第168話 砂上の戦闘(27)第三者視点

 巨大な爆発音が周囲に響き渡ると同時に、粉々に粉砕された幌馬車の破片が周囲に飛び散る。

 砂塵が周囲に舞い上がり、その中から一塊の影が姿を現す。

 影は、砂塵舞う中でも態勢を崩すことなく、地竜から距離を置きながら的確に砂漠の上へと降り立つ。


「奥方様、体に異常はありませんか?」

「……ええ」

「ほう。殺気は抑えていたが、対応するとはな……」


 地竜が、リオン達に体を向けながら頭上から威圧を含んだ音をリオンとエミリアに向ける。


「当然と言えるところ。貴様が、隠れて攻撃を仕掛けてくることは以前から度々あったことだからのう」

「ふん。まるで我が卑怯者のような言い方は好かんが――。どうしても、エミリアを此方に渡すつもりはないのか?」

「くどい! それに……」


 リオンは、視界の端に粉砕された幌馬車の破片を見たあとに、その大きな眼を小さく細めていく。


「妾のマスターの持ち主を破壊した貴様は、我が敵! 同じ古代竜であったとしても、貴様を殺すことの正当性は得たからのう」

「よかろう。ならば、互いの正当性をかけて戦うといたそう」

「奥方様、マスターがいる町に向かってくだされ」

「リオン?」

「マスターより、奥方様を守るようにと言い遣っておりますので。それと妾と同等の力を持つ四大属性竜の一匹である地竜ウェルザーと戦えば、この一帯は焦土と化しますゆえ」

「そんな!?」


 エミリアの眼が大きく見開き――。


「それじゃリオンちゃんは、死ぬ可能性もあると言う事なの?」

「それは……」

「そんなの駄目よ! カズマも、そんなことを望んではいないわ!」

「ですが、マスターは奥方様を守るようにと――」

「ハハハハハッ」


 エミリアと、リオンの会話を聞いていた地竜は、その時、高笑いをする。

 その笑い声だけで周囲に砂ぼこりが舞い上がるほどに。


「なるほど、なるほど……。これは愉快だ。見当違いな心配をするとは――」

「どういうことなの?」

「エミリア、教えてやろう。ここは砂漠であり陸地。地の理は、地竜である我にある。つまり、そやつが勝てる見込みなど一遍も無いと言う事だ。つまり、そやつはエミリア――、貴様が逃げる為の時間稼ぎをすると言っているだのよ。自らの命をかけてまでな」

「そんな……」

「奥方様、やつの言う事に耳を傾けてはなりませぬ」

「――でも! リオンちゃんが……、地竜の言っていることは本当なの? だから、私に町に向かって逃げろって言ったの? 本当の事を言って」

「これは滑稽だ。エミリア、貴様自身が何をしたのか隠しているというのに、なのに他者に対して真実を語って欲しいと嘯くとは」

「――ッ!? そ、それは……」

「奥方様。ここは時間を稼ぎますゆえ。すぐに町に逃げてください」

「でも……」

「どうする? エミリア。これ以上、罪を重ねるつもりか? 貴様は、我と契約をしたはずだ。貴様の行動の結果に他者の命を更に天秤にかけるというのか?」


 地竜は、エミリアへと視線を向けている。

 そして――、その表情はエミリアが折れると確信しているように自信に満ち溢れていて――。


「…………私が、贄になるのなら、ここは引き下がるということなの?」

「約束しよう。元々、四大竜同士の戦いは魔神様により禁止されているからな」

「奥方様!」


 エミリアを庇うようにして立っていたリオンを押しのけて、エミリアが地竜に近づく。


「――さて、エンブリオン。竜の契約は何者にも犯されるものではない。それは貴様も理解しているはずだ。それに、ここで貴様がどんなに奮闘しようと、このフィールドでは水竜である貴様には勝ち目はない。無駄死にだ」

「だが! マスターの命令で――」


 そう言いかけたリオンの言葉を遮るように、エミリアは頭を振る。


「リオンちゃん、ごめんね。私……やっぱり……。カズマには、私のことは……」

「――ッ!?」

「さて、行くとしようか」


 地竜ウェルザーは、エミリアを掴むと、砂漠の中へと潜っていき一瞬で姿を消した。

 あとに残ったのは、粉砕された幌馬車とリオンだけで。


「奥方様……」


 そこには、立ち竦んだリオンが、消えたエミリアの場所を呆然と見つめていた。



 

 

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