動画配信者のメメント・モリ


 ナユタの脳の負荷を低減させる方法について、私の方針はなかなか定まらずにいた。


 この前の歌配信の後、彼女に発声の感覚について尋ねたが、答えは私の予想を否定する内容だった。


「細かい音程やビブラートが意識しないと難しいぐらいで、それ以外は今までと変わらないよ! 普段のお話だって、特に意識せずに出来てるし」


 よくよく考えてみれば、ナユタはあの身体になってすぐに、私や芽衣と違和感なく会話できていたのだ。


 もし発声の感覚が脳の負荷に繋がるほど複雑な動作であれば、目覚めてすぐのナユタが我々と会話を成立させるのに、もっと時間を要したはずだ。


 そもそも、普通の人間でも脳にかかっている負荷を意識する事は不可能だ。ナユタも同じではないのだろうか? そうなると、ナユタとの会話から解決の糸口を見つけることが難しくなる。


 では、ナユタの脳の負荷を下げるにはどうすれば良いのだろう。


 私は頭を抱える。こうなると、ナユタの行動を記録している"データベース"を再度洗い直し、負荷と行動の因果関係を探るしか方法はない。だが、これは時間がかかる作業な上、既に何度も試したアプローチだ。


「……データベース?」


 思考の中で、その単語に妙な違和感を感じる。何か大切なものを忘れているような気がする。


 記憶の中をまさぐり、違和感の原因を見つけだそうとした矢先、私の携帯端末がメールの着信を告げる音を鳴らす。


 送信者を見ると、驚いたことに「阿僧祇ナユタ」の名前が表示されていた。


「ナユタがメールとは珍しいな」


 普段のナユタなら、何か話があっても翌日まで待つ。火急の用であれば、メッセージアプリケーションを使用するはずだ。私のメールアドレスを教えてはいたが、こちらに連絡が入るのは今回が初めてだ。


 一抹の不安を抱きつつ、受信済みのメールを開くと、その不安が杞憂であることを悟る。


 どうやら、他のVtuberから雑談配信でのコラボを打診されたらしい。メールで送ってきた理由は、先方からの内容を転送するためだった。


 ナユタとしては、念のため私の許可を取っておきたいらしい。


 転送されたメールの差出人が、私も知っている季舞ララというVtuberで、思わず「ほぅ」と変な声が出る。チャンネル登録者数もナユタとは一桁違う、人気配信者からのお誘いに、ナユタの喜びがなんとなく察せられた。


 私はすぐにナユタへ返信を書き始める。コラボについては許可するが、ナユタの身元や正体については絶対にバレないよう釘を刺す。


 そして、詳しい配信内容は日取りについても決まり次第教えて欲しい事と、季舞ララさんに失礼な事がないよう、やり取りの文面には細心の注意を払うように記し、内容を確認してからメールを送信する。


「これでは、まるでマネージャーだな」


 私は一人ぼやいて珈琲に口を付ける。


 ふと思い立ち、配信サイトを開きナユタのチャンネルを見る。

 登録者数は4532人、動画数は16。同じ時期に始めた他の個人勢Vtuberと比べると、人気は頭一つ突き抜けているように思える。


 やはり初配信でプチバズりしたのが良かったのだろう。他の動画投稿者によってアップロードされた、初配信の切り抜き動画は再生数が1万を超えていた。


 私は切り抜き動画を再生して、ナユタの人間とは思えない動きに苦笑しつつ、この動画はいつまで残り続けるのだろうと考える。


 ナユタが完全な死を迎えたとしても、この動画は見れるだろう。亡くなったとされる投稿者の動画が残っている事は多い。


 では、配信サイトが運営され続ける限り、永遠にアーカイヴされるのだろうか?


 人はいつか死ぬ。それは動画投稿者とて例外ではない。もしも配信サイトに動画が残り続けるのであれば、いつの日か配信サイトは過去を生きた人々がアップロードした動画で埋め尽くされるだろう。


 そんな墓標が立ち並ぶ配信サイトで、未来を生きる若者たちは戦っていかなければならないのだろうか。


「……文学も似たようなものか」


 過去の文豪たちが書いた小説と、現代作家たちの小説が棲み分けされているように、動画も近代動画とか古典動画とか言われるのかもしれない。


 学問として配信サイトの動画を研究する人々も出てくる可能性もある。過去の時代を知る上では、動画ほど分かりやすい資料は無いだろう。


 ナユタの動画が未来の学者の研究対象になったなら、ナユタの目標はこれ以上ない形で達成されたことになる。


 もっとも、事の顛末を見届けるには、私の寿命でも難しいかもしれないが。


「その時は、芽衣が不死になって見届けてくれることに期待するかな」


 私は動画配信の未来について思いを馳せつつ、自信の仕事へと戻っていった。

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