寄せ植え狂想曲:その一

 バラ栽培を始めて三年目の春が過ぎ去ると、やがては寄せ植えを作り込む秋がやって来る。

 昨年の『隠し球根の術』は、予想以上に上手くいった。だから今度は、初年度から挑戦して失敗したチューリップの、『隠し球根の術』を試してみることにした。


 基本ベースはビオラ&パンジー、下生えにはアリッサムやバコパが無難であることは、もうしっかり学んでいる。加えて専用肥料などが揃っているので、資材を調達する手間がない。下段・中段はそれで良いとして、上段をストックにするかネメシアにするかは、組み合わせた色合いで決めることにした。そして、隠し球根にするチューリップには、出来るだけノーマルな種類を選ぶ。バラ栽培でも幾度か述べたが、品種改良が進み過ぎたものは、条件次第では上手く育たないことが多いからだ。事、寄せ植えで他の植物と同居する場合、より野性に近い方が成長する力があるだろうという判断である。

 それでも、一鉢だけオシャレな球根を仕込んだのは、「これが咲いたらいいな」という乙女心(?)だと思う。


 さすがに回数をこなして来たので、『気が付けば全滅していた』ということもなく、真冬の間はおおむね順調に事は進んだ。勿論、最初の頃に『決して水を与えないでください』の看板を掲げた上でのことだ。

 一方で、私が花殻や弱った葉を摘み、ムシムシのチェックを済ませ、比較的暖かい時間を見計らって水を与えていると、「冬場に水をやり過ぎると、根腐れするぞ」と何度も何度も言って来る人も居る。私は「はいはい」と適当な返事をしているのだが、水を与えるタイミングとその量、花の種類等を知らない人間が何を言ってんだ───というのが、正直な意見だ。

 まあ、口に出しはしないが。

 そんなこんなはあったものの大事には至らず、無事に春を迎え、寄せ植えは私の希望通りのわんさかわんさかで、チューリップも咲いた。品種改良をされまくったオシャレなものを除いて。

 やはり、花束にしたいような品種改良をされたチューリップには、別の環境が必要なようだ。これは、今後の課題として取って置こうと思う。

 くして、秋から春にかけての寄せ植え生活はほぼ円満に過ぎ去り、時が来ればこのまま撤収作業に入るだけだと思っていた。わんさかわんさかが楽しい爛漫らんまんな時期に、思わぬ珍客が訪れるまでは。


 彼らは、ある日突然やって来たのだ。

 まあ、卵の状態で潜んでいたものが孵化して、ある程度の大きさになって気付いたというのが本当のところだろう。ともあれ、ある日突然やって来たように見えた。その見た目の強烈なインパクトを伴って。

 芋虫系幼虫にも色々あるが、紋白蝶や揚羽蝶の幼虫などは、一般にもよく知られている青い芋虫系幼虫だろう。基本的に幼虫の害というのは、食害に終始する。紋白蝶でよく知られているのはキャベツだが、他にもアブラナ科の植物を食べる。白菜・大根・蕪・水菜・ブロッコリーなどだ。揚羽蝶は柑橘類がメインだが、山椒の葉なども食べる。コガネムシはバラを含む樹木の根を食い荒らし、カミキリムシの幼虫であるテッポウムシなどは樹木の内部を食い荒らす───が、それ以外には、人体に対する被害はほぼない。ところにより臭いぐらいだろう。

 一方で、幼虫のボディがゴツゴツしているもの、色や模様が鮮やかなもの、細かい毛が生えているものは要注意だ。ほぼ間違いなく毒持ちの上、風下に居ただけでもかぶれることもある。しかも、その症状は意外と重い。

 私の寄せ植えの鉢にやって来た彼らは、見た目に強烈なインパクトを持った幼虫達だった。ゴツゴツしたボディの上、ベースの色が黒、背中の真ん中に一筋のラインと線対称で二列に並んだドット柄は、鮮やかな赤だ。時には、毒持ち生物を模倣する生き物もいるが、これだけ自己の危険性を主張されると、本物の毒虫かダミーかを確かめる勇気はない。

 見たところビオラ&パンジーをせっせと食していた為、割り箸で摘んで新聞広告の上に移動してもらい、二十匹ほどは会社の裏手にある川沿いの土手にお引越しをお願いした。雑草のたぐいは色々生えそろっているので、何かしら食べるものはあるだろうと考えてのことだ。

 それでも、数日もするとやはり彼らはしっかり居て、お食事に余念がなかった。土手から鉢を置いている場所までは、虫的には遠方なので、新規顧客だと思われる。事ここに至って、私はようやく彼らの種族を調べてみた。元々調べる気は有って、写真撮影もしていたので、種族の同定は簡単だった。


 彼らの名は、ツマグロヒョウモン。タテハチョウ科・ドクチョウ亜種の蝶の眷属けんぞくだ。ドクチョウ亜種と表記されているにも拘らず、人体に有害な毒性があるとは、何故かどこにも書いていない。加えて、あのインパクト大の幼虫達にも特に毒は無いとのことで、名前と見た目の二重詐欺である。

 そのこととは別に、種族が判明して私が最もショックを受けたのが、の幼虫達がスミレ類しか食べないということだった。

 裏の土手にスミレ類はあっただろうか?───人様の土地故に、きちんと調べていない為よく判らないが、見た事はない。幾らか生えていたとしても、野生種に近いものであれば、その大きさはたかが知れており、到底二十匹の幼虫を肥えさせるには足りなかっただろう。

 無用な殺生はしたくない私は、か~な~り~落ち込んだ。いつものように、事前に種族の同定を済ませておけば起こらなかった殺生である。

 しかし、どんなに落ち込んでも犯した過ちは変わらないし、時間が巻き戻ることはない。幸いにして、まだ生きている兄弟(?)がいるのだから、彼らを何とかしてあげるしかないのだ。

 会社に持ち込んでいた三つの寄せ植えは、そろそろ限界を迎えつつある。わんさかわんさかのシーズンも終盤に差し掛かり、秋に仕込んだ栄養分たっぷりの土はもはやバサバサ、増え過ぎたビオラ&パンジーは渋滞し過ぎてひょろひょろ───このままでは、私が手を下さなくても遠からず枯れるだろう。それならば───だ。

 元々、鉢の撤収作業に入るつもりだった私は、現在鉢の中で生活している彼らごとお持ち帰りすることにしたのだ。どうせ後は引っこ抜くだけなのだから、ビオラ&パンジーの生命力が続く限り、存分に食わせてやろうではないかっ!

 自宅では、生き物全般───特に齧歯類げっしるいと虫が嫌いな母が居るが、鉢の回りを自宅療養中のバラの鉢で囲んでおけば、敢えて近付くこともしないだろう。


 そういうわけで、ツマグロヒョウモンの幼虫付きの鉢植えは、我が家に来ることとなったのである。その時の私が、後日、自宅庭の狭い一角で壮大なドラマが展開することになろうとは、予想出来る筈もなかった。

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