3

結局の所、そうなのか。



僕が誰かに優しくするのは、関わるのは、誰かに好く想われたかったからだ。

認めて貰いたかったのだ。

承認や肯定、それどころか、認識そのもの。

欲望の顕現。

純粋な優しさかもしれない?

そんな訳は無い。


僕が感じられる意識、主観は僕だけだ。

他の生き物のそれは感じる事が出来ない。

証明する事も出来ない。

つまり、無いかもしれない。

疑い、不信。

存在していないモノ、少なくともそうかもしれないモノに対して、無条件な優しさとか愛を示す筈があるだろうか。

無いよね。


だから、そうなのだ。

僕は僕がキモチ良くなる為に生きているんだ。

その他の事なんてどうでもいいんだ。

何がヒトとは解り合えないだ。

解り合う気すらそもそも無かったじゃないか。

解られたかっただけじゃないか。


僕は酷く酷いヤツだ。

僕だけしか存在しないなんて、僕以外の存在は存在しないなんて、まるで×××みたいだ。

でも、他人がいないなんて、こんなイヤなヤツなんて×××な訳無い。


だから僕は×××じゃないんだ。


………意識だけじゃなく。

この世界総て無いかもしれない。

だって世界は、セカイは証明出来ない。

なら、本当にそれは存在しているのか。

していないかもしれない。


夢を視る。

視ている間、それは僕にとって現実だ。

夢だなんては思っていないし、判らない。

醒めてから、それが夢だったのだと悟る。

なら覚醒した筈の今、視ているこの、現実の筈のこのセカイは。

現実なのか。

夢じゃないと、どうして言えるのか。

夢を現実と思い込む様な僕が。

これは夢じゃないのか。

これを現実と誰も証明出来ないじゃないか。


もしもそうなら、とても馬鹿馬鹿しい。

僕らが普段生きて、感じて、笑ったり泣いたり、笑ったりしているこのセカイは。


夢幻。


総て、僕の自我が僕の自我へ見せている無意味なフィルムに過ぎない。


他人も、セカイも。

それなのにどうして。

優しさや愛が欲望の顕現だった事が。

僕がそんな欲望だけだった事が。

×××じゃない事が。

こんなにも悲しいのだろう。

総て嘘だと、無意味だと認識しているのに。

心がいう事を聞かないのだろう。


─────────────────────────



12月24日午後8時03分 59



窓の向こうで、雪が降っているのが見える。


無事に来れるだろうか。

深花が矢留高校にやって来てから、今日で丁度3ヶ月と5日。

成績も愛想も良い彼女はクラスや教員らによく好かれている。

ただ、俺を除いて、誰も深花の顔を覆っているそれに気付いてはいない。

その事はとても愉快で、また不愉快だった。

そして、その感情を自覚し、素直に受け入れる事が出来る位には、彼女を欲している。


しかし、未だに。

俺は彼女を知らない。

何もかもだ。

赤い糸の正体、仮面の向こう、そして奥鏡 深花という人間そのもの。

分かっている事は、何も知らない事と、何かを隠している事位だ。


願わくば………


その時、望んでいた音が部屋に響いた。

ベッドを飛び降り、階段を駆けて下る。


そして、ドアを開く。

深花。

彼女の姿が見えた刹那、視界が何かに覆われた。


「メリークリスマス、大神くん」

……冷たい。


「………メリークリスマス。良いコントロールだね」

雪。

彼女が放った雪玉は、丁度顔に直撃していた。

いたずら……だろうか。


「ごめんなさい。……………ふふ」

怒る気にはならなかった。

お邪魔します、そう言って彼女は家の中に入っていく。


制服の上にカーディガン。

少し長いスカートがたなびいていた。

階段を昇る彼女の後ろに付いていく。

部屋に入り、ぼふっと弾む音を立てて彼女は座った。


そこに座られるのは恥ずかしい。

「こういう時は、「来ちゃった」って言うべきかしら?」

「頼んだのは僕の方だし。

そのシチュエーションは悪くないけどね」

「呼んでくれてありがとう、嬉しい」

「寒くなかったかな?」

「そうね、……前よりは余程良い」

そういえば、去年の冬は寒かっただろうか。


「貴方のくれたマフラーは暖かいわ」

「…………それは良かった。

僕は飲み物でもいれてくるよ」

「もう少し素直な方が良いんじゃないかしら?

