偽物の不老不死
ナユタと季舞ララのコラボ配信が行われた翌日。二人の人物が芽衣の研究室を訪れていた。
「こんにちは。昨日は"貴重な"お時間を頂戴して申し訳ございませんでした」
ひとりは遺伝子工学の研究者である甲斐先生だ。昨日の今日での来訪に、正直なところ少し戸惑っていた。
「こちら、人工知能の技術部門に所属する
「……海珠です」
もう一人は海珠と弱々しく名乗る女性だった。
いや、女性というよりも少女と呼んだ方が適切かもしれない。茶色に染めたボブヘアーに、弾力がありそうな頬。耳には控えめなサイズのピアス。前髪で目を隠している事を除けば、お洒落に目覚め始めた女子高生と言われても納得してしまいそうな少女に見えた。
私は甲斐先生がこの娘を連れてきた意図が分からず困惑する。
そんな心中を察してなのか、甲斐先生はおもむろに説明を始めた。
「湊先生はナユタ様の事で行き詰まってらっしゃると伺いましたので。海珠なら先生の助けになるかと思い紹介させていただいた次第でございます」
「はぁ……左様ですか」
私は生返事を返しつつ、ちらりと芽衣を見る。彼女は客人が来ているというのに無関係を決め込み、自身の作業用端末で忙しなく仕事を進めていた。
芽衣は甲斐先生にどこまで情報を与えているのだろうか。芽衣は芽衣なりにナユタの事を考えてくれているのは知っているが、私の本心としてはあまり他人を関わらせたくなかった。多くの人がナユタに関われば、いずれその中に悪意ある人間が入り込む可能性が高まるからだ。
しかし、今回の件を無下にするのも忍びない。甲斐先生も私に気を使っての事だろうし、何よりナユタの脳の負荷を軽減する策は未だに有効な手立てを見つけられていない。甲斐先生の言う通り、私は行き詰まっているのだ。この海珠という少女がどれほどの力を持っているのかは分からないが、何か有効な案を出してくれるかもしれない。
「わかりました。お言葉に甘えてご助力いただくことにします。ですが、海珠さんはよろしいのでしょうか? ご自身のタスクもあるのでは?」
「……私の事は気にしないでください。必要な仕事は全て自動化させてますので」
要領は得ないが頼もしい言葉だ。こんな小娘が人工知能の技術者と言われ、未だに半信半疑ではあるが、その言葉が誇大な発言で無い事を祈る。
「話はまとまったようですね。それでは、私はこれで……」
甲斐先生はそう言って立ち上がり、芽衣に会釈してその場を辞す。対して芽衣は甲斐先生を無視して作業を続けている。私の移籍について快く思っていない芽衣が、甲斐先生の来訪で機嫌が悪い事は理解できるが、そこまで露骨な態度は社会人として如何なものだろうか。
甲斐先生が部屋から出て、残されたのは仕事に打ち込む芽衣と押し黙ったまま椅子に座る海珠。私はどうにも居心地が悪くなり、給湯器でコーヒーを入れる。
「それで、海珠さんはこの研究所でどのような研究を?」
私は彼女の前にコーヒーを置きながら尋ねる。
「……人工知能による人格のトレースが実現可能かを研究してます。不死を目指す組織の本流からは少し逸れますが、死者との対話が可能になれば、客観的には不死の実現と誤認させることが可能ですから」
海珠は机の上に出ている砂糖を全てコーヒーに入れながら語る。味覚も見た目同様に幼いらしい。
「それは……単刀直入に言って詐欺なのでは?」
この研究所を運営する新興宗教は、不死を標榜して信者を獲得している組織だ。信者に研究費として金を出させ、上前を撥ねる事で上層部が潤う。そして不死の技術が実現すれば、上納金の高い者から順にその恩恵に与れるという建前で、金持ちの老人たちから骨の髄まで搾り取る。実態は営利目的の研究機関だが、宗教法人という体裁を整える事で、莫大な寄付金は全て非課税で処理される。
度々メディアで問題視する声が発せられている組織だが、信者の中には財界や政界の重鎮も居る為、未だに社会的な制裁は下されていない。そんな組織で非合法な人体実験が行われていると知れれば、メディアも警察も餌を見つけたピラニアの様に食らいつく事だろう。
話は逸れたが、海珠の研究を考えてみよう。
彼女の研究は、自身の言う通り他人に不死を誤認させる研究だ。それは多大な寄付を行う老人たちの求める不死とは違うものだ。彼らは自己の同一性を維持したまま、手にした栄華を永遠のモノにしたいはずである。
つまり、顧客である老人たちと海珠の作る人格のトレースはミスマッチしているのだ。それを上層の人間は知りながらも、信者から更なる寄付金を獲得するための餌に彼女の研究を利用しているのだろう。
「……組織が私の研究をどう使おうが、それは使う人の責任だと考えます。私は私がやりたい仕事をするだけですから」
大量の砂糖を溶かし終えた海珠は、続いてコーヒーフレッシュを入れる作業に取り掛かりながら答える。
「罪の意識は無いのですか?」
私は興味本位で尋ねる。ナユタを延命させるために法を犯している私は、誰も傷つけない事でも犯罪というだけで良心が痛んでいるのだ。金を騙し取るために研究をしている自覚を持ちながら、この海珠という少女は何を感じているのだろうか。
「……それはナユタ様をお救いする上で、必要なものでしょうか?」
海珠は澄ました顔で答えつつ、出来上がった砂糖とコーヒーフレッシュがたっぷり入れられた、もはやコーヒーとは呼べない液体に口をつける。一瞬にして顔が歪み「……甘」と呟くと同時にむせ返る。
私はくだらない質問をした事と、海珠の仕草の可笑しさに苦笑する。
「わかりました。仕事の話に移りましょう」
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