お別れ
最後の配信は特にこれといったトラブルも無く淡々と続いて行った。ナユタの限界が近づく中での配信という事もあり、何か事故が起こるのではないかと私は内心ヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂だったらしい。
強いて言うならば、配信の最中に思わぬ珍客が訪れたぐらいだろうか。
『それじゃあ、次はFPSやってた時の配信を……あれ、このコメントって』
ナユタの目に留まったのは、”コラボ配信飛ばしてるよー”というコメントだった。問題は内容ではなく、そのコメントの書き込みアカウントが、季舞ララの公式アカウントだった事だ。
『うっそー!! ララちゃん、見に来てくれたの!?』
どうやらナユタは季舞ララとの配信については、コラボ相手への許諾を取っている時間が無かった為に、配信内で取り上げない方針だったらしい。しかし、その事を季舞ララ本人から指摘された形だ。
人気Vtuberが一視聴者としてコメント欄に降臨した事で、他のコメントも活性化する。
『ええ、ララちゃんも来てくれたし、コラボの時の配信も見よっか。ララちゃん、ダメって言っても流しちゃうけど、いいよね?』
季舞ララのアカウントが”ダメー(嘘)”というコメントをして、コラボ配信の振り返りが流れた。思い返してみると、この配信の時に私は甲斐の元へと行っており、リアルタイムで動画を視聴できなかった。
『この時は楽しかったなー。ララちゃん、本当にありがとう。またコラボしようって約束したのに、守れなくてごめんね』
”また戻っておいでよ。約束守ってくれるまで、待ってるからね!”という季舞ララのコメントに、ナユタが「あはは」と曖昧な笑いで答えた。彼女は甲斐の実験体だが、ナユタの正体については聞かされていないのだろうか。
『それじゃあ次の動画にいこっか。ララちゃんも最後まで見てねー』
こうして配信は続いていく。一秒一秒、ナユタの最後が近づきながら。
『……これで最後かな?』
そして、振り返りの時間が終わった。時間は二十三時半を少し過ぎたあたり。配信の枠は残り三十分を切っていた。
『それじゃあ、そろそろ最後のお別れかな。皆、今までありがとう。って、うわ、同接が凄い事になってる!!』
現在の視聴者数は、九千人を超えていた。最後の配信という事もあり、普段の配信以上に注目が集まった事と、どうやら季舞ララがコメント欄に登場した事がSNSで拡散されたらしく、ナユタのチャンネル登録者数をはるかに超える人数がこの配信に集まったらしい。
『こんなに沢山の人に最後を看取ってもらえるなんて、私は幸せ者だよ……明日から私は本当に普通の女の子として、自分の未来に向けて頑張っていくよ。だからみんなも、自分の人生を精一杯楽しんでね!』
死を匂わせる言葉に、一部のコメントがざわつく。ナユタもしまったと思ったのか、誤魔化すように笑う。
『ごめんね、なんか湿っぽくなっちゃったね。でも、これは別に悪い引退じゃないから、安心して。本音を言うと、もうちょっと活動を続けたい気持ちはあったけど、ちゃんとケジメを付けないと次の世界に行けない気がしたから……だから、私の都合でごめんだけど、皆とはここでお別れ』
コメントでは別れを惜しむ声以上に、大学受験が終ったら戻ってくるよう引き留める声が多かった。それらのコメントに心を動かされたのか、ナユタは言葉を詰まらせる。
『……うん、そうだね。きっとまた会えるよ。どんな形になるか分からないけど、その日まで皆元気でね。それじゃあ、バイバイ!』
こうして最後の配信は幕を下ろした。最終的な視聴者数は、一万人を少し超えていた。
これほどの人々が、ナユタの最後を見てくれたのだ。誰かに自分の事を覚えていて欲しいというナユタの願いは、十分達成できただろう。
これ以上ない結果に、私も満足していた。心の底から本当に良かったと思える。
私のモニターにナユタが戻って来た。時間は二十三時五十五分。
「……蓮さん、泣いているの?」
ナユタは開口一番、驚いたように声を上げる。
「……お疲れ、ナユタ」
「えー、子供前では大人は泣かないんじゃないの?」
「うるさい、大人をからかうんじゃない」
「うわぁ、芽依さんと同じこと言ってる。ねえねえ芽依さーん、今の聞いた?」
「聞いた聞いた。でも、その話は蓮にはしないでね。それよりも、体調に変化は無い?」
「うーん……苦しいとかではないけど、なんか頭がカチカチするような気がする。上手く言えないけど、変な感じ。私は今、どうなってるの?」
「……正直に言って、ナユタちゃんの脳からの出力はかなり落ちてきているわ。多分、あと五分ぐらいしか持たないわね」
「そっか……本当の事を教えてくれてありがとう。芽依さんには、ずっとお世話になっちゃったね」
「私は自分の研究の為に利用しただけよ」
「うっそだー。だって芽依さん、ずっと親身だったもん。それに、例え研究の為だったとしても、私に最後の夢をかなえる時間をくれた事、本当に感謝している。ありがとう」
芽依は笑みを溢す。
「本当にいい子ね。こちらこそ、今までありがとう」
ナユタは視線を奥の海珠に移す。
「海珠ちゃんもありがとう。最後に外出できて、嬉しかったよ!」
「……そうですか。ナユタ様に喜んでもらえて私も嬉しいです」
「最後に蓮さんだけど……なんかゴメンね」
「……どうして二人にはありがとうで、俺にはゴメンなんだ」
「いや、なんていうか、蓮さんにはこうなる前からずっと私の我儘に付き合ってもらった感じだったし……ちゃんと謝っておかないと、地獄に落ちそうな気がして……」
私は思わず笑いが込み上げる。
「自覚があるなら、来世で心を入れ替えてくれ」
「うん、そうする。……ありがとう、蓮さん。来世は……やっぱり迷惑をかけると思うけど、また私の我儘に付き合ってね」
「……我儘を迷惑だと思った事は一度もないぞ」
「うん。それじゃあ、バイバイ」
「ああ、さようなら、那由多」
時計の針が零時を指す。
「脳からの出力、止ったわ」
芽依が冷たい声で言う。私は短いため息を漏らした。
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