第14話 港町ケイン(3)

「お待たせ――、どうかしましたか?」


 俺が公共浴場の前で待っていたことに気がついたエミリアが首を傾げる。

 その仕草――、そして出会った頃からずっと彼女は汚れていたので気がつかなかったが、日差しに照らされた彼女の、腰まで伸ばしている銀髪の髪はキラキラと光っていて、それが陶器のように白い肌と相まって、魅惑的で綺麗だった。

 そう、語彙力を無くす程に美しい。


「――い、いや……。何でもない」


 この世界ではドライヤーと言うモノがない。

 その為に、多少湿ったエミリアの髪質は、彼女の風呂上りの火照ったバランスの取れた肢体と相まって、ちょっと直視を憚れるくらいに素晴らしい。


「その服は?」


 俺は日本で言う所の浴衣のような物を着ているエミリアに、自身の心境を悟られないようにと話しかける。


「――えっと、カズマさんに貰ったお金で買いました。着ていた服は、もうボロボロでしたので……」

「そ、そうか……。それなら、動きやすい服でも買いにいくか。それだと旅をする上で動き難そうだからな」


 淡い青色の浴衣を着こなしているエミリアは「はい!」と、頷いてくる。 

 俺は、エミリアの歩く速度に合わせて港町ケインの市場へと向かう。

 彼女は新調した下駄で早く歩けないと踏んだからだが、それは図らずしも当たっていたようで――。


「きゃっ」

「おい――」


 思わず転びそうになったエミリアを抱きしめる。

 こういう場面、物語でしか見た事は無かったが……、まさか自分が支える側になるとは思っても見なかった。


「――す、すいません」

「気にする事はない。それより、履物だけは前のままの方が良かったんじゃないのか?」

「それは……、かわいい服に、武骨なサンダルだと合わないかなって……」


 つまり、お洒落をしたかったってことか……。

 まぁ、お金に多少は余裕があるからいいが――。


「あの……、この服……」

「ん? 何かあるのか?」

「――いえ……。この服どうですか?」

「そうだな。さっきも言った通り旅には不向きってところか」

「……」


 無言になりスタスタと市場の方へと歩いていくエミリア。


「――お、おい! また転ぶぞ!」

「どうせ! いいですよ!」


 何故か知らないが言い方が怒っている気がしてならない。

 俺は何か変なことを言ったか?

 別にお洒落を楽しむのは良いが、何か言って欲しいなら主語をきちんと言ってくれないと分からないぞ。


「――ったく」


 俺は、小走りのエミリアに向かって走る。

 そして、あと数メートルで追いつけるところまで来たところで、エミリアは態勢を崩して転んでしまった。


「いったーい」

「大丈夫か? だから、言っただろう? その服装で、走るなと。ほら――」


 俺は手を差し出しエミリアは俺の手を握り返してくる。

 その手から感じるのは、女性の手は、男と違って小さいということだ。


「――痛ッ」


 引き上げようとしたところでエミリアの苦痛の声が聞こえてきた。


「どうかしたの……か……、これは転んだ時に捻ったのか」


 足首の一部が若干だが赤く腫れている。

 とりあえずヒールで怪我の治療を行う。


「どうだ?」

「痛みは治まりました」

「そうか」

「すいません。迷惑をかけてしまって……」

「いや、いい」

「――でも、下駄が……」


 下駄の鼻緒が切れていた。

 恐らく転んだ拍子に、耐え切れずに切れたのだろう。





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