第13話 失踪

 菅田が倉田の家まで行ったが倉田はいなかったようだ。

 丁度、響子が本館のフロントに入ったことで大きな影響は出なかったが倉田が連絡もなく休むとは考えられない。

 夕方、田辺はホテルを抜け出し倉田の家に行ってみたがやはり留守だった。仕方なくホテルに戻り急いで溜まっている書類に目を通していつもの見回りをすることにした。



 響子はフロントで翌日の宿泊客の確認をしていた。そこへ瀬田がやって来た。


「副支配人はどちらに」

「今の時間ですと見回りに出ていると思います」


 響子はパソコンに表示された時間を確認して答える。


「ありがとう。今日は夜勤ですか」

「いえ。明日の確認をしてから帰ろうと思います」


 瀬田は響子の手元を見ていた。本館の宿泊名簿が手元にある。響子はこれが何かあるのかと自分も手元を見る。


「そうですか。あまり遅くならないように」

「分かりました」


 瀬田はそのまま客用のエレベーターに乗り込むのを響子は仕事をするふりをしながら横目で見ていた。

こんな時間にどうして?

 それが響子の感想だった。


 田辺が総料理長の佐伯と総料理長の部屋で新作の料理について話しているとドアのノックがするとともにドアが開き瀬田と副料理長の木内が入ってきた。


「副支配人を探されていましたのでお連れしました」

「こんな時間にすみません。副支配人にお話しがありまして」


 瀬田がそう言うと佐伯はまた後にしましょうと言ってくれた。田辺が手元の書類を手に席を立ち瀬田と一緒に部屋を出る。


「何かありましたか」


 こんな時間に今度は何を言いだすのかと警戒しながら訊く。


「倉田さんと連絡が取れないと聞きました」

「そのことでしたか。今朝から連絡が取れません。朝と夕方に自宅に行ってみたのですが留守でした」

「留守」


 瀬田は呟く。何か考えているようだ。瀬田はホテルに来てよく従業員とも話していたので倉田のことも記憶しているのだろう。


「明日まで待って連絡がなければ警察に届けようと思います」

「その方がいいでしょう。何かあれば連絡してください」

「分かりました」


 瀬田はそれだけ言うとそのまま帰って行った。

 田辺は瀬田の後姿を眺めながらそれだけの為に来たのかと思った。それに、倉田と連絡が取れないことはごく一部の者しか知らないはず。誰かが瀬田に知らせたのだろうか。また内通者かと呆れてくる。それと自分が瀬田に報告をしていなかったことは不審に思われなかっただろうかと気になった。

 翌日も倉田と連絡が取れなかったので田辺は警察に届けることにした。


〇〇〇

 ケーブルテレビの鍋島は今西と二人で地元の山に来ていた。

 この山は地元で松茸が取れる山で毎年取材に来ているところだ。山の地主に説明を受けながら今西が周辺の景色を撮影していく。

 鍋島は松茸を探す手を止めない。鍋島が探す様子を今西がカメラで撮っていくがどんなに探しても目的の物は見つからず、だんだんと焦りが出てきた。

 仕込みで撮影するわけではないので、本当に辛い。上司への言い訳が頭をよぎる。今西からは深いため息が聞こえる。鍋島はどんどん追い込まれていくようで更に焦る。悪循環だと思いながらもなんとかしなければと必死に探す。見かねて地主も一緒に探してくれるが運悪く見つけることができない。

 一時間以上経って、やっと見つけた松茸のらしきものを地主に確認してもらって、鍋島が周囲の木の葉などをそっと取り除く。顔を出したのはかなり立派な大きさの松茸が出てきた。

 鍋島はこれで何とか取材の名目が立ったと胸をなでおろす。今西の顔にも安堵の表情が見て取れた。

 松茸を取る様子を撮影して、今日のノルマをこなせた喜びをカメラの前で表す。

 撮影が出来たことへの安堵で欲も出てきた。もう少し見つけたくて地主に頼んで他を探すことにした。地主はなれた足取りで山を登っていくが鍋島と今西はそれについて行くのが精一杯だった。


「ちょっと休憩」


 鍋島は肩で息をしながらやっと絞り出した声で言う。手を膝にあてて俯き息を吸い込む。ここで立ち止まってはもう動けないのでは頭をよぎるが、既にもう一歩も歩き出す気力すらない。欲を出すのではなかったと少し後悔し始めていた。


「これくらいで根をあげていては」


 地主は笑いながら足を止めてくれた。地主は七十後半の男性だが、息が切れている様子はなくまだ余裕があるようだった。どうしたらそんなに元気なのか不思議で仕方がない。今度、このご老人の健康の秘訣なんかの特集でも組んでみるかと仕事のことを考えてしまう。


 鍋島は近くの岩の上に腰を下ろし、持っていたペットボトルの水を一気に飲み干す。

 腰を下ろしてしまうと一気に疲労感に襲われ、焦点すらままならない状態で視界に映るものを何気なく見ていた。それでもふと視界に入ってきたものが気になる。これはもう職業病といってもいい。目に映るもの、不思議な現象は仕事につながる。そういったものに敏感に反応するのだが、それは後で後悔することになる。

