第92話 人の道理

「マスター」

「なんだ?」

「あまりマスターらしい言葉とは思えないが……」

「お前は、だまっていろ」


 リオンを一括し、俺達はウッドパルプの村へと戻った。

 そして、オークの大規模襲撃に一人の死者どころか怪我人も出なかったことを知らされた拉致された女性達は喜び、そして女性が全員無事に戻ってきたことを、村で帰りを待っていた村長を初めとした連中も歓喜の声を上げていた。


 ――そして、それから数時間後。


 村の中央部の広間では、オーク肉を使った料理と、村の建物の地下に酒蔵されていた酒で宴会をする事となった。


「この度は、カズマ殿に多大なご助力を頂けて感謝いたします」


 近くに座っていたウッドパルプ村の村長が頭を下げて謝意を示してくる。


「気にするな」


 まぁ、洞窟内でそれなりの報酬もあったからな。

 別に感謝されるほどの物でもない。

 

「――いえ。ですが! 報酬として何もお渡しできないのが……」

「ふっ、冒険者たる者。困っている人を助けるのは当たり前だからな」


 たまには恰好つけてもいいよな?


「村から奪われた金品があればお支払いが出来たのですが……」

「金品か、具体的には何を奪われたんだ?」

「はい。じつは――」


 クズキリが、何を奪われたのか語る。

 その内容は、俺が洞窟内で手にいれた戦利品とまったく同じ内容だ。


「カズマ、カズマ」


 少し離れていたところで、お酒を嗜んでいたエミリアが俺を手招きしてくる。


「クズキリ、少し席を外す」

「どうかしたのか? エミリア」

「横に座ってください」

「――ん?」


 エミリアの横に座れば、彼女の良い匂いが鼻孔を擽る。

 オークを倒した時に、少量だが付着した血を洗い落とすために魔法で温泉を作った訳がだが、その時に使った石鹸も含めた匂いなのだろう。

 俺が横に座ると、エミリアが体を俺に預けてくる。


「え、エミリア?」


 突然のことに、俺は少し驚くが――。


「カズマ」

「何だ?」

「何か隠してないですか?」

「――な、何をだ? 箪笥の件なら謝っただろう?」

「そうではなくて、村から奪われた物です」

「……」

「無言ですか? カズマ、たしかに戦利品を受け取る資格は、冒険者にはあります。ですけど、誰かの物だと分かったあとに、返さないのは道理が違うと思います。私が知っているカズマは、そういうことはしないですよね?」

「……そうだな」


 俺は完全に白旗を上げた。

 エミリアは人を嫌っているし恐れてもいる。

 だが、人としての道理を弁えようと考えている。


 ――そして、それは間違ってはいないし、俺もエミリアの意見を尊重したいと思っている。


「分かった」

「我儘を言ってごめんなさい」

「気にする事はない。だが、洋服を買う金は、すぐには用意できないぞ?」

「大丈夫です。次の町に向かうまでに魔物を倒しましょう。それで――」

「そうだな」




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