第14話 協力者
「僕だって驚いているのですから」
鍋島の言い分は分かるが、早苗と倉田の発見者が鍋島だと言うことに疑問が浮かぶ。
「何か関係があるのかと思った。違うのか?」
「何も関係ありませんよ。従弟と言うこと以外は」
田辺は自分の疑問をぶつけてみた。鍋島も同じだったようで理由を考えていたのだろう。
鍋島が柏木の従弟だと言うことはこのホテルの従業員で田辺しか知らない。鍋島は笑みを浮かべながら田辺に言う。
柏木も鍋島もそのことを誰にも言っていない。その為、柏木が不正の疑惑をかけられてクビになったことで田辺は責められていた。
田辺としても柏木のことはどうすることも出来ずにいるのは確かで、苦々しい思いがある。田辺の思考を察したように鍋島は言う。
「少し歩きませんか。ここでは怪しまれます」
それもそうだと思い、田辺と鍋島は別館とは別の方へ歩いて行く。その先に広場があり、そこなら本館と別館に入って行く人たちが一目で確認できる。更に距離もあるので会話の内容まで他の人には聞かれる心配もない。夕食の時間が迫っているので人もまばらな広場に着くと田辺が気になっていたことを話す。
「何か裏があるような気がするが」
「自分でもわかりません。ただ、一つを除いては」
「一つを除いて?」
田辺は訊き返す。
「柏木です」
「柏木さんが関係していると」
「誰かが、何かを企んでいるとしたらそれしか思い浮かばないからです」
鍋島は田辺をみて笑みを浮かべる。何か思うところがあるのか。
「企むか」
確かに何か理由があるのなら、彼が二人の第一発見者にされたことに意味があるのだ。
「誰に用があるのでしょうか」
鍋島は面白そうに笑う。田辺は鍋島の企むと言う言葉に納得した。
「二人が殺されたのは柏木に関係するのではないかと」
田辺がずっと考えていたことを鍋島は口にする。
「そうだと思いますが証拠がない」
「柏木は不正を認めたのですよね」
「発覚したと聞いています。認めたという言葉は出てきていません」
田辺は瀬田から聞いた内容を鍋島に話す。
「不正の証拠を見せられてあっさり認めるわけがないですね」
鍋島はきっぱりと言い切る。
「そこです。柏木さんは不正をしていない」
「不正と言うか、あっさり認めないでしょう。あの人は」
田辺は確かにと思った。柏木は正義の人だ。不正を一番嫌う。それに柏木がもし、万が一不正をしていたのなら、何か理由があるはずだ。それならあっさり認めるようなことはしないし、その証拠は絶対に残さないようにするか隠すだろう。
柏木の性格を知り尽くしている田辺と鍋島の共通認識だ。それこそが柏木が不正をしたと言う話を信じることが出来ない要因でもある。ただ、認めていないのに解雇できるのかという疑問も残る。よほどしっかりとした証拠がなければ無理な話だ。
「何か残っていないですか。その柏木の不正に関するもの」
鍋島が言う不正に関するものに、例の宿泊データと副料理長の記録を言っていいものか迷った。
「何かあるのですね」
「あることは、あるが。どれが本当なのか分からないのだ」
田辺は宿泊データと副料理長の記録のことを話した。
「別館の宿泊の書類がありませんか?」
「多分、それは瀬田さんが持っている。以前、不正の証拠だと見せられて書類も大事そうに鞄に入れているのを見たから別館には残っていないだろう」
「そう言えば、別館の担当者が交代したと聞きましたが」
「宇佐美ならお客様からのクレームがあって別館担当を外された」
鍋島は少し考えてから「今どちらに」と聞いてきた。鍋島の人を見る目は確かだ。響子に問題でもあるのだろうかと気になる。
「本館のフロントにいる。菅田、知っているか? 人手が足りないからと言ってきたので今は本館にいる」
「イベントなどで何度かお会いしたことがあります。とてもしっかりとした方ですよね。宇佐美さんは柏木の不正のことはどう思っているのでしょう」