ね、サンタさん」


からかわれているようだ。

「僕は素直だよ、少なくとも君に対しては」

「ホントならこの上無く嬉しいのだけど」

「………隠しているのは君の方だろ」

「ふふ、そうね」


彼女が、素顔を見せてくれる時は来るのだろうか。

「代償、なのかな」


呟かれた言葉は小さく、聞き取れなかった。

そもそも、深花は何故隠しているのか。

醜いからか、怖いからか、偽るためか、隠すためか、騙すためか。

或いはそれら全てか。

知りたい、解りたい。

見せてくれ、全て。


「君の事が解らないよ」

全て見せろ。

「ん、結構簡単よ?」

「………」

「愛しいヒトの真似をしてるだけだもの」


そう言って、頬に触れてきた。

「あげる。私も作ったの」

赤を帯びたマフラーを巻かれる。


「貴方は不器用なのに器用なのね、これ作るの結構大変だったわ」

「僕が不器用……?」

「ええ、素直じゃ無い上に不器用。

でも大丈夫、私がいっぱい愛してあげる」

耳元で囁く彼女の声は、誰かを想起させる様な違和感をまとっていた。

「ああ………」

「眼を閉じて…?


…………今は素直なのね」

そっと視界を塞がれる。


唇に柔らかい何かが触れた。


「私に依存してくれたお礼よ」


世界が光を取り戻した時、彼女の顔は再び覆われていた。


ーーー ーー ーーーー ーーーー ー



12月24日午後10時37分 59


深花の静かな寝息が部屋に響いている。

どうやら寝てしまったらしい。


外の雪は未だ止む事無く、闇の中に銀世界を広げている事が予想できた。

雪に濡れた彼女は冷えてしまったらしく、シャワーを浴びた後、人のパーカーを着込んで眠ってしまった。

風邪を引かなければ良いのだが。


枕元には、いつも彼女が使っている懐中時計が開いたまま置かれている。

手にとって見てみると、4つの針が後1時間半くらいで日付が変わる事を示していた。


………4つ?

有る筈の無い白い針は真上の1つ左を指したまま動かない。

それが何を示すのかは解らない。

ただ、他の針は黒なのに対し、この針だけは白かった。

白針は白地に溶け込むようにただ一点を示している。

ただのお飾りだろうか。


考え込んでいると、ふと深花の布団が乱れている事に気付いた。

彼女はどうも寝相がよろしくないらしい。

かけられた布団を直し、その寝顔を眺めていた。

最も、これを顔と呼んで良いかは分からないけれど。

そうしている内に、先程奪われた唇の感触が思い出される。

正直、恥ずかしい。

しかしその顔が見られなかった事がとても残念だった。


彼女は美しいかもしれないし、醜いかもしれない。

俺は失望するかもしれないし、満足するかもしれない。

どちらにせよ、このままいるのは……何というか……


………いや、そんなはずは無い。

そんなはずは無いのだ。

僕は、いや俺はあの女に依存など、していない。

深花は確かに今までのどのNPCよりも有益で、魅力ある存在ではある。

しかし、NPCなのだ。

俺が依存する訳がない。

彼女が放った戯言に惑わされてはいけないのだ。

しかしそう考えた所で、素顔を解りたいという欲望が、傲慢さが消える事は無い。


「……」


寝返りをうった彼女はこちらを向く。

無防備に眠りを深めているようだった。

首元は、マフラーの紅に彩られている。

見ると少し濡れていて、血を思わせるかの如く滲んでいた。

血の糸、か。

きっと来るときに雪に濡れたのだろうが、こう思うのはあの日の記憶からだろう。

互いに首を血の糸で縛られるかの様に、俺のマフラーも赤かった。


そっと手を伸ばして美しい仮面に触れる。

……愛おしいと、寂しいと、そう思う事は依存なのだろうか。

「お前が悪いんだ……」

邪魔なそれを掴む。

剥ぐ。


「おはよう」

双眸は開かれていた。


俺の顔だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いやだイヤだ嫌だ厭だ消えたくない滅びたくない何で俺が失くならなきゃいけないどうして存在しちゃいけない何故いてはいけない特別でありたいと唯一でありたいと無二でありたいと願うことがそんなにも傲慢なことなのか誰だってそうなんじゃないのか自分以外になんて興味が無いんじゃないのかどいつもこいつも醜いじゃないかじゃあ何で俺が俺だけがこんな目にあわなきゃいけない奴らだって同じいや俺の方が優れているのにならば要らないのはあのゴミ共の方だ俺は奴らと違ってこの世界に必要なんだだから俺が消えてはいけないどうしてそれが分からないんだおい何でだどうしてこんなことが起こる許せないどれもこれもゴミの分際で俺を崇めろ敬え畏れろ自らの立場を弁えろ愚かさに気付けそれが出来ないなら滅せ俺でなく無能どもが消えるべきだなんてことは明白なのに何故俺が


「長台詞ご苦労様、もう良いわ。

よく憶えられたわね?」


深花………?………深花!

