第20話 侵入者 前編
田辺は二つのファイルを引き出しに戻す。考えることが多すぎて脳が麻痺しているようだ、しっかりとした判断が出来なくなっている。時計を見ると既に十二時を過ぎていた。田辺は隣の部屋に行き、着替えてソファーベッドに横になった。
そういえば、別館の電話はどうして転送になっていたのだろうか。そんなことを考えているうちに田辺はいつの間にか眠りについていた。
暗がりの中、田辺は目が覚めた。横になったまま周囲を見渡す。ここが仮眠室として使っている部屋だと思い出すのに少し時間がかかった。
小さな物音が聞こえる。最初は寝ぼけているのかと思ったが体を起こし、耳を澄ます。ガチャガチャとドアノブを動かす音がする。
鍵がかかっているのを知らずに無理やり開けようとしているようにも思える。
ソファーベッドから立ち上がり仮眠室を出る。電気をつけずに執務室のドアを見る。
誰かが、外からドアを開けようとしていることが分かった。それよりも驚いたのが、鍵を開けようとしているのが分かった。何度も鍵穴に何かを入れて鍵を開錠してドアノブを回している。
田辺は昨日の夕方、一旦自宅に戻って着替えを取りに帰ったついでに、近くのホームセンターで簡易の鍵を買って執務室と仮眠室に取り付けていたのだ。その為、元からの鍵を開けることが出来たとしても、追加でつけた鍵がかかっているため、ドアは開くことはなかった。だからなのか、何度も鍵穴に鍵を入れては出している。
田辺はドアを見ながらどうしようか考えていた。その間も外に居る者はドアを開けようと何度もドアノブを動かしている。
田辺は侵入者が誰なのかと思ってドアの前まで来た。早苗や倉田を殺した犯人がこの侵入者だとしたら田辺の身にも危険がないわけではない。少し考えたが、その間ずっと侵入者は諦めることなくドアを開けようとしていた。
田辺はそのドアノブに手をかけて、追加でつけた鍵を開けて勢いよくドアを開ける。
外の者は勢いあまって数歩、部屋に入ってきたが、田辺が侵入者の後ろから体を抑え込むと勢いよく抵抗され、その拍子に二人は床に倒れこんでしまった。田辺は体制を整えて再度抑え込もうとした時、それを振り払って侵入者は通路を走って行った。
田辺は追いかけようとして、ファイルがあることを思い出して一瞬、立ち止まる。しかし、すぐに部屋を出て侵入者を追いかけた。侵入者は従業員用の入口を使って、別館へ逃げ込んだようだ。通路の先にある従業員用のドアが閉まりかけていた。別館側からの明かりが次第に小さくなっていく。
走り出して閉まりかけた従業員用のドアに手を伸ばし、別館の通路に出る。そこで目にしたのは別館の客用エレベーターに乗り込む菅田がいた。
田辺は動くことが出来なかった。
エレベーターのドアが閉まるのを見ながら田辺は動揺していた。再び、従業員用のドアを開けて、事務所に戻る。
田辺はドアを閉めて、二つの鍵をかける。仮眠室に戻り、ソファーベッドに腰を下ろした。
少し落ち着いた頭で考える。先程、取り押さえようとしたのは本当に菅田だったのだろうか。菅田がそんなことをするとは思えない。菅田はどうしてこの部屋に入りこもうとしたのだろうか。先日、菅田に見せた副料理長のファイルを狙ったのだろうか。調べると言っていたのは噓だったのか。次々に疑問が浮かんでは消えていく。
この部屋の鍵は暫く使っていなかったので、念のため別の鍵を買って取り付けておいたのだ。この部屋の鍵を持っていたのも驚いた。この部屋の鍵は自分が持っている物と他にどこにあるのか考えた。もしかして、警備室にあるのか?
田辺は執務室に戻り、固定電話で警備室に電話をした。
「はい。警備室です」
若い元気な声が聞こえる。
「副支配人の田辺だが、確認したいことがある」
「何でしょうか」
「副支配人室のドアの鍵の予備はそこにあるだろうか」
「あります。確認しましょうか」
「そうしてもらえるとありがたい」
「お待ちください」
そう言うと保留音が聞こえてきた。少し待つと先程とは違う声が聞こえてきた。
「警備室ですが、副支配人、申し訳ございません。副支配人室のドアの鍵を紛失したようで」
「紛失?」
「はい。大変申し訳ございません。一週間前に確認した時にはあったのですが、保管場所に見当たらなくて」
「他の場所にあるとかではないのか」
「鍵の保管場所は決まっていまして、そこにはありませんでした」
「誰かが持って行ったとかは」
「鍵の持ち出しには、警備室の責任者の許可が必要になってきます。その許可は出ていないようです」
「許可がないと、鍵の持ち出しは出来ないのか」
「責任者が鍵の保管場所の鍵を持っています。許可をして、保管場所から鍵を取り出すので、それは無理だと思います」
「責任者以外に保管場所の鍵は持っていないのか」
「柏木さんが持っていたと思いますが、柏木さんが辞められた時その鍵の返却はありませんでした」
「柏木さんが持っていたのか」
「はい」
警備員は田辺から叱られるのを恐れているようだった。
確かに、鍵の管理はしっかりしてもらわないといけないが、柏木のことに関しては田辺もどうなっているのか分からないのが正直なことだ。
「わかった。他の鍵は無くなっていないだろうか」
田辺は何処の鍵が取られたのか確認したかった。
「実は総支配人室の鍵も無くなっています」
「いつから?」
「総支配人室も一週間前にはありました」
総支配人室にも用があったのか。
「残りの鍵の管理は厳重に頼む」
田辺はそう言うともう一つ確認してみる。
「今、菅田を見かけたような気がしたが来ているのか」
「三十分ほど前に忘れ物をしたと言って来ていましたが、先程帰られました」
田辺は礼を言って電話を切る。やはり菅田はホテルにいた。
菅田がこの部屋に用があるとしたら……。木内副料理長のファイルを菅田に見せたことを後悔した。菅田だけは違うと信じたかったが違うのか。
田辺の部屋は副料理長のファイルと宿泊記録のファイルがある。ここに忍び込もうとしたのが菅田だと思いたくないが、菅田の目的は副料理長のファイルしか考えられない。宿泊記録のファイルがここにあることは菅田にも言っていない。
総支配人室の鍵は柏木が何かを残していると考えた人物の仕業だとしたらどうだろう。それならこの部屋の鍵も同一人物の仕業と考えるのがいい。
そういえば、瀬田は総支配人室の鍵を持っていた。あの鍵は柏木が持っていた鍵だろうか。警備室の鍵は一週間前にはあったと言っていたのできっとそうだ。
柏木が残したと思われる宿泊記録のファイルは田辺が見つけることができた。別館担当者は別館にあるものが偽物だと気づいているのか。少なくとも山本と瀬田は気づいているはずだ。
それを探している人物がいるとしたら、総支配人室にあるかも知れないと考えるのが筋だ。菅田は田辺が別館の宿泊記録を見るのを止めたがそれは田辺に偽物だと気づかせない為だろうか。田辺の中に菅田を信じたいという気持ちがある。鍋島にも止められたなと気づいた。
それよりもこの部屋のセキュリティーをもっとしっかりしないといけないと考えた。それも内密に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます