海珠の推察
脳からの出力が止ったと芽依は言った。それはナユタの完全な死を意味している。
現に、モニターに写し出されるアバターの動きが止まっていた。
私は頭の中が真っ白になる。いずれ来ると覚悟していた別れでも、いざ現実のものとなると、想像以上に受け入れがたいものだった。
「……あれ?」
しかし、絶望に打ちひしがれる私をよそに、目の前では奇妙な現象が起こる。
「……ナユタ?」
ナユタのアバターは動きを止めていた。しかし、モニターに附属している安物のスピーカーからは、彼女の声が流れ出た。
「ナユタなのか?」
「……うん」
「私が誰か分かるか?」
「……蓮さん。どうして、私もう死んだんじゃ」
「どういう事だ、芽依!」
私は驚きのあまり、つい声を荒げてしまう。対する芽依は明らかに動揺した様子で端末を忙しなく操作していた。
「分からないわ。確かに脳からの出力は止まっているけれど、脳からの出力を受け取っていた中継サーバーから信号が放たれているの。どういう事?」
目の前の現象が理解できない私と芽依を見て、海珠が突然笑い声をあげる。
「電子の経路記憶は不完全な論文だった。けれども、私の発想は確かに真理を見抜いていたのね」
「海珠……何を言ってる?」
「全て私の予想通りになったって事よ。ナユタ様の脳と直結したサーバーのデータ領域に、不可解なパーティションが作られていたのを発見した時から、私はこの結末を予想していたわ」
「どういうことだ? 何が起こっている!?」
「ニューロンの発する電気信号を、集積回路が再現したのよ。あのデータ領域は脳の機能を拡張したものだったのね。そして、脳からの出力が途絶えた今、拡張領域がナユタ様の全てとなった」
「……つまり、中継サーバーがナユタちゃんの人格をトレースしたって事!?」
「素人さんにはその認識で十分よ。もっとも、どうしてそんな奇跡が起こったのかは私にも分からない。人間の脳と機械を直結させる実験なんて今まで無かった訳だしね。けれども確かに言えることは、ナユタ様の脳は死んだけれど、記憶や人格は外部の機器に引き継がれたという事よ」
芽依は手を止め、海珠を見る。
「アナタがナユタちゃんに拘っていた理由がようやく分かったわ。自分の研究の実証として、ナユタちゃんを使うつもりなのね」
「その通り。私の研究は、人格をAIでトレースする事。そして、ナユタ様の身に起こったこの現象は、私の研究の有効性を証明するものになるわ。この現象を再現することが出来れば、阿僧祇会は私の技術を主力商品に据えるでしょうね。つまり私の勝ちよ!」
海珠は人が変わったかの様に高笑いをしている。私は想像もしていなかった現実に、喜びや驚きを抱く余裕もなく、ただただ茫然としていた。
「うぅ」
「……どうした!?」
ナユタのうめき声が聞こえ、私は我に返る。
「なんか、上手く、体が動かせないの。それに、喋るのも、ちょっと、難しい……」
「ああ、言い忘れていたけれど、サーバーの機能拡張をお勧めするわ。今までは思考や動作を脳が主体的にやっていたけれど、その脳が死んでしまった以上、サーバーの機能だけでそれを賄わなければならないのだから」
ナユタの声が断片的になる。アバターの動きが止まっているのも、サーバーのスペックがナユタの存在を包括するには足りていないからだろうか。
「ま、待ってろ! 今動けるようにしてやるからな!」
確か予備のパーツを購入していたはずだ。それを使えば、場当たり的ではあるがサーバーの機能を拡張できるだろう。私は急いで備品を保管しているロッカーを漁る。
芽依や海珠の技術競争には興味がない。もしこの現象が、芽依にとって不利益な事であっても構うものか。
ナユタがまだ生きている。生物学的な死を乗り越えて、その先に意識が継続された。そんな奇跡が起こったことが、今はただただ嬉しくて仕方がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます