第270話 リーン王国 謁見の間の対話 第三者Side(2)

「王女殿下、カズマは現在、獣人王国ワーフランドに滞在しており、その国に対して武力を示そうとしております」


 唐突なケイネスの言葉に、シルフィエット王女の整った眉根が動く。


「どういうことかしら?」

「じつは、私が登城する上で、関係のある事であります」

「是非にも詳しい話を聞いてみたいわ」

「もちろんでございます」


 まずは掴みはOKだと思ったケイネスは、続けて言葉を口にする。


「カズマの話ですと、ワーフランドにて王宮側に力を見せる必要が出たと言っていました」

「どういうことかしら? 他国の王族に対して人間族が力を見せる? 仕官の話?」

「それはありません。大国アルドノアを含めて、人間国は獣人国とは決して良好な仲だとは言えませんし、力を見せたところで国の役職に就くことが不可能なことは、かの国の考えからも不可能であることは、王女殿下も――」

「そうね……。それなのに……力を見せることになった……。何か裏があるのかしら? 向こうの冒険者ギルドマスターからは何か情報はないのかしら?」

「とくには――、それに冒険者ギルドは、置かれている国々の統治下にあります。もし、国に不利益をもたらすような情報の場合、共有は難しいかと」

「不便ね」


 短くシルフィエットは呟くが、それが国が経営をしているという意味であった。

 他国へ流す情報は国家機密であればあるほど冒険者ギルドに圧力をかけて情報流出をコントロールする。

 これは、どこの国でも行っていることであった。


「それでは力を見せる事になった理由は分からないのね?」

「はい。ただ、カズマが獣人国の軍と戦う際に、不正がないかどうかと確認してほしい――、立ち会いをリーン王国の冒険者ギルドへ依頼してきたことは評価してもいいかと思います」


 ケイネスの言葉に扇子で口元を隠していたシルフィエットが目を細めた。

 そして、青い瞳で、跪いているケイネスを見下ろしながら彼女は考える。

 シルフィエットとしては、目の前のケイネスという男がどういう男なのか? と、言う事くらいは調べがついていた。

 その素性まで。

 

「(ケイネスという男に、カズマが重要な情報を話すとは思わないわ。つまり、彼も、又聞きと考えた方がよさそうね)」


 海千山千の文官に貴族を日頃から相手にしているシルフィエットにとってケイネスが導き出した答えは、あらかじめ分かっていたことであり、そのように誘導すらしていた。

 理由は、カズマがリーン王国側の人間だと証言させる為であった。

 カズマはリーン王国の人間。

 そう思わせるだけで、十分であった。

 そして、それらを吹聴する人間達。

 立場のある貴族や子弟などが居れば完璧であった。

 それらは、これから王都や国を復興させていく上で、連日、話し合いの場を設けていたことで集まっていた貴族たちにより達成していた。

 全てが絶妙なバランスの上で成り立ったことで、謁見の間を使い、ケイネスからカズマがリーン王国の人間だと話させたことで、半ば目的をシルフィエットは達成していたが――、問題が一つあった。

 それはカズマがワーフランド王国で何をしていたのか? と、言う一点に集約されていた。

 しかも王国側に立ち会いを願い出るほどのこと。

 普通に考えてありえない事であった。

 ただ、それを顔に出すことを彼女はしない。


「(それよりも問題は……)」


 未だにケイネスを見下ろしたまま思考を続けるシルフィエット王女。


「(カズマの情報が、まったくない事なのよね……)」


 そうシルフィエット王女は、心の中で呟く。

 カズマが一番最初に目撃されたのは、港町ケインの冒険者ギルドであり、その前は舟に乗って冒険者ギルドに来たというところまでは、王国の騎士団が調べていた。

 だが、その前! その前の情報がまったくないのだ!


「(歌う森だったわよね……。たしか、ほとんど無人島になったと聞いていたけれど……、本当に厄介よね)」


 そう毒づく。

 生まれも育ちも分からない人間。

 そして、思想や思考というのは、幼少期の体験により培われる。

 つまり過去が分からないという事は、その人物がどのような主義主張を持っていて、何を欲しているのか分からないという事にも繋がるのだ。


 そのために、シルフィエットは未だにカズマという人物が何を考えているのか想像もつかずにいた。


「それは、つまりカズマの母国は、あくまでもリーン王国にあるということよね?」

「もちろんです」


 ケイネスから言質を取ることは忘れない。

 口から出た言葉遊びのようなモノであったとしても、国を守るための力になるのなら、口にすることを躊躇しない。

 それが王族としての考えであった。


「それならいいわ。――で、立ち合いを希望しているという事よね?」

「そうなります」

「分かったわ。リーン王家、第一王位継承権を持つシルフィエット・ド・リーンの名において、我が国の英雄であり勇者であるカズマと、獣人王国ワーフランドの決闘の立ち合いを行うことを、この場で公言するわ! いいわね? 宰相」

「畏まりました。――では、他の国々にも、そのように――」

「――で! ケイネスとやら。カズマが力を見せるのは何時になるのかしら?」

「2週間後と伺っております」

「そうなのね……。分かったわね? 宰相」

「それでは、竜籠の用意を致します。3日ほどでワーフランドに到着すると思われます」

「そう。楽しみね。我が国の英雄が、ワーフランド王国で、どのような力を示すのか」


 笑ってない瞳で、口角を上げたシルフィエットは作り笑いを見せた。




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