一利一害・すれ違い
「ふんふふん~ん。楽しみだなぁ」
コラボの話が決まってから、ナユタはいつも以上に上機嫌だった。
「ナユタ。分かっているとは思うが、くれぐれも用心してくれよ。相手は知名度のある人気配信者だ。下手に不信に思われて拡散されるような事があれば……」
「蓮さんは心配性だなぁ。大丈夫だよ。いつもと同じ様に気を付けるし、仮に私のことが広まってもみんな信じたりしないと思うけどなぁ」
確かにナユタの事は、ネット上で広まったとしても信用されないだろう。脳だけが延命され、配信を行っているなど、新人Vtuberが注目されたいが為に作った設定だと流されて終わりだ。
しかし、最近海外で脳を直接コンピュータに接続して操作する研究の臨床実験が始まったと聞く。
流石に、ここの脳だけを生かす技術と併せた、肉体に縛られない延命処置には遠く及ばないとは思う。しかし、ナユタの存在が無関係な一般市民にとっても荒唐無稽な存在ではなくなりつつある。
わずかな油断が命取りになりかねない。ナユタの残りの時間を自由に過ごさせてやる為にも、ナユタ自身によりいっそう気を引き締めてもらわなければならない。
「コラボ配信となると、相手方と会話する以上、迂闊なことを口走りやすくなる。それで足下をすくわれて炎上したVtuberも大勢いるんだろ? 本当に気を付けてくれよ」
「分かってるって。でも、季舞ララさんの設定の事を考えると、全然大丈夫だと思うけど」
そう言って、ナユタは季舞ララのプロフィールを表示する。
性別女性。年齢は不詳。悪の組織によって生み出されたキメラ人間という設定で活動を行っている。Vtuberはキャラクターデザインを行った制作者をママと呼ぶことがあるが、ララのママは組織の研究者なのだという。
「……確かに、この設定は他人とは思えないな」
「でしょ? ママが悪の組織の研究者ってところもそっくり」
「モデルは自前で作ったんだから、ナユタ自身がママでありパパなんじゃないか?」
パパとは3Dモデルの制作者の事を言うらしい。確かにVtuberを生み出す上でキャラクターデザインと3Dモデルの制作は最も重要な要素だろう。
「私が活動する上で、お世話になっている人ってこと。こんな身体なんだから、蓮さんや芽衣さんが色々してくれなくちゃ配信できないんじゃん。だから、蓮さんと芽衣さんが私にとってのパパとママ。本当に、いつもありがとう!」
「……芽衣と俺が夫婦みたいな言い方は止めてくれ。ものの例えだと分かっていても、背筋が凍り付いたぞ」
私はナユタのお礼の言葉に気恥ずかしさを感じ、苦笑しながら冗談で返した。
ちょうどそこへ、芽衣が扉を開けて入ってくる。ナユタが「噂をすれば……」と言いかけたところで、芽衣の表情が険しい事に気づき、私は椅子から立ち上がる。
「話なら外で聞くぞ」
芽衣は黙って半開きの扉を支える。私はその行動をイエスと捉えて、ナユタに断りを入れてから芽衣と共に廊下へと出る。
「それで? 何か悪い知らせか?」
「……私にとっては、どうでもいい話なんだけどね。さっき、技術部門の定例会議であなたの名前が挙がったわ」
「会議で?」
「ええ。前にこの部屋に来ていた、甲斐先生って覚えているかしら?」
「確か、遺伝子関係の研究をしてるっていう……」
「そうよ。彼女が自分の研究チームに、蓮にも加わって欲しいそうなの」
「はあ!? 何でだよ。遺伝子工学の分野については全くの素人だぞ。適当な大学の学部生の方がまだマシなレベルだ」
「それは私も言ったわ。蓮なんか引き抜いたって、ゴミ掃除とお茶汲みぐらいしか役に立ちませんよってね」
芽衣の言い方にトゲがあり少しだけ傷つくが、言っている内容はその通りだ。
「それで、甲斐先生は?」
「あなたを欲しがる理由はやっぱりBCIの技術みたい。詳細はまだ報告できる内容ではないからってはぐらかされちゃったけどね。それで、甲斐先生はあなたに見せたいものがあるから、研究室に来るようにって日時を指定してきたわ」
「大体の事情は分かった。それで、断るという選択肢は?」
芽衣はかぶりをふる。
「無いわけではないわ。ただ、オススメはしないだけ。ナユタちゃんの事が大事なら尚更ね」
これでは、まるで脅しではないか。芽衣がどういう立場に立たされているのか、私には分からないが、いつになく険しい表情の芽衣を見ていると、彼女も本意ではないのだろう。
「……分かった。とりあえず甲斐先生の研究室に行ってくるよ。指定の日時を教えてくれ」
私は鬱々な気分を抱えながら、指定された日時をメモした。
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