 自分でも無意識だったが、フラフラとおぼつかない足取りでそれに近づく。しゃがみこんで見ると確かに土の間から何かが出ていた。


「なぁ。あれはなんだ」


 鍋島はそばにいた今西に声をかける。

 今西は先程鍋島が座っていた岩に腰かけて、ミネラルウオーターを飲んでいたが、それを止めてその場から鍋島の視線の先を見る。


「何でしょうね」と言いながら今西も鍋島の側まで来て地面を見た。

「指?」


 今西がぼんやりとした視線で答える。


「どうしてここに指があるのだ?」


 鍋島の問いに今西もそれもそうだと思いなおしたようで、近づき鍋島の隣でしゃがみ込む。今西はもう一度しっかりと見ている。土が少しついているが爪の形がはっきりと見える。


「指、です」


 今西が今度は、はっきり答えた。


「そうだよな」


 鍋島は妙に納得した様子で返事をしてその物の側まで行きそばの土を少し振り払う。先ほどまでの疲労感は忘れてしまったかのように体が勝手に動く。


「手だ」


 鍋島は目に見えるものをもう一度口にする。


「手ですね」


 そばで見ていた今西といつの間にか傍まで来ていた地主も見たままのことを言う。


「この場合、どうすればいいんだ?」


 鍋島は疲労と頭が混乱して二人に訊く。


「この場合、警察に連絡ですね」


 地主は土から顔を出した手を見ながら至って冷静に言う。鍋島と今西はどうしてまたと顔を見合わせた。

 鍋島は呪われているのではないかと思い始めていた。この間の海の件と言い、今回のことと言い……。その間に地主が警察に連絡を入れてくれた。


 警察が来るまでの間、先程まで腰を下ろしていた岩に三人が並んで座って待っていたる。

 三人は土から少しだけ露出した手と言うか指から目が離せないでいた。しかし、それについて何か話題にしようとは誰も思わないようで無言だ。鍋島は時折吹く風に木の葉が揺れる音を聞いていた。あれがなければ優雅な時間だと思うが、これから来る人たちのことを考えるとそんな気分にもなれない。暫くすると見覚えのある警官がやって来た。


「あっ!」

「貴方たちでしたか」


 向こうもこちらに気がついたようで年配の刑事で吉村が鍋島たちを見て言った。


「私たちもまた、遭遇するとは思ってもいませんでしたよ」

「偶然でしょうか?」


 鍋島はなんとなく安堵して気持ちが緩んでいたが、吉村は鍋島たちを怪しむように見る。


『偶然です!』


 鍋島と今西が同時に叫んだ。

 二人とも疑われるようなことは何もしていない。どうしてこうなったのかこちらが聞きたいくらいだ。


「まあ、後程詳しくお話を聞かせていただきます」


 吉村は本当に偶然だと思ったのか分からないが、「手」のある方へと歩いて行く。数名の刑事たちが土を掘り返していく。その様子をやはり、三人は岩に腰かけてみていた。土から出された体はビニールシートの上に置かれた。

