうですな、エーナイン様。私からもお願いいたします。この街の民をお導きください」
そこに、ルーラーが現れて話をしてくる。
「さあ皆の者。ここにおられるエーナイン様は、今のように言霊を介して我々に影響を与える力がある」
今まさに、力を体感したものばかりであった。
嘘だと言えるものはそこにはいない。
「急に上の立場になるものが変更することに抵抗があるものも少なくないとは思う。しかし、今まさにその力が示されたのだ。そなたら自身が一番体感していると思う。エーナイン様のお力を」
人々は体に感じた逆らうことのできない圧力を、本能的に従わねばならぬことがらを理解してしまった。
「そして、テンシー。あなたもその力がある。私と一緒にここを治めるのよ。ナンバーズとしての役目を果たすのにうってつけだわ」
テンシーには、この街を統治する気もなければ、エーナインのいう役目を果たすつもりはなかった。
そもそもがアイから言われている目的と異なるのだ。力を借りるどころか貸しているし、それも無理矢理だ。ずれたことのために力を注ぐのは嫌だった。
「テンシーさん。これはチャンスかもしれませんよ」
「どういうこと」
この場をどう切り抜けようかを考えていたとき、リブラから声をかけられる。
「領主は、エーナインさんを利用しようとしています。また、エーナインさんには人を従わせる能力があります。おそらく、領主は裏でエーナインさんを誘導して、都合よく自分の利になるように立ち回るつもりでしょう」
何の根拠があるわけでもないが、間違いなく起こる未来であると確信しているかのようにリブラは話した。
「しかし、その言霊の力がテンシーさんにもあった。そのことは領主としても想定外で、やりづらさを感じているはずです。なぜなら、自分の都合通りに動かす人数は少ないにこしたことはないからです」
確かに、テンシーが言霊をつかったとき、ルーラーは非常に驚いた顔でこちらを見ていた。
「力を持つものが2人いるのはおさまりが悪い。片方は邪魔な存在になります。逆に言うと、テンシーさんが活躍することでエーナインさんの権威が落ちて領主の邪魔もできます」
「そんなことができるの」
「当然、私がお手伝いさせていただきます。私は人との交渉ごとは得意です。みたところ、テンシーさんは自分の思いをハッキリと伝えることがあまり得意ではないのではありませんか」
「たしかにそんなところはある」
「であるならば、私が代わりにその役目を請け負います。かならず、役に立ちますので。ぜひともご協力をお願いします」
「・・・わかった」
どうにも、いいくるめられている感覚はあるが、悪意は感じない。それに、まずはエーナインの方をなんとかする方が先だ。エーナインに視線を向けると鼻をならして偉ぶっており、その顔に腹が立った。
「相談ごとは終わったかしら」
そこで、エーナインはこちらの意向を尋ねてくる。
「決まった。私たちは私たちで動く」
「なるほどね。どちらがより民を率いることができるかの勝負というわけね」
どういう解釈をしたのか。テンシーが別に動くことを勝負だと捉えていた。
「わかりました。では期間をとって、そう。一ヶ月でどうでしょう。一ヶ月後の投票でどちらが領主としてすぐれているかで判断しましょう」
それはリブラからの滅茶苦茶な提案であった。エーナイン、領主側にとって何のメリットもない提案。
しかし、リブラはここまでの短い間にエーナインの特性をなんとなく理解していた。彼女は損得ではなく自身の目的に沿って行動している
本人曰く、その目的は自らとテンシーで民を導くというもの。
抽象的であるが、こちら側としてはテンシーが動きやすい環境を作る方がいい。
「ふん。あんたが誰だかはわからないけど、いい提案じゃない。わかりやすくていいわ」
ルーラーはなにか言いたげな顔をしていたが、今のエーナインに逆らっても意志を曲げることはないだろうと考え、特に何もいってくることはなかった。
「どういうこと。ぼくは勝負なんて」
「いいから。ここは私に」
テンシーは理解が追いついてなかったが、リブラは自分の意見を押し通すことにした。
ここで無理にでも通さないと、領主であるルーラーの思い通りになってしまう。
「そんなことをいっても、領民のみなさんは納得するでしょうか。我々はあくまで民の代表ですから、領民をないがしろにして、もののように扱うのはいかがなものかと」
そこで、ルーラーがなんとか勝負ではない方に持って行こうと口を挟んでくる。
どの口がほざいているのか、と毒を吐くのをぐっとこらえ、リブラはなんと返答しようか悩んでいると
「いいじゃないか。こんな可愛らしくて、力もある姉ちゃんが言うことなら俺は言うことをきくね」
そういい始めた領民をきっかけに、多くの領民が意外にも肯定する旨の発言をしはじめた。
エーナインとテンシーの力を体感したのもあるが、その場のノリで決める性質らしい。
「この街は大丈夫なの」
「大丈夫、なはずです」
一抹の不安を感じながら、テンシーとリブラは勝負の場には立つことができることとなった。
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