優柔不断な未来と過去と
「蓮さん! 結局見てくれなかったんだね!」
甲斐先生との話を終え、芽衣の研究室に戻った私を待っていたのは、ふてくされ頬を膨らませたナユタだった。
「すまない……。ちょっと仕事の話が外せなくて……」
流石に季舞ララの中の人を見に行っていたとは言えず、話をぼかす。
しかし、私の敵はもう一人居た。
「ナユタちゃん。蓮はこう言っているけど、実際は女性に誘われて断りきれなかっただけなんだよね~」
芽衣が語弊のある言い方でナユタを煽る。
勘弁してくれと心の中で呟きながらも、あまり強く否定しても変に思われそうなので「物は言い様だ」と言って軽く受け流す。
「ふーん。まっ、いいや。アーカイブはもう公開してあるから、ちゃんと見といてね! ララちゃんとのコラボ、すっごい楽しかったんだから!」
ナユタはそう言って、私のモニターから姿を消した。おそらく、眠りについたのだろう。
「……芽衣」
私は非難を込めた目で芽衣をみる。そんな私が面白かったのか、芽衣は破顔する。
「だって実際にそうなんでしょ? 甲斐先生の泣き落とし戦術にまんまと引っかかって、移籍の件を了承しちゃったんじゃない」
「俺は別に情にほだされたわけじゃ……」
「いやぁ、意外だったわ。蓮が私よりも甲斐先生みたいな年上の女性の方がタイプだったなんて。それとも、あの実験体の方かしら? HC-Lal10だっけね。一度写真で見たことがあるけど、ほんと気色悪いわ。不老不死には憧れるけれど、あんな姿にされるなら、私は願い下げだわ」
「芽衣! お前には悪いが、もう決めたことなんだ。ナユタの次はララの助けになってやりたい」
芽衣は溜め息をつくと、研究室の片隅に置かれた小型の冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出した。
「今日の結月研究室は閉店。蓮もとっとと仕事を終わらせなさい」
「……俺は飲まないぞ」
「たまには付き合いなさいよ」
芽衣は私のデスクに缶ビールを置いて、自分は応接用のソファーに深々と座ってプルタブを捻る。
私はナユタの出力機器のメンテナンスを自動で行うツールを起動させる。最近完成させたこのツールのおかげで、夜の私の仕事は随分楽になっていた。
ツールを走らせながら、動画配信サイトを開き、ナユタのチャンネルへ移動する。そして、つい数十分前に公開されていたコラボ配信のアーカイブ動画を再生する。
『あーあー。みんな聞こえてる? 音量大丈夫そう? はい! それじゃあ始めます。数字の彼方からこんにちは。阿僧祇ナユタです! 告知してたからみんな知ってると思うけど、今日は超大型ゲストと一緒に配信していきます。みんな大好き季舞ララちゃんです!』
『ナユタファンの皆さん、こんにちは~! ご紹介にあずかりました、ララちゃんです~』
そんなかけ合いから始まった配信を眺めつつ、手元の缶ビールに視線を移す。普段はあまりお酒を飲まない私だが、芽衣の好意をむげにも出来ない。私はプルタブを引き上げ、蓋を開ける。
プシュと心地よい音と共に泡が溢れる。私はこぼさないように慌てて口を付け、そのまま液体を喉に流し込む。
「こうしてると、大学時代を思い出すわ」
私に背を向けたまま、芽衣が呟く。
「……お前と研究室で酒を飲んだ記憶は無いけどな。マッドサイエンティストの結月先輩」
私は学生時代に芽衣を揶揄してマッドサイエンティストと呼んでいた。あの頃から芽衣は不老不死を実現して世界征服をするんだと喧伝していたからだ。
「まさか、私に生意気な口を利いていた蓮と一緒に仕事をする日が来るとは夢にも思わなかったわ」
「……俺を引き入れた張本人にそんな事を言われてもな」
「あはは。実を言うと、蓮をこの研究室に引き入れるの、随分苦労したのよ。ましてや、あのナユタちゃんが関わってる事だし、貴方も組織の上層部も素直に了承してくれるとは思ってなかったわ」
「上のことは知らないが、俺は未だに悩んでるけどな。本当にこんな事が許されるのか」
「随分と優柔不断ね。そもそも蓮って、警察に私のことを売るつもりじゃ無かったの?」
私は心臓がドキリと高まる。
「どうしてそう思う?」
「水くさいこと言わないでちょうだい。神経の細いあなたが、こんな違法な研究に関わって耐えられるとは思わないわ。ナユタちゃんの事が終わったら、きっと貴方は自首をする。私のことを巻き添えにね」
「……流石だな」
「何年の付き合いだと思ってるのよ」
芽衣は悪戯っぽく笑う。
「でも、蓮が甲斐先生の所でやりたいことを見つけたって事は、私の心配は杞憂に終わりそうね」
「いや、ただの執行猶予だ。安心するなよ」
「あのねぇ。蓮は私のこと、何だと思ってるのよ?」
「変な先輩」
笑い声。後に沈黙。
耐えかねたように芽衣が口を開く。
「あのさ、蓮。こんな事言うのも変かもしれないけど……」
言葉を切って、芽衣はビールに口を付ける。モニターでは、恋愛をしたことがないというララに対して、ナユタが余計な講釈を垂れている。
「……やーめた! 蓮なんか甲斐先生の所に行ってしまえばいいんだわ」
芽衣は頬を赤く染め、缶ビールを飲み干すと、ゴミ箱に向けて空になった容器を投げ捨てた。
「お前、一缶で酔ったのか?」
「うるさい。私はもう帰るから、戸締まり消灯もろもろよろしく!」
芽衣は慌てた様子で荷物をまとめ、研究室から出て行ってしまった。
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