 男性だった。それも三十代くらいだろうかまだ、腐敗もしていなくところどころ土がついていなければ寝ているのかと見紛うくらい綺麗だった。

 遺体はそのまま運ばれていく。三人はその様子を静かに見守った。


「あれ?」

「どうした?」


 今西が運ばれていく遺体を見ながら呟いた。鍋島は気になって声をかける。


「あの人、例のホテルの従業員じゃないかな」


 えっ?鍋島は例のホテルって……。嫌な予感がする。


「そうだ。本館にフロントに居た」

「本館のフロント?」


 今西が今度は鍋島に向かって話す。


「去年、ホテルの取材に行ったとき、対応してくれた人だ」


 今西が説明すると鍋島も思い出した。


「そうだ。本館にフロントに居たな」


 そう言ってからふと気がついたことがあった。

 あのホテルでの死者は二人目?いや、暫定三人か。立て続けにこんなことが起こるのだろうかと思いながらあのホテルの総支配人だった柏木の顔を思い出した。

 鍋島は今回のことはただの偶然なのかと疑い始めていた。自分たちに何かを訴えているようだ。死体の第一発見者とはあまり嬉しくない状況にどうしたものかと頭を抱える。

 その後、三人は事情を聞かれて解放されたのは既に日が傾きかけた時だった。


〇〇〇

 夕方、田辺は菅田と本館のフロントで話をしていると見覚えのある二人がやって来た。


「どうも」


 そう言うのは吉村と言う刑事だった。佐竹も一緒だった。


「少しお話が」


 吉村が田辺に言う。この二人が来ることはあまりいい話ではないだろうなと気持ちが落ち込む。


「場所変えましょうか」

「出来れば。ここで話す内容ではないので」


 吉村がそう言いながらフロント周辺を見渡す。菅田に少し外すと言い残し吉村たちと外へ出た。


「先日連絡が取れないと連絡がありました倉田さんが遺体で発見されました」

「倉田が」


 吉村が来た時に嫌な予感がした。早苗の事で話をしに来たのならいいと思ったがそうではなかった。


「今日の午後、この近くの山中で発見されました」

「山中ですか?海ではなく」

「そうなのです。山でした。同一犯だとしたら、前回は海に捨てたことにより発見されたので今回は場所を変えたと言うことでしょうか」


 淡々と話す吉村に田辺も冷めた反応が出る。最近、気分の悪いことが続いているのでこれくらいの温度で対応されるほうが楽だ。


「倉田と酒井は同じ人物に殺されたと言うことですか」

「それはまだ、なんとも」


 警察でもそこまで調べられていないのか、吉村の表情は冴えない。


「倉田さんの車が無くなっています。まだ、発見されていません。自宅も調べましたが特に殺されるようなことは見当たりませんでした。副支配人、何か心当たりはありますか」

「ないです。欠勤する前までは特に変わった様子はありませんでしたから」


 田辺は数日前の倉田のことを思い出していた。ごく普通の勤務態度で響子のことを気にしていた。


「それと倉田さんの私物等はここにありますか?」

「ロッカーがありますのでそこには何か入っていると思います」

「調べさせていただいてもいいですか」

「どうぞ」


 田辺がそう言うと、吉村が携帯を取り出してどこかに連絡をしているようだった。その間に本館のフロントへ行きロッカーのスペアキーを取りに行く。戻ると、大きな荷物を持った人物が数人現れた。

 吉村の言葉に初めからこれが目的だったのかと思えてきた。


 従業員用の入り口から入ってもらい、ロッカーのある場所まで案内した田辺は持ってきたスペアキーでロッカーを開けた。

 ロッカーの中の物を取り出しながら写真を撮っていく。その様子を眺めながら倉田はどうして殺されたのかずっと考えていた。

 もしかしたら、柏木の不正に何か関わりがあるのかと思ったがそんな様子も見当たらない。早苗も同様だ。早苗を殺した犯人もまだ見つかっていない。倉田も早苗と同じ理由で殺されたのだろうか。

 田辺が考え込んでいる間にロッカーの中身はすべて調べ終わって回収するための梱包がされていた。


「それでは私たちはこれで」


 吉村たちが田辺に挨拶をして倉田の荷物と共に帰って行く。


(これで二人目か)


 大きく息を吐いて、空を見上げた。まだ何も分かっていない。鼻の奥で息が詰まるような感覚を必死にこらえた。やらなければいけないことがある。田辺はもう一度大きく息を吐いて、菅田のところへ戻った。


「倉田が遺体で発見された」


 駆け寄ってきた菅田に告げる。


「えっ?」

「この近くの山中に埋められていたらしい」

「埋められていた……」

「何か心あたりはないか」


 田辺が小声で訊く。


「実は……」


 菅田は周囲を見渡して誰もいないことを確かめてから話はじめた。


「倉田が過去の勤怠を調べていたようです」

「勤怠? どういうことだ」

「決められた勤怠と実働が違う時がありますよね」

「ああ、あるな」


 早番であっても、何かの事情で残業をして遅番と同時刻に仕事をしている時もある。その事を言っているのだろう。


「柏木さんが辞められる少し前からの勤怠を調べていました」

「柏木さんの辞める少し前?」

「多分」

「多分? それは」

「一カ月前の勤怠。それも別館を特に詳しく調べていました」

「別館って」

「田辺さん、敢えてそうお呼びします。柏木さんが不正に関わっていたと言う話は聞きましたが、田辺さんも共犯だと言ってきた人がいました」


 菅田は真剣な顔で真っ直ぐ田辺の目を見て言ってきた。


「共犯か……」

「そうです。私は信じませんでしたが疑っている人もいます」

「誰が言ってきた?」

「瀬田さんです。多分、宇佐美さんもそのことを言われて田辺さんを疑っています」


 田辺は目を瞑りなんとなく予感していたこともあり、納得している自分がいた。自分が疑われていないとどうして言い切れるのか。自虐的な笑みが零れる。


「宇佐美さんは何かを探っている様子ですがそれが何かはまだ分かりません」

「何か?」


 田辺は柏木のことを調べているのかと思ったが違うようだ。


「多分ですが、田辺さんのことを。それでこれ以上、田辺さんの側に置いておくことは止めたほうがいいと思いました」

「響子は?」

「今、客室に行っています。何か調べるのなら慎重にした方が」


 菅田が言うと丁度、響子が帰ってきた。


「分かった。ありがとう」


 田辺はそれだけを言うとそのまま一旦外へ出て別館へ向かう。菅田はフロントへ戻っていった。

 外へ出た田辺を待ち構えていたのは鍋島だった。


「今度は何ですか」


 田辺は不機嫌さを隠さなかった。また、嫌味でも言われるのかと思った。


「また、従業員の方が亡くなりましたね」

「どうしてそれを」


 田辺は先程刑事から聞かされたことをどうして鍋島が知っているのかと思った。


「第一発見者です」

「またか」


 少し呆れ気味に言ったがこんな偶然があるだろうかと思い直した。

 そして彼自身も何かあると踏んでここに来たのだろう。鍋島の視線が辛い。田辺は自分が何をしたのかと問いたい気分だった。

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