「全部を信じていないと思うが、共犯として自分が疑われているようだ」
「田辺さんが共犯?」
鍋島は大声で笑いだした。
「そんなに面白いことか」
田辺は鍋島が何を思って笑ったのか気になった。
「田辺さんが共犯。面白いですね。そのネタ、いつか使いましょう」
「ネタ……って」
「菅田さんが側に居れば大丈夫でしょうね」
田辺もそのことは安心していた。菅田は抜け目がない、任せておけば響子のことで何かあればすぐ分かる。
「そう言えば今日見つかった倉田だが勤怠を調べていたようです。それも柏木さんが辞めたころからのことを」
「柏木が解雇された時に居たとか?」
「いや、その場にはいなかったと思う」
「酒井さんは柏木のことで何か関わっていたのでしょうか」
「それが分からない。別館担当になる前までは本館に居たから」
「そうでしたか。それなら柏木の不正には関わっていないと言うことか」
鍋島が考え込んでしまった。
倉田が柏木のことで何か探っていてそのために殺されたのだとしたら、早苗も同じではないのか。しかし早苗が何かを探っていたと言う話は出てきていないと言うか、別館に移ってすぐだから本館に居る時に何かあったのだろうか。菅田も気が付かないはずがないのは不思議だ。
「状況からみて、酒井さんも柏木のことに関わっていたと考えるのがいいと思いますが」
「そうです。しかし、何をしていたのか分からない」
「それは田辺さんが調べてくださいよ」
鍋島は自分では出来ないと両手を挙げる。
「そうします」
菅田は何か覚えていないか後で聞いてみようと思う。
「偽装がもし、事前に柏木が知っていたとしたらどうするかですね」
「別館の宿泊の書類を見に行くかもしれない」
鍋島が呟く言葉に田辺は宿泊データのことを思い出していた。
「別館にはないのですよね」
鍋島は別館を見ている。
「ないはずです。もしあったとしても不正のことを調べていることを知られるのは避けたい」
田辺は慎重に事を進めたかった。
「最終手段ですね。あるかどうかも分からないのでむやみに動くのは避けたほうがいいです」
鍋島も同じ考えのようで助かった。
「他に何かないか考えているが、思い浮かばない」
今度は田辺がお手上げ状態だと伝える。
「柏木は何か残していると考えるのがいいと思います。それを見つけることが出来たら柏木のことも何か分かるかもしれない」
「柏木さんはここを辞めた後、何をしていたか分かりますか?」
田辺はあれから暫く探していたが、柏木がどこにいて、何をしていたのか分からないままだった。
「それが、どこにいたかもわかりません」
二人とも何を手掛かりに動いていいのか分からなくなってくる。そこまで話すと本館の入り口辺りでこちらを見ている人影が見えた。
「来ましたね」
鍋島はニヤリと笑う。
「行きましょうか。下手に探られてはこちらも動きづらい」
田辺も口の端を上げて笑う。二人はその人影に向かって歩き出す。
夕暮れの日が傾きかけた時間だったが、本館の入り口付近は明るく外灯がともされていて近づくにつれその人影がはっきりと見えた。
「総支配人。いらしたのですね」
田辺は気をつけていつもの通り話す。
「倉田君が見つかったと聞いて」
そう言う瀬田は田辺の隣に立つ鍋島を見た。田辺はさりげなく鍋島を見る。
「紹介します。こちらは地元のケーブルテレビの鍋島さんです。ホテルのイベント時に取材をお願いしている方です」
「鍋島と申します」
そう言いながら鍋島は名刺を出す。瀬田はその名刺を受け取りながら瀬田も名刺を出した。
「毎年、この時期にイベントをされていて、その取材をしていましたが今年はどうされるのかと思いまして」
「社長に聞いたことがありました。この広場も使ってかなり盛大なイベントをするとか。今年は何かイベントの準備はしているのですか?」
瀬田が田辺に訊いてきた。
