第210話 王都リンガイア(9)第三者視点

 しばし呆けたかと思うと金子は、獰猛な笑みを浮かべると城壁の通路を踏みしめると同時に跳躍する。

 その脚力たるや、常識を凌駕したものであり城壁の通路が砕け一部が崩落し崩れ城壁の一部が崩れ魔王軍の通り道が作られた。


「……まずい」


 城壁が崩れ、魔王軍が城下町へと雪崩れ込むための通路が出来た一部始終を朦朧とした意識のまま見ていたラウフルは力なく呟くが、彼には既に魔法を使う処か意識を繋ぎ止めておくことすら困難であったことから見ていることしか出来なかった。


 ――そして、ラウフルが見ている前で数千という魔獣や魔物に妖魔などが次々と穿たれた城壁に向かって集まってくる。

 

「もう……どうしようも……」


 勝ち目のない戦いだというのは彼には分かっていた。

 そして、意識が朦朧としていた彼には、金子隆が、どうして自身にトドメを刺さずに移動したのかを理解出来ていなかった。

 ただ、理解はしていなくても客観的な事実というものが存在する。

 それは城壁が崩壊し無数の魔物が城下町――、王城を含む王都を蹂躙するという未来が。


 力の入らないラウフルが絶望した眼で城壁に目掛けて向かってくる膨大な魔物の群れを注視していた所で、彼の目の前に巨大な爆発と、埃が舞い上がる。

 それにより、魔物たちの足も止まり――、埃の中から現れたのは二組の女性と少女。

 一人は水色の髪をツインテールに束ね、巨大なハンマーを片手で担ぐ10歳ほどの美少女。

 そして、もう一人は銀髪の狐耳の成人した美しい女性であった。


「奥方様っ!」

「分かっているわ! リオンちゃん! 詠唱を開始するから」

「承知しました! 時間を稼ぎまする」

「ええ、任せたわ」


 二人の様相から、兵士や騎士ではないというのは、誰の目から見ても明らかであったが、それは元・宮廷魔術師であったラウフルからは全く異なって見えるのであった。


「なんだ……あの少女は……。この威圧感――、まさか……」


 戦場に置いて四大竜種の一匹である水竜が擬態した少女リオンの力は圧倒的であり、ラウフルが感じとったままの光景が、眼前に展開されていた。

 3メートルを超える魔物。

それらの群れがリオンが振るうハンマーにより砕かれ潰され一掃されていく。


「竜……なのか? まさか、上位竜? それに、あの女性は、狐耳で銀髪――、まさか! 獣人の国の王女!? まさか、あの少女はウェイザーの化身?」


 そう微かな思考の中で、考えを絞るラウフルであった。

 そんな彼の考えの中、戦場を透き通る声が『詠唱』として『祝詞』として響き渡る。


「八百万の神々よ、我、ここに願い奉る――」


 麗々と、戦いの場において似つかわしいとは思えない神へと捧げる歌声が流れる。

 それは美しく、どこまでも神秘的な声。

 さらに、それはエミリアが纏っていた巫女装束と、紅色に塗られた2メートル近くはあるであろう杖の先に取り付けられた神楽鈴も一役を担っていた。


「今、力を尽きし者達へ――、神々の祝福を――、ここに我、エミリア・ド・ワーフランドが、ここに古の盟約により、その力の行使を奉らん!」


 エミリアの『祝詞』が終わったと同時に王都の城壁に沿って結界な結界が展開される。


「ば、ばかな……」


 そこで彼は――、ラウフルは気が付く。

 自身の意識がハッキリとしてくることに。


「――か、体中の傷が……癒えていく? まさか王都中に防御結界だけでなく自動回復術式も組んでいるというのか?」


 驚愕の眼差しでエミリアを見下ろすラウルフ。

 そこでようやく彼は気が付く。

 空中で戦っている者達の姿を――。


「あれは勇者? それと、もう一人は上位竜の化身?」


 金子隆と、褐色の肌を持つ金髪の女性が空中で戦闘をすると共に弾けるように二人は距離を取っている様子を、さらに信じられないと言った様子で見るラウルフ。

 二人が空中で交差し距離を開け地面へと降り立ったところで金子は口を開く。


「おいおい、お前、何者だよ?」

「貴様に名乗る必要ない」

「ずいぶんと嫌われているようだな! 俺は! まぁ、お前ら人間から見たら、俺達、魔王軍は天敵みたいなものだからな! 女神の従僕から見たらな!」

「ふん」


 イドルは金子の言葉を一笑する。

 そんなイドルを見て、眉間に皺を寄せた金子が踏みしめていた大地に力を入れたところで――。


「イドル。こいつは俺の得物だ。お前はリオンと協力して魔王軍を殲滅しておけ」


 その場に現れたのは――。


「……き、きさま!」


 姿を見せた男を見て、金子隆は信じられないモノを見たかのように呆ける。


「久しぶりだな、金子」

「一馬! 貴様っ! 生きていたのか!」

「ああ、貴様を――、いや! お前達を殺す為に俺は這い上がってきたぞ!」








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