第260話 言われないと分からないこともある

「そうか?」

「はい。お母様を疑っているわけではありますが、いちゃもんをつけてきて勝負を無かったことにする可能性はありますから。まぁ、リオンとイドルが居る限り問題はないと思いますけど」

「そうだな……」


それよりも、じつの母親に随分と辛辣だな。


「カズマは、Sランク冒険者なのですから、冒険者ギルドを代表する冒険者です。それでしたら冒険者ギルドマスターに話をした方がいいと思います」

「それは、そうか。――そ、それにしても……」

「どうかしましたか? カズマ」


 謁見の件もあったが、よくよく考えればそれ以上に大事なことがあった。

 それは――、


「――いや、その……なんだ……。妊娠しているって……」

「はい」

「そ、そうか……」


 即答してくるエミリア。

 妊娠しているという言動は本当だったのか……。


「妊娠しているのなら妊娠しているって言ってくれればよかったのに……。言われるまで気が付かない俺も俺だが……」


 俺の言葉に、エミリアが小さく嘆息する。


「だって、私が妊娠しているって知ったらカズマは旅を止めますよね?」

「それは当たり前だろ! 自分の妻が妊娠していて、俺の子供が、お前のお腹の中で育っているって知ったら――」

「だからです。カズマだって目的があって行動しているのは分かっていましたから。それに妊娠初期ですから、そこまで――」

「エミリア。妊娠は、安定期に入るまでは流産する可能性もあるんだから、俺のことよりも子供のことを思って言ってくれ」

「分かりました……」

「主様。獣人族は、群れの中心を成している雄を最優先にしますので」

「そうなのか?」

「はい」


 イドルが、頷き返してくる。

 それは、知らなかった。


「ごめんなさい。カズマ」

「――いや、こちらこそ気が付かなくて悪かった。ただ、しばらくは安静にしていてくれ。俺の方でも、子供のために生活基盤を整えるから」

「はい」


 ――と、言ってもな……。

 ゲーム内知識は有しているが妊娠や出産、育児に関してはゲーム内で、そういうイベントは一切! 無かった。

 スキルを見ても、そのような項目欄はないし。

 そうなると、獣人族の生態系に詳しいワーフランドで妊娠から出産、育児をするのが理想だろう。


「マスター、良い案があるのじゃ」

「分かっている。王宮に止まるってことだろう?」


 コクリと頷くリオン。


「カズマ、それだと――」

「ああ。俺の実力を見せる必要があるって事は代わらないから、まずは立会人を手配しに冒険者ギルドに行ってくる。リオン、イドル、お前たちはエミリアの護衛をしておいてくれ」

「わかったのじゃ」

「承った、主様」


 食事を摂ったあと、冒険者ギルドへ向かう為に部屋から出ると、騎士団ご一行が部屋の前に並んでいて――、


「これは、カズマ殿。どうかなさいましたか?」


 俺に話しかけてきたのは、失神して失禁した女騎士。

 たしか――、


「近衛騎士団の……」

「クレアです。それよりも、カズマ殿はどちらへ?」

「少し、城下町に行くだけだ」

「そうですか。お供の方は?」

「必要ない」

「分かりました。それでは、こちらをお持ちください。城に入る際には必要になりますので」


 クレアが差し出してきたのは銀色のエンブレム。

 

「これは?」

「それは門番に見せてください。門番に見せることで城に入ることが出来るようになりますので」

「そうか」


 どうやら俺が城下町に行くという事は想定済みだったらしい。

 ただし、リオンやイドルが護衛につくと言った際に眉根を一瞬動かしたところから、それは想定外だったようだ。


「それじゃ、遠慮なく――」


 銀色のエンブレムをクレアから受け取ったあとは、システムコマンドを開く。

 そしてMAP画面を表示する。

 視界に表示される大陸MAP。

 大陸MAPの北端――、ワーフランド王国がある場所へカーソルを動かして思考することで拡大していくが、そこで【error】と、言う文字が表示されると共に、ワーフランド王国の部分が黒く塗りつぶされていた。


「(やっぱり、ゲーム内で実装されていない未発表エリアは表示されないのか)」


 一人、心の中で呟きながら、城門の兵士に変な目で見られながらも城の外へと出てから城下町へと向かう。

 城下町――、大通りは人通りが多く、両側に露店が並んでいる。


「思ったよりも、人通りは多いんだな」


 来るときは、兵士たちに案内されたから、おそらく王城まで続く道は交通整理してくれていたのだろう。


「おにいさん! リンゴ! リンゴはどうかね?」


 考えながら歩いていると、露天商のおばさんが話しかけてくる。


「――いや、いまは必要ない」

「そうかい」


 やけにあっさりと俺への押し売りを止めるおばさんは、すぐに近くを通り掛かる人に話しかける。

 そんな姿を横目で見ながら、俺は冒険者ギルドの建物――、3階建てのレンガ造りの建造物の前で足を止める。

 建物の大きさは、日本のコンビニを縦に3つ並べたような広さだろうか。

 両開きの扉を両手で開けると、「――カランコロン」と、言う小さな鐘の鳴る音が聞こえてくる。

 

 冒険者ギルドの中は、1階が酒場になっているようで、30人ほどの冒険者が5つある丸テーブルに、それぞれ集まっているのが見えた。


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