「冗談よ。

これも女の嗜みに入るから、憶えておくと便利」

消えたくない……助けて


「眼、閉じて?」

柔らかく視界を塞がれた。

「キスはまた今度ね」

感触が失われ、そこは教室だった。

何故かは分からない。

彼女の姿は消えている。

窓の向こうから月光が射し込んでいたが、席は全て生徒で埋まっていた。

教壇には誰もいない。


俺の席を見ると、奴が座っている。

名無しはこっちを見つけ、微笑む。

「おはよう、と言うには月が綺麗すぎるかな」

何故お前がそこに座っている。


「自席に座ってるだけなんだけど………いや、あれ?

ここ僕の席なんだっけ?

っていうか何でこんな所にいるんだ?

さっきまで平木くんといたんだけどな…………あ、そうだ。

やっと名前、解ったんだ」

名前?

「僕の名前さ。

大神って言うらしいんだ」

違う。

返せ。

「何か怖いよ?」


俺を奪うな。消すな。


「んー、ま、いっか。

何か譲っちゃいけない気がしないでもないけど……

君がそう言うならそうなのかもね。

僕は名無しってことで。

ノーネーム、いやネームレスかな………うん、良い感じだね」

何故だ、何故そんな風に、お前は。

「どうしたの?」


………お前だ、お前のせいで。

俺が消える。

消えている。

無かった事になる。


「何を言ってるんだよ?」


分かっている。

俺が消えていくのは、誰も俺を認識していないからだ。

知らないからだ。

お前が認識されてるからだ。

お前が消えないからだ。


「……えっと……疲れてるのかな?

それともバグってる?

ていうか、君別に消えてないんだけどな?」


………?

奴には見えていないのか?


「それに、誰も知らないからって、存在そのものが消えるはずないよ。

現に君は消えてないし。

ま、そういう発想は解らなくも無いけどさ」


じゃあ何だ、これは。

何なんだよ


「この奇妙な空間と関係が有るのかな?」


奇妙……?


「この空間に違和感を覚えないのかい?

月明かりがさす時間帯に、教室に全員がいて、そして時間が停止してる」


そう言われて初めて、席に座る彼等や、月に照らされた雲たちが微塵も動いていない事に気付いた。

それだけじゃなく。

この世界には時間の表示がない。

俺達の世界には、言うまでもなく時は記されている。

1番上をみても、普段置かれていたはずの時計は存在していない。


「……やっぱりね」

何だ?

「さっき見た時もそうだった気がして……今確認してみたんだけど、端末にも時間の表示がない。

だから、多分………この世界は時間が停止してるんじゃない、時間が存在しないんだ」

時間が存在しない……?

「うん。………少なくとも、僕らの意識の外側はね」


……………………


「時間の無い世界か………ここには、永遠が有るのかもしれない。

諸行無常かつ万物流転な僕らの世界とは違うようだね」


そんないかにもな会話をいくつか交わした所で、前の方、教壇のある方向を向くと、深花の席が無い事に気が付いた。

代わりにそこには血のマフラーにくるまれて金色の懐中時計が落ちていた。

何かの紋様が刻まれた蓋に閉ざされていたが、時計と分かるのは、深花が度々握り締めていたのと同じ形状だからだ。

ただあの時は、単に美しいと感じるだけだったものの、今は何か異様な雰囲気を放っていた。


「綺麗だね、ペンダントかな?」

蓋が閉められ、鎖を伸ばしていたそれは確かに大きめのペンダントに見えなくもなかった。

左手でそれを掴む。


時間の無い世界に、時計。

一体何なのだろうか。

「ほらよ」

「おっとと………もー投げないでよ」

あたふたしながら奴は取った。

「んー………開かないや」

不満そうな様子である。

「もう良い、貸せ」

結局自分でやるしか無いのか。


暫くの逡巡の後、

片手でどうにか蓋を開いた。


「?」

白い針は左に回っている。


〈遡る、記憶。〉

…………………………………………

…………………………………

…………………………

…………………

…………

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