帰り道
夕暮れの高速道路を、芽依の運転する車で行く。無限に立ち並ぶ単独柱式の道路照明が影を落とし、道路は黒と朱の縞模様になっていた。
「いやぁ、大学ってあんな所なんだね。勉強になったよ~」
久々に人気の多い所に出た為、私は妙に疲れていた。もともと出不精だったというのに、芽依の研究室に移ってから輪をかけてその傾向が強くなっていたので、今日の外出は堪えるものがあったが、ナユタが上機嫌で素直にうれしく思う。
図書館に寄った後は、大学生協に行き昼食を購入し併設されているラウンジで食べ、その後は昼休みに併せて各校舎を巡り、休み時間が終わると表に出て事務や資料館といった各施設を訪れた。
そして、学内の喫茶店でお茶をした後、我々は撤収したのだった。
そして今に至る。
「ナユタは……」
まるでオープンキャンパスに行った帰りのような雰囲気に、思わず気になる学部は有ったか聞きそうになる。
しかし思い留まったのは、彼女には決して訪れることのない未来だから。それは寝たきりの病人に旅行の話題を振るようなものだ。
だから私は、別の質問に切り替える。
「今日は楽しかったか?」
「うん!」
ナユタは屈託のない声で答える。顔は見えないが、その声色から本心であることがうかがえた。
「それにしても、まさか海珠が俺達の後輩だったとはな」
「そうね」
芽依は素っ気ない態度で応じる。こと海珠の事になると、この調子だ。
しかし、海珠はどのような経緯で阿僧祇会の元に下ったのだろう? 芽依は中退の直後にスカウトされたと言っていたはずだ。
もしかすると、我らが母校には阿僧祇会の資本金が入り込んでいるのかもしれない。その見返りに、不死の研究に使えそうな人間がいれば紹介しているのではないか。
大学が犯罪組織に人材提供しているというのはあまり気分の良いものではないが、あり得そうな話だ。
「ねえ、蓮さん。今日のこと、配信で話してもいい? オープンキャンパスに行ってきたって事にしてさ」
その配信を見た人は、きっとナユタが未来に向けて人生設計をしていると考えるだろう。
もうナユタに残された時間は少ない。だというのに、配信では未来があるかのように振る舞うつもりらしい。
その事が私の心に重く暗くのしかかる。それはまるで、ナユタが憧れていた普通の高校生そのものではないか。
「……ちゃんと大学名は伏せるんだぞ」
「大丈夫! それぐらいのネットリテラシーはあるって」
ナユタの前で暗い気持ちになってはいけない。そう自分に言い聞かせ、普段通りを装い言う。後悔や涙は今ではなく、全てが終わってからだ。
夕日で朱色に染まった街並みが、高架橋の先に広がる。この美しい景色をナユタにも見て欲しくて、私は視線を窓の外に向ける。
「綺麗だねぇ」
ナユタが呟くように言う。
「ああ、そうだな」
私は答える。
ハンドルを握る芽依は咳払いをする。
「蓮は疲れたみたいだし、今日はこのまま家に送るわ」
「……いや、夜間のメンテナンスがある。俺も研究室に寄っていくよ」
「いいって。もうツール作って自動化してるんでしょ? 数値が規定値内かどうか見るぐらい、私だってできるわ。それよりも早く帰って休んでおきなさいよ」
「あー! それいいと思う! ついでに蓮さんの部屋も見れちゃうし!」
ナユタもそんな事を言いだす。
「よしてくれ。とても人に見せられる状態じゃないんだ」
「えー! なんでよ?」
「ナユタちゃん。蓮の事だから、部屋が散らかってるのよ。あと、その眼鏡は流石に回収するわよ。蓮の部屋に遊びに行くのは、またの機会にしましょう」
「うーん……残念」
芽依の言うまたの機会というのは、きっと訪れないだろう。その事を思うと複雑な心境だが、それでも人を部屋に入れるつもりは無かった。
「……ちゃんと片付けておくよ」
「そうよ、ちゃんとしなさい。あんまり酷い様なら今度私が押しかけて、余計な物を全部捨ててやるんだから」
「おー! なんか楽しそう!」
「それこそ勘弁してくれ」
芽依の運転する車は、阿僧祇会の研究所の最寄りインターを通り過ぎる。私の自宅へと向かっているのだろう。会話の流れから、断るタイミングを逸してしまった。
「……すまない」
「なんで謝るのよ。ありがとうでしょ?」
「ああ、そうだな」
黒と朱の縞模様の道路は、黒一色へと変わりつつあった。
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