電子音は二極化の中で


 ナユタが配信を始めたので、作業をきりの良いタイミングで切り上げ配信サイトを開く。


 以前、配信中に意識を失ってしまった件に関して、未だに有効な対策を取れずにいる。その為、配信の頻度を少なくる事で暫定的な対処としている事を申し訳なく思う。


 今日のナユタの配信は様々な楽曲のリクエストを受け付け、ナユタ自身がリクエストにこたえる形でその楽曲をカバーする、俗に言う『歌ってみた』配信というものだ。


 軽快なメロディに合わせて、ナユタは高速の歌詞を歌い上げる。何でも、最近ネット上で大流行している楽曲らしく、以前私も季舞きまいララというVtuberが歌っている動画を見ていた為、聞き覚えがあった。どうにも、ネットでは人が歌う事を想定しているのか怪しく思う速度の曲が流行するように思う。音声合成ソフトで楽曲を作成する文化がネット上では根強い事が理由だろうか。


「こういうのって著作権とか大丈夫なの?」


 後ろから芽衣が覗き込みつつ尋ねる。非合法な人体実験をしているマッドサイエンティストが、Vtuberの著作権侵害を心配していて、どこか滑稽な気がして苦笑してしまう。


「ああ、大丈夫らしいぞ。最近では、大手の配信サイトはどこも著作権管理団体と契約を結んでいるから、配信サイト上で楽曲のカバーは基本的に問題無いらしい。ただ、音源については権利関係を確認しないと駄目だけどな」


「ふーん。よく調べているのね」


「ナユタの受け売りだよ。俺がしたのは事実確認だけだ」


 ナユタがカバー曲のリクエストをSNS上で受け付けた際に、私も同じことを思い尋ねたのだった。その際に配信サイトの利用規約や、ネット上で権利関係について解説しているサイトを開きながら、私にもわかりやすく解説してくれた。


 私も芽衣と同じように、良く調べていると思った。私にとってナユタはいつまでも子供だと思ってしまっていたが、自身がやりたい事の為に色々と考えたり調べたりしながら、実行に移している。


 もうナユタは私が守るべき子供ではない。それを嬉しく思う反面、どこか物寂しいと感じてしまうのは、年長者の傲慢なのだろうか。


 モニターに備え付けられたらスピーカーから、新たな曲が流れる。歌ってみたの生配信は、一見手軽そうに見えるが、音源を用意したり権利関係を調べたり、場合によっては使用許可を取らなければならない楽曲もあったりと、なかなか準備が大変なのだ。


 さらに、歌唱の練習もしなければならず、生半可な覚悟で手を出せる代物ではない。


 そういえば、ナユタは歌唱の練習はしていたのだろうか?


 喉も口も持たないナユタに、ボイストレーニングは不可能だ。今の歌唱も、脳波を基に生前の声を合成して作り上げた歌声だ。歌を歌っていると言うよりは、楽曲作成ソフトに音声データを打ち込んでいる感覚に近いだろう。


 冷静に考えてみると恐ろしい労力だろう。声帯があれば意識せずに行えている発声を、ナユタはリアルタイムで調整を行いながら、バラバラな音声データを組み合わせて曲として仕上げている。それも、アップテンポで早口言葉の様に高速の歌詞の曲をだ。人が聞いて違和感を感じないように歌うだけでも相当大変だと思うが、更にそれを視聴者が満足するレベルまでクオリティを上げなければならない。


「……やはりアウトプットの問題だろうか」


 私はナユタの脳の負荷について考え始めていた。実際のところ、ナユタはどれほどの動作で歌を歌っているのだろう。そもそも、ナユタは自身の歌声をどのように認識しているのだろう。


 分からない。しかし、分からないのは私の頭の中に答えが無いからだ。答えはナユタが持っている。


「この配信が終わったら聞いてみるか」


「……最近、蓮の独り言が増えた気がするわ」


 私は芽衣の小言とも取れる言葉を無視して、ナユタの配信に目を向ける。


 コメントでは、比較的好意的なコメントが多いが、視聴者数自体が以前よりも少ないように思った。もともとナユタが注目された理由が、初配信の際にゲームで人間離れした動作を行ったことだった為か、やはり人気はゲーム関連の動画に集中している印象だ。


 もちろん、ナユタの歌は上手い。生前もさることながら、今の体でも十分に聞き応えのある歌唱力だ。しかし、ナユタ=ゲーム配信の構図が出来上がっている視聴者に、この配信を受け入れてもらう事は難しいだろう。


 それをナユタ自身も理解しているはずである。それでも今回の歌ってみた配信に踏み切ったのは、ナユタが歌う事が好きだから以外に理由は無いだろう。


 しかし、視聴者数が落ちているという事は、ナユタの「一人でも多くの人に、私の事を覚えていて欲しい」という目標とは相反しているのではないだろうか。


 目標を取るのか、やりたい事をやるのか。その二極の中で、一体彼女は何を思っているのだろうか。

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