「それが、ここ最近のこともあって何も考えていないのです」
「こんな時だからこそ何かした方がいいですよと言っていたのです」
鍋島が瀬田に言う。
「確かにそうですね。ここ最近のことは社長も心配しています。何か出来ないか考えてみましょう。社長には私から話しておきます」
「分かりました。みんなに話をしてみます」
瀬田の言葉は何処か他人事のように聞こえる。田辺も鍋島の話に合わせる。
「期限はありますか?」
「そちらに合わせます。準備が出来ましたらご連絡ください」
瀬田が鍋島に確認すると鍋島も瀬田に合わせるように返事をした。
鍋島が帰った後、瀬田はホテルに入ることもなく田辺に話しかけてきた。
「イベントはどんなことをしているのですか」
「日帰りの昼食付温泉や各レストランの新作のランチにこの広場を使ってバザーなどをしています」
「分かりました。副支配人は企画書の準備をしてください。後で連絡します」
瀬田と一緒に本館に入って行くが、瀬田はそのまま別館に用があると言って行ってしまった。鍋島といたことで疑われていないだろか、そんな思いを持ちながら本館へ戻った。
「毎年やっているイベントをするようにと総支配人からの話があった。ケーブルテレビの鍋島さんも取材に来てくれるそうだ」
「それなら、いつもの日帰りプランならできますよ」
菅田はそう言いながら隣の響子にイベント用の部屋割りを頼んでいた。菅田の考えがなんとなく分かった田辺は響子に念を押すように頼む。響子は特に異論はない様子で「分かりました」と言った。
田辺は総料理長のところに行くと言い残しその場を離れる。響子は田辺を疑っているのなら、響子が他のことに時間を割くことが出来ない状況にするのが一番だ。これでしばらくは響子を拘束出来ると安心する。
総料理長のところへ行きイベントのことを話すと総料理長も快く了承してくれた。
毎年やっていることなのである程度予想はしていたようだ。これなら問題なくできるだろうと安堵する。
総料理長の部屋を出ると菅田が待ち伏せていた。
「宇佐美さんですがやはり田辺さんのことを何か調べていますね。先程もフロントへ戻ることなく田辺さんの様子を見に外に出ていきましたから」
「怪しまれているか」
「多分ですが、確証がなくて調べているのではないかと」
不正をしていないという何かがあれば、響子は納得するのだろうか。それは柏木が不正をしていないと証明するしかない。当分、疑われたままか。田辺は苦笑いを浮かべた。
「部屋割り。助かった」
「どういたしまして」
菅田が仰々しくお辞儀をする。
「調べたいことがある」
田辺が言うと菅田はすべてを理解したように頷く。
「何を調べるのですか」
その声に振り返るとそこには瀬田が立っていた。いつから居たのか。どの会話から聞いていたのか心配になった。
「昨年のイベントの参加人数ですよね」
「そうです。昨年を参考に準備を進めようと思います」
菅田がすかさず誤魔化し、田辺もそれに乗った。瀬田の視線は何度か二人を行ったり来たりして焦ったが何もないと思ったのかいつもの目の笑っていない笑顔を向ける。
「では、企画書の準備をしておいてください」
瀬田は田辺に企画書のことを告げて帰って行った。
「どうしてここに」
「誰かが瀬田さんに連絡したのだろう。それしか考えられない」
「誰かが、ですか」
菅田が不思議がるが、田辺にすればいつものことだと思うあたりすでに感覚が麻痺しているのだと気づいた。
田辺と菅田は総料理長の部屋を見る。二人とも、もしかしてと言う思いがあった。それでなければ響子か? 一体誰の行動を見ているのか。
「いろいろ、気が抜けないですね」
菅田がなぜか嬉しそうに呟く。田辺は菅田を見て、この状況を楽しんでいるのを感じた。
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