第257話 売られた喧嘩は買うものだ!

 謁見の間から退出したあとは、イドルやリオンが待っている部屋に戻る。


「マスター、おかえりなのじゃ」

「主様、ご無事でなによりです」

「ああ。ただいま。それよりも、お前たちは何をしているんだ?」


 俺は、二人のテーブルの前に山積みとなっている皿を見ながら呟く。


「馳走を用意しろと言ったのじゃ」

「ふーん」

「我は止めたのだ! ただ、獣人がどうしても! と、言って仕方なかったのだ……仕方無かったのだ……」

「結局、イドルも食べたと?」

「はい」

「まぁ、いいが……」


 そこまで細かいことを言うつもりもないからな。

 座っている二人の目の前でスーツを脱ぎ普段着を着る。

 やはりスーツは肩が凝って仕方ないな。


「カズマ」

「ああ。エミリアも着替えるか?」

「はい。それで……」

「分かっている。おい、イドル」

「リオンが、奥方様の着替えを手伝えるのなら、我も手伝うとしよう。そもそもエミリアは我と繋がっていましたし」

「変に誤解を与えるような言い方は止めておけ」

「はい……」

「まぁ、エミリア」

「はい」

「ドレスを脱ぐ手伝いはリオンとイドルに任せてもいいか?」

「問題ありません」

「分かった。じゃ、俺は部屋から出ているからな」


 そう言葉を残し、俺は部屋から出る。

すると、扉の近くには女騎士が立っていて視線を向けてきた。

一瞬、視線が交差したが向こうから目線を逸らしてくる。


「どちらにお出かけですか?」

「――いや、エミリアが着替えるのを待っているだけだ。それよりも何か食べられそうな軽食を用意してもらってもいいか?」

「分かりました」


 女騎士は、俺の頼みを承諾すると、懐から鈴を取り出すと鳴らす。

すると隣の部屋から侍女が出てくる。


「何か、御用でしょうか?」

「客人が、食事をしたいとのことだ。すぐに用意をしてくれ」

「畏まりました。お客人様、何かご希望の食べたいモノはございますか?」

「この国の名産でも持ってきてくれ」

「分かりました」


 頭を下げて下がっていく侍女の後ろ姿を見送ったあと、「となりの部屋に侍女が控えているのか?」と、手持ち無沙汰になった俺は女騎士に話しかける。


「そうだが、あまり馴れ馴れしく話しかけられても困る」


 拒絶に近い言葉遣い。

 やはり歓迎はされていないのだろう。

 女騎士は、俺から視線を逸らすと通路の壁に背中を預けると、溜息をついていた。


「それにしても露骨すぎるだろ」


 ピクリと眉が動く女騎士は、すぐに怒りが表情に浮かぶと同時に睨みつけてくる。


「ワーフランド王国の王女殿下をたぶらかした貴殿は、この国にとって最大の犯罪者なのだぞ! 拘束されて即! 死罪にならないばかりか謁見に通されること自体! 稀だというのに!」

「そんなこと言われてもな。そもそも獣人族は強い奴がルールなんだろう?」

「――なっ!」

「だから、俺は何かを言われるつもりはないわけだが? 文句があるのなら、その腰に帯剣している獲物を抜いたらどうだ?」

「それは……、騎士に対する宣戦布告とみなすぞ?」

「別に構わないが?」


 俺も丁度、イライラしていた事もあり相手から喧嘩を吹っ掛けてきたのだから、買ってやることにした。


「――いいだ!?」


 女騎士が帯剣の柄に手を伸ばした状態で――、言葉を発した途中で、空中に舞い上がる。

 理由は、簡単で一瞬で間合いを詰めた俺のアッパーカットが女騎士の顎を殴り、その体を空中に浮かせたからだ。

 数秒の滞空時間のあと、ガシャ! と、言う音が通路に響き渡る。

 通路の上――、大理石の床の上に仰向けになり赤い泡を口元から吹き上げながら倒れる女騎士。

 意識が無いのか四肢をビクン! と、動かしているが死んではいない。


「ふう。すっきりした」

 

 しばらくして、侍女が食事を持ってきたが倒れて失禁している女騎士を見るや否や、料理を床の上に落して走り去ってしまう。

 

「カズマ? 何か、あったの?」


 流石に、逃げていく侍女が悲鳴を上げたので、部屋外の異常に気が付いたのかエミリアが部屋の扉を開けて通路を見てくる。

 そして、倒れている女騎士を見てから、俺の方へと視線を向けてきた。


「カズマ、何があったの?」

「色々とあったんだが……」


 とりあえず、俺は女騎士を殴った経緯をエミリアへ説明していくと――、「それはカズマは悪くないです! むしろカズマは被害者です!」と、擁護してくれた。

 まぁ、俺も悪いことをした覚えはないがな!

 そもそも向こうから喧嘩を売ってきたわけだし、それを購入しただけだからな。


「それにしてもワーフランド王国の近衛騎士団のレベルも下がっていますね」

「そうなのか?」

「はい。兄が生きている時は、こうではありませんでした。おそらくお母様がトップになってから軍への圧力が弱まったのでしょう」

「そういうものなのか……」

「ワーフランド王国の貴族も一枚岩ではありませんし、何よりも王家には男児が居ませんから」

「そういえば、獣人族は男がコミュニティの中央を陣取るんだよな?」

「はい」


 そのへんは、動物と大差ないんだな。

 着替えの終わったエミリアと会話をしていると侍女が5人の騎士を連れて戻ってきた。


 

 


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