追悼 田村正和さん

アカニシンノカイ

追悼

追悼 田村正和さん


 ピーター・フォークの訃報を知ったときに感じたことがある。役者の仕事は役者が死んでも作品という形で生き残るのだ、と。

生き残る?

 いや、違う。

 生き続けるのだ。

 田村正和さんが亡くなったというニュースを知ったのは今日の夕方、今は日付変わって5月19日の水曜日なので、正確に言えば昨日のことだ。2021年の5月18日という日は、一日中、江戸川乱歩賞のことを考えていただけの日になるところだった。新人賞に興味のないかたのために書いておく。今日は、いや、昨日は乱歩賞の受賞作が発表された日だった。

 私はミステリが好きで、新人賞に投稿を続けている。江戸川乱歩賞にも挑戦している。今年は作品を完成させることができずに、悶々としたまま、冬の終わりを見届け、桜が咲いて散るのを見ていた。

いけない。感傷的な気分が自分語りをさせている。本題に戻そう。

 あの人が死んだのだ。

 人間はいつか死ぬ。田村正和さんも例外ではない。

 どこかこの世の人ではないような雰囲気をまとったかただったが、あの人も人間だったのだ。

 田村さんは名優だが、私にとっては「古畑警部補」にほかならない。

 テレビドラマ「古畑任三郎」シリーズで主役の変な警部補を演じたのが田村さん。このドラマは倒叙形式というミステリの一形式にのっとった作品。倒叙というものをざっくり説明すると「冒頭で犯行が描かれ、受け手(読者や視聴者)には最初から犯人がわかった状態でスタートする物語」だ。

《なんだよ、それって「刑事コロンボ」じゃないか》というかたもいらっしゃるだろう。そして、同じくらいに、いや、もしかしたらそれ以上に《なんだよ、それって「古畑任三郎」じゃないか》というかたがいるだろう。

 名優、田村正和をトレンディドラマでもなく、ホームドラマでもなく、刑事ドラマ、それもあからさまに「刑事コロンボ」を意識した作品の主演において、コメディをさせるというのは今、いろいろとわかったうえで振り返るとかなりの無茶だったように思う。

 脚本を担当した三谷幸喜さんの悪ノリ、制作したフジテレビの悪ノリみたいなものをセンスと同時にキャスティングに感じないでもない。

ところがこれが当たり役になった。

 もしかしたら、田村さんはこれを不満に思うところがあったんじゃなかろうか、などとつい心配してしまう。一方で、飄々とした古畑警部補を見ていると、田村さんはこういう役で従来からあった「名優 田村正和」という軛から解き放たれたかったのではないか、とも思ってしまう。

 役者にとって当たり役というのは厄介なものだと思う。いろいろな人になれるのが役者という仕事の肝だ。ところがあまりに有名になった当たり役というものは、役者を縛る。

 よく聞くエピソードでNHKの朝ドラに出たら、街中で「役名」で呼ばれて認知されるようになったと実感した、いっぱしの役者としての自負を得たというものがある。それだけドラマというものの影響は大きいし、人々は役者としてではなく役名で認識する。

 私にとって田村正和さんは古畑警部補であったけれども、きちんと田村正和という役者であり続けた。個性的なキャラクター以上に田村さんという役者は田村正和としての存在感があった。

 そうか、もう貴方はいないのか。

 それでも、作品は残る。演技は残る。

 さまざまな事情で残らない作品はある。それでも、私的な思い出とあるワンシーンや一つの芝居が誰かのなかで生き続けることはある。

 間違いなく「古畑任三郎」という作品は、作品自体が残る作品だろう。もし、残らなかったとしても私のなかで田村さんの演技は残る。今、私にとってすっかり触れなくなった存在のテレビとは、ある時期までは国民的メディアだったのだ。

 今でも鮮明に思い出せるシーンはいっぱいあって、その多くがミステリ的にはどうってことのないシーンというのがミステリマニアの私にとっては重い。

 ドラマ「古畑任三郎」の豪華なゲストの登用は、田村さんの存在があって実現したということもあるだろう。ミステリマニアとして、どうしても書いておきたいのは昭和の「刑事コロンボ」と令和の海外ミステリが新作・旧作問わずネットで視聴できる環境との間を繋ぎ止めてくれたのが平成の「古畑任三郎」という作品、もっと言えば、主演した田村正和さんということだ。

 田村さんがいなければ倒叙ミステリが滅んでいたとまでは思わないけれども、今とは違うありようで存在していたのではないかとは思う。

 そうか、貴方はもういないのか。

 もう深夜の二時が近づいている。こっそりと古畑警部補のモノマネをして寝ることにしよう。古畑警部補のモノマネが「田村正和のモノマネ」とほぼ同義ということが、作品と田村さんという役者の存在の大きさを物語っているようで、また眠れなくなりそうだ。






「あなた、日曜日にもスコッチを買ったのに、火曜日の夜にまたスコッチを買っていますねぇ。レシートがポケットに突っ込んでありました。それもいつも買う銘柄よりも高いものみたいですね。値が張るぶん、ちびちびやるはずのスコッチが水曜日の朝にこれだけ減っているというのは……」

「自白しますよ、古畑さん。火曜日になにか私がお酒を飲まずにはやっていられないような出来事があったと言いたいんでしょう。でも、だからって、それで私が田村さんをやったってことにはならないでしょ。あれは病死ですよ。大往生ってやつです。だいたい、私があの人の死を望んでいたなんて本気でおっしゃるんですか。あの人はね、たとえ心臓が止まったって、私のなかでは生き続けるんですよ」

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