配信二回目 急にゲームが上手くなるナユタ
『こんにちは、
清楚で落ち着いた雰囲気の、華やかさには欠けるモデリングの少女による、快活な挨拶と共に配信が開始される。
私は、
ナユタは、設定上は普通の女子高生と名乗っているらしい。しかし、実際の彼女は、一か月前に心臓の病気が原因で命を落とし、戸籍上も故人となっていた。
「合成音声でも、ここまで生前と違和感が無いと、逆に気味が悪いな」
「それを、彼女の生前の肉声を基に作り上げた本人が言うと、ただの自画自賛にしか聞こえないわ」
私のボヤキに対し、背後で同じ配信を観測している結月芽衣が答える。
芽衣はこの研究室の主であり、私の共同研究者だ。脳科学を先行しており、心臓を失ったナユタの脳を生かし続けているのは、彼女の作り出した技術だった。
その技術に対する倫理的、法的な問題については私も思う所はあるのだが、ナユタを生かし続ける事を条件に、私はその問題を棚上げにし協力していた。
そんな私は、脳波を基にナユタの行動を外部へ出力する技術を担っている。生きている人間が体を動かす際や言葉を発する際の脳波パターンを解析し、ナユタの脳に同じ波形があれば同じ行動、発言を出力する。こちらから何かを伝えたい時は逆に、ナユタの脳に電気信号を流す事で、外部情報を得た人間と同じ脳波へと調整をする。
こうして、阿僧祇ナユタという心臓の止まった少女を、コミュニケーション可能なまでに蘇らせることに成功した。
しかし、蘇ったナユタにとって、この研究室は退屈で仕方のない場所だったらしい。始めこそ、私や芽衣とのコミュニケーションが可能な事に感動していたが、次第に暇つぶしの娯楽を要求するようになった。
やれ、ゲームがやりたい。漫画が読みたい。ネットに繋げて欲しい。
彼女にへそを曲げられ、実験が滞るような事があれば、それは研究の中止を意味し、ナユタは再び暗闇の世界へと追いやられてしまう。彼女にその自覚があるのかは定かではないが、私と芽衣は出来る限り彼女の要求にこたえるようにしていた。
その結果が、このVtuberとしての活動だった。
「ねぇ、
芽衣は出力される脳波の数値と、配信サイトで行われている生放送を見比べながら、私に言った。
「……俺にも分からん」
ナユタは画面の中で、音楽に合わせて剣を振り回すゲームをしていた。最近の流行らしいそのVRゲームは、剣を振り回す動作が必要なために体力を必要とし、長時間のプレイには向かないらしい。
しかし、阿僧祇ナユタは普通の人間ではない。脳波だけで体を自由自在に動かす彼女は、本物の肉体が存在しない分、疲れを感じる事が無い。さらには、バーチャル世界では念じるだけで体が動く分、超人的な身体能力を再現する事も可能である。
昨日の配信では、その能力を悪用(?)し、実際の体を使用するゲームにおいてTASのような動きを再現して見せた。
それが反響を呼んだ事に味を占めたのか、今日の配信でも同じように体を用いたゲームを選択している。
「……それにしても、下手くそだな」
ゲームの中のナユタは、前方から迫る赤と青の的に対し、殆ど対応できていなかった。
しかし、原因は何だろうか。ナユタは生前、音感は人並み以上に持ち合わせていたはずだ。歌う事も好きで、彼女とカラオケに行った際は、その歌声に随分と感心したのを覚えている。
「なあ、芽衣。脳が音を認識するまでのプロセスは?」
「どうしたの、急に?」
「いや、ナユタがこのゲームをできていないのは、俺たちのせいだと思ってさ」
芽衣は少し考える素振りを見せる。
「音は鼓膜で受けた振動を
「……つまり、音声を聞いてから脳が認識するまでのタイムロスがある訳だな」
芽衣は私のその言葉で察したらしい。
「ナユタちゃんは、音を認識する速度が速すぎるのね。だって、鼓膜から蝸牛のプロセスを省いて、直接脳に電気信号を流し込まれているんだもの」
「そうだ。ほんの些細なズレだから、今まで俺たちとのコミュニケーションでは気づくことが無かったが、音楽ゲームという精密な音認識が要求される状況では問題だな。将来的に、脳だけの人間と生身の人間が音楽でセッションするような場合、問題になって来るかもしれない」
「でも、解決は簡単ね。ナユタちゃんへの認識を少し遅らせてやればいいだけだもの」
「すまんが、聴覚に関する認識までの数値を用意してくれ。その情報を基に、ナユタの認識パラメータを修正する」
私と芽衣は配信をよそに仕事へと取り掛かる。
とはいっても、私の仕事は簡単だ。芽衣が送るデータを入力するだけなのだから。
「……これで試してみて頂戴」
芽衣からの情報はすぐに送られてきた。私は即座にデータを書き換える。
「よし。さっそく適応してみるか」
「配信中なのにいいの?」
私はナユタの配信している動画に目をやる。
現在の視聴者はおよそ100名。チャンネルの登録者が1000人を超えているのだから、もっと沢山の人間が見ていると考えていたが、思いのほか少ない。
コメントでは、ナユタが慌てるような様子に対して、好感的な言葉が投げかけられていた。私にとっては意外な事だったが、どうやらゲームの配信というものは、上手なプレイが必ずしも是とされる訳では無いらしい。むしろ下手なプレイヤーの方が、アドバイスをする人間やリアクションを楽しむ人間が現れ、コミュニティーが活発になるように見受けられる。
「……まあ、大丈夫だろう。ゲームというのは、やればやるほど上手になるものだしな」
私は曲が終わったタイミングでアップデートを開始する。
リザルト画面が表示されている一瞬だけ、ナユタの動きが止まる。だが、それに気づく視聴者はいないだろう。
『なんか上手くいかないなぁ。誰かコツとか教えてください』
ナユタの言葉に、数名の視聴者がコメントを寄せる。そのアドバイスが有意義な物なのか、素人の私には判断がつかないが、体を失った人間と普通の人間が、配信サイトを通じて意思の疎通が取れている事に、不思議な感情が沸き立つ。
「ナユタ……」
私は脳を摘出されたナユタと、初めてコミュニケーションに成功した日の事を思い出す。
あの頃はボイスチャットやモデリングのような大層な物はなく、テキストを用いたチャットが限度だった。
それでも私は、失われたはずのナユタの言葉に、手を震わせた。
「蓮。成功したみたいよ」
芽衣の言葉に、私は思考の世界より呼び戻される。
画面では、迫りくる多くの的を両手の剣で小気味よく切り裂いていた。
「まあ、即席の対応にしては上出来だろう。一応、アップデートの前後のログを抽出して、精度の上昇率を計算しておこう」
今まではナユタの我儘としか思っていなかったゲームも、こんな形で研究の成果に結びつくとは、思わぬ誤算だった。
そして、配信が終わるころには、コツを聞く前後でのプレイ動画が切り抜かれ、別の動画投稿者が拡散した為に、急激にゲームが上達したVtuberとしてナユタの名前が広がるのだが、日常的にSNSに触れない私と芽衣がその事に気づいたのは随分と後になってからだった。
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