第308話 個性的すぎる奴がきたな

「気にいってくれて何よりだ」

「――でも、これを結婚式に着られないのは残念ですね」


 先ほどまでの喜びから一転して、しょんぼりとするエミリア。

彼女が、何を望んでいるのかくらいは俺も察することは出来る。ただ、今後は国を治めていく以上、慣習というのを蔑ろにする行為というのは、宜しくない。


「そのウェディングドレスを着たエミリアは、とても綺麗だ」

「え? えっと……ありがとうございます?」

「どうして疑問形かどうかは分からないが、本当のことだ。正直言って、その姿のエミリアは、可愛すぎて美しすぎて、第三者に見せるのは俺的には嫌と言っておきたい」

「それって……、私のことは独占したいという?」

「こほん……、まぁ……、それはある」


 期待に満ちた眼差しで俺を見てくるエミリアは、俺の返答に納得いったのか何度か頷くと――、


「そうですか。それでは、このカズマが贈ってくれた花嫁衣裳は、アイテムボックスに仕舞いこんで、今度、使わせていただきますね」

「お、おう」


 一瞬、妖艶な笑みを向けてきたエミリア。

 もちろん、そんな彼女の言葉の裏を捉えることくらいは出来た俺は「何が?」という無粋な事は発言しない。

 エミリアが着替えたあと、しばらくするとリオンとイドルが戻ってきた。


「マスター! 奥方様との結婚式を挙げると聞いたのじゃが!」

「ご主人様! 我との結婚はまだですか?」

「二人とも落ち着け」


 俺に詰め寄ってくるリオンとイドルの頭を両手で抑えながらため息をつく。

 二人に、確認した限りでは俺とエミリアとの結婚は、明後日に行われるという事が、ワーフランド王国中に早馬で通達されたようで、それでリオンとイドルの耳に入ったらしい。


「迅速に動いているな……」


 思わず、そんな言葉が口から零れる。


「まぁいいか……。それよりもイドル、リオン。お前たちとのことは、こんど考えることにする」

「「えー」」


 二人して納得してないような表情で不平不満な口上を口にするが、流石に俺は折れることはない。

 それを理解しているのか二人ともブスッとした表情のまま部屋から出ていく。

 もちろんテラスの方からだが……。


「リオン様もイドル様も廊下を使わないですよね」

「まぁ、あいつらにはそういうのは面倒なんだろうな」

「面倒って……、一応、この客間のテラスから下までは、それなりの高さがあるのですが……」

「細かいことを気にしていたら竜族の相手はできないぞ?」

「そうですね……」


 エミリアは、俺の言葉に同意するかのように頷いた。




 しばらくエミリアと会話をしていたところで、扉がノックされた。

 応答して見れば、エミリアを呼びにきた侍女ということだった。


「カズマ。ドレスの細かな手直しがあるとのことですので、行ってきます」

「ああ。気を付けてな」


 エミリアが出て行ったあと、俺は一人、ソファーに寝ころびながら時間を潰す。

 やることがない……。

 そうしていると――、扉をノックする音が聞こえてきた。


「はい」


 部屋には俺しかいないので、自然と俺が対応することになる。

 俺が応答したところでドアが開くと侍女が部屋に入ってくると恭しく頭を下げてきた。


「カズマ様。女王陛下からの伝言でございます。結婚式の衣装合わせをしたいとのことです」

「ああ。俺もか」


 まぁ、たしかにエミリアだけ王家の伝統的なウェディングドレスというのは、よくよく考えればおかしな話だよな。

 女性側に伝統的な花嫁衣裳があるのなら、当然! 男性側にも伝統的な紳士的な婿衣装があるというのが普通の流れだろう。

 俺は頷く。


「それじゃ案内してもらえるか?」

「畏まりました。それでは、ご同行のほどよろしくお願いいたします」


 侍女は下げていた頭を上げると部屋から出ていく。

 俺は、そんな彼女の後ろを追いかける。

 そして到着した部屋は、俺とエミリア、イドルとリオンが泊まっている応接室よりも広い部屋であった。

 そして、そんな部屋には、熊の獣人が居た。


「貴方が、カズマ君ね?」

「ああ。それよりも人に名前を聞くのなら自分から名乗るが筋では?」


 俺は3メートル近い体躯を持つ筋肉質な熊耳を生やしているひげ面の親父を見上げながら言葉を返す。


「そうね! 私はクマ吉と言うわ! よろしくね! カズマ君」

「……帰っていいか?」


 流石に、お姉言葉を使う筋肉ムキムキな男とか精神力がガリガリと削られるから、一緒に居たくないんだが?

 もしかして、これは女王陛下による俺への嫌がらせなのでは?

 そんなことを不覚にも想ってしまっている俺が居た。


「駄目よ! 帰ったら! それにしてもいい逸材ね! お姉さん! 腕が萌えちゃうわ!」


 一瞬、違う意味な言葉に聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 そう! 気のせいに違いない。


「――さて、帰るか」


 回れ右して、俺はドアノブを掴む。


「ちょっと待ちなさいよ! すぐに帰るって! どういう心境しているのかしら?」

「生理的に無理だから――」

「ひどいっ! それって、一番言ったら行けない言葉よ!」

「――そういう良いから。それよりも王家の衣装と言うか結婚式で着るような男の衣装のデッサンを渡してくれれば自分で作るから」

「まさかの私の存在の全否定っ!?」


 何だかショックを受けてそうで受けてなさそうな様子の熊の耳を生やしただけの3メートルを超える筋肉ムキムキの髭ズラなおっさんは、「でも! 折れないんだからっ!」とか、一人何か言っている。 



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