密談
研究室に戻った芽依は、蓮の用意したツールを走らせたままシャワーを浴びに行っていた。この研究所には、仮眠室やシャワールーム等があり、中にはこの施設で生活している研究者もいるらしい。
「そろそろツールのデータ回収が終ってる頃合いね」
自分の研究室に戻った芽依は、冷蔵庫から缶ビールを取り出しプルタブを開ける。今日は車での出勤だったが、もう研究室に宿泊する腹積もりのため、特に問題は無い。
噴き出す泡がこぼれないように啜りながら、つまみ代わりにスナック菓子を戸棚から取り、ツールを走らせる端末の前に座る。こんな不摂生をしながらも、体型の変わらない自分の体質に感謝しつつ、袋を開ける。
「えーっと、この数値が規定値内ならいいのね……ああ、問題のない所は緑色になるのか……うん、問題ないわね。ナユタちゃんと繋がっているBCIの方は……ね」
芽依はナユタの脳波を観測したデータに目を移す。そこから読み取れる答えは、蓮の前では元気に振る舞うナユタだが、その意識はもう限界に近づいているという事だった。
「うおっと、びっくりした」
突然、端末の隅にナユタのアバターが現れ芽依は声を上げる。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃって……」
「ううん、いいのよ。こちらこそごめんなさい、もう寝たと思ってたわ」
芽依が驚くのも無理はなかった。ナユタの脳波は睡眠時と同じ微弱なものになっていたのだ。この状態で意識を持ち会話ができる事に、芽依は不思議に思う。
「あの……芽依さんに確認したいんですけど」
「なぁに?」
「私って、あと何日ぐらい持ちますか?」
芽依は唇を噛む。しかし、自分の始めた事なのだから、最後まで責任を持たなくては。心を切り替え口を開く。
「明日か……持っても明後日ね」
「あはは……もうそれぐらいしか時間ないのか……」
「ねえ、気分はどう? 意地悪で聞くわけじゃないんだけど、常に眠いとか苦しいとか、そういう感覚ってあるのかしら?」
これは研究者としての矜持だ。ナユタはあくまでも実験のサンプルであり、彼女への情は持ち合わせてはいけないはずだ。
「あんまりよく分からないんです。物事を深く考える事が難しい気はするし、いつも眠ってるような感覚もあるけど……なんだろう、夢の中でお話してるみたいな感じ?」
「へぇ……それは興味深いわね。今後の参考にさせてもらうわ」
「なんだか芽依さんって不思議ですよね。蓮さんは悪のマッドサイエンティストみたいなコトを言ってたし、やってることは悪い事なのかもしれないけど……でもすっごい優しいし、今も残りの時間を伝えてくれた時、すっごい辛そうな顔してて……」
「ねえ、ナユタちゃん。私はナユタちゃんが思うような人じゃないわ。たぶん最後だから告白するけど、ナユタちゃんを実験体に選んだのって、蓮を引っ張り出す為だったの。どう、失望した?」
「ううん。なんか、逆に納得って感じ。それに、私が最後にやりたい事をできる時間をくれたのは芽依さんだから、感謝しかない」
芽依は思わず笑みを漏らす。
「ナユタちゃんは優しくて強い子だね。あの蓮がお気に入りなだけはあるわ」
「芽依さんって、ほんと蓮さんの事好きですよね。今日だって、蓮さんの事をずっと見てたし、なんだか芽依さんとデートしてるみたいだったよ」
「こらこら、大人をからかうんじゃない。それよりも、どうせ最後の配信するんでしょ? 明日に向けて早く寝た方がいいんじゃない?」
「うん。でも、最後に芽依さんに助言。蓮さんをどうにかしたいなら、曖昧な誘い受けじゃなくてはっきりと要求を伝える事! あの人、逃げ道があればすぐに逃げるから」
「あっははは、それよく分かるわ」
ナユタはムッとしたように表情を歪め、フンとそっぽを向くモーションをする。
「真面目に言ってるんですよ! 芽依さんも逃げ道あると逃げる人なんですか? 私は本気で幼馴染の将来が心配なんです。芽依さんは、あの偏屈な蓮さんを何とかできる最後の砦だと思ってますから。私の代わりに、お願いしますよ!」
「……善処します」
ナユタは満足そうにうなずく。
「よろしい。それじゃあ、おやすみなさい!」
ナユタのアバターが消える。残された芽依は深いため息をつく。
「なんか、カッコ悪いわね、私って」
芽依はスナック菓子を口いっぱいに頬張り、ビールで一気に流し込んだ。
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