第24話 記録 前編

 数日後、イベントに使う料理の撮影をする為、夜遅くに別館のレストランに来ていた鍋島が田辺に伝えた内容に言葉を失った。


「社長がいない?」

「分かりません。ただ、私たちは会えませんでした」


 鍋島は今西と社長の取材の為、会社に行ったが出てきたのは瀬田だけで、社長の言葉が書かれた書類と映像データを渡されたと言う。瀬田からはイベントにはそれを使ってほしいと言われ仕方なく帰ってきた。


「おかしいですね」

「そうだな、いつもはこんな時、すぐに出てくるのだが」


 傍で聞いていた菅田が不思議そうに言う。田辺も疑問に思う。いつもの社長の行動ではない。


「渡された映像データには社長が映っていましたよ。とても元気そうで」


 それなら尚更、おかしいがその理由は誰も分からず会話はそこで終わった。


 撮影は順調に進み、片づけが終わると、今西はそのまま編集作業に入ると言って帰って行く。菅田も本館から呼び出しがあって戻っていった。

 田辺と鍋島は総料理長がお茶を入れてくれると言うのでその場に残った。


「今回のイベント料理は地元の食材がふんだんに使われていますね」


 鍋島は自分のスマホで撮影した先ほどの料理の写真を見ながら言う。


「数カ月前から知り合いの漁師に頼んで、夜の漁に連れて行ってもらっていたのです」 

「数カ月前からですか。すごいですね」


 総料理長の言葉に田辺は一瞬動きが止まった。心臓が大きくなりだす。

 鍋島は田辺の動揺を気にする素振りもなく会話を続ける。


「前の総支配人が辞められる前からですからもう、三カ月くらいになります」


 田辺と鍋島は顔を見合わせた。


「夜、漁から帰るときに鍋島さんを見かけました」


 総料理長の言葉に田辺と鍋島は動揺していた。何処で見ていたのだろうか。


「取材の打ち合わせです。と言っても漁港ではなく別の会社ですが、事情があっての近くの駐車場に車を止めて、待ち合わせをしたことがあります」

「そうでしたか。なにかすごく急いでいる様子でしたので何かあったのかと思っていました」

「ああ、少し難しい相手でしたので」


 鍋島が何とか誤魔化している。その横で田辺は総料理長の様子を伺っていた。何を見ていたのだろうか。


「そう言えば、柏木さんもその頃に漁港に居たらしいと警察から聞いていますが、総料理長は何か見かけたと言うことはないですか」

「見ていないです」


 田辺は少しだけカマをかけてみたが、特に反応はなかった。ただの思い過ごしだろうか。この間のメニューと言い深夜の調理といい謎の動きが多い。信用していいのか疑問だ。

 田辺は鍋島とレストランを出た。


「少し、寄っていきませんか」


 田辺は執務室へ誘った。


「総料理長はどこで見ていたのでしょうか」

「警察からは」


 鍋島は副支配人室に入ってソファーに座りながら言う。田辺は総料理長が誰かに話したのかが気になった。


「何も。そちらは」

「こちらも何も言ってきていません」

「どうして、今、この話をしてきたのかが気になります」


 鍋島の言うことも、もっともだと思った。総料理長が何を考えているのか。そして、何を見たのか。


「そう言えば、柏木の不正が偽装されたというのは本当ですか」


 田辺は別館の宿泊記録と副料理長のファイルを出してきた。


「別館の宿泊記録です。柏木さんが辞める前日に別館から持ち出したものです。別館担当から柏木さんが辞める前夜、渡したことを確認しました。ここには柏木さんが不正をしたとされる顧客情報がありません」

「不正の情報がない」

「柏木さんの不正は作られた物だと思います」

「作られた物だとして、何のために」

「そこが、まだ分からないのです」


 柏木を解雇して、何をしようとしていたのか。それに早苗と倉田は何を知ったのか。

 鍋島は宿泊記録をテーブルに置いて、副料理長のファイルを見始める。


「別館の顧客の食事はすべて、ホテル内のレストランでするのですか」


 鍋島が副料理長のファイルと柏木の資料を交互に見ながら訊いてきた。


「大抵そうです。別館のフロントに言えば、レストランの予約をしてくれる」

「別館の宿泊記録にある一部の顧客に、副料理長の料理を一度も食べていない人がいるようですね」


 鍋島の言っていることが理解出来なかった。


「どういうことです?」

「この方が一度も料理長のファイルに出てこないのです」


 鍋島から手渡された別館の宿泊記録と副料理長のファイルを見る。確かに料理長のファイルにも出てこない。料理長のファイルには過去三年分があるのだが、偽装されたと考えられる時期以外の宿泊客の情報が載っていない。数ページをめくっていくと書類の間から紙片が見つかった。


「これ、なんだと思います」


 田辺は鍋島に訊く。


「綴ってあった書類を引きちぎったようですね」


 

 田辺と鍋島はどうして副料理長のファイルに載っていないのか分かった。


「誰かがここから書類を抜き取ったのでしょうね」

「柏木さんが不正をしたとされるのは別の顧客です」

「田辺さんがお聞きになっている不正をしたとされる顧客以外の情報があっては拙いということですね」


 そう言えば、瀬田は不正がまだあるようなことを言っていた。しかし、柏木が不正をしたとされる顧客の情報がなくて、別の情報があるのはどういうことだろうか。


「ここに柏木さんが辞めた理由があるのかもしれません」

「自宅や車にホテルに関するものはなかったと聞きます。しかし、それはあり得ないのではないかと以前から考えていました」

「柏木さんがどこかに隠しているか」

「明日、自宅に行ってみようと思います」

「自宅に、ですか」


 田辺はどうして自宅なのか気になった。


「柏木の両親から頼まれているのです。時々、自宅の様子を見に行ってほしいと。ご一緒にどうですか」

「お願いします」


 田辺はそう言う理由があれば、堂々と柏木の自宅に行ける。何か、見つけられるといいと考えた。

 鍋島は柏木の自宅に行く時間を決めて、帰って行った。

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