第12話 浮かぶもの 後編

 ホテルの駐車場で吉村たちを見送った後、地元のケーブルテレビの鍋島と今西が近づいてくるのが見えた。


「副支配人。こんにちは」

「何かありましたか?」

「こちらの従業員の方が亡くなったと聞きまして」


 田辺は一瞬身構える。

 何処から仕入れた話だろうか。しかし、この二人の仕事柄、情報源はいくらでもあることに気づいた。


「実は第一発見者は私たちなのです」


 田辺は驚いた。そう言えば刑事たちからはそんな話は出ていなかった。


「どういうことですか」

「今朝、漁港の取材の帰りに見つけました」


 鍋島の答えにそう言うことかと納得するが、それがどうしたのか。第一発見者が二人だったとしても、自分には関係のない話だ。


「それで何か」

「あの場所を選んだ理由が気になりまして」

「あの場所?」

「そう。柏木さんの車が発見された場所に近いところで、従業員の方が発見されましたよね。あの場所は漁港関係者の話ですと、海に落ちても流されると言うことはないと聞きました」


 田辺もその話は聞いたことがある。鍋島は何が言いたいのかと思った。


「遺体を捨てるなら、もっと適した場所があると思いまして」

「適した?」

「そうです。この話も聞いたことがありませんか? あの場所から北へ数キロ行ったところの崖から落ちた場合、遺体は見つかりにくいと」

「聞いたことはある」


 以前、漁港関係者からあの場所は気をつけろと言われたことがあった。潮の流れで海底に引き込まれると。それで亡くなる人が過去に何人もいたという。


「それに従業員の方はどうしてあの場所に行ったのでしょうか」

「それは警察が調べるからそのうち分かると思うが」


 鍋島の追及は続く。どうしたいのか。田辺はこの話題で昨日からよく眠れていない。少しうんざりしてきた。


「そうですね」

「柏木さんはどうしてあの場所に車を止めたのかと気になりまして」

「駐車場があの場所だからではないのか」

「わざわざ柏木さんと同じところで従業員の方が海に落とされるのは何か意味があるのかと思っていますが」


 田辺も考えていたことだ。やはりそういうことなのだろうかと思った。


「意図することがあったのかもしれないし、特に理由もなかった、ただの偶然だったかもしれないだろう」


 鍋島の挑発に乗らないように気にしながら答える。そろそろ引き上げたい気持ちが顔に出ていたようだ。


「そうですよね」


 鍋島は何か含みのある笑みをのぞかせながら帰って行く。

 鍋島の後姿を見ていると、後ろから声をかけられ振り向くと今度は瀬田が立っていた。思わず今日は厄日かと考えてしまう。


「副支配人。警察の方は帰られましたか」


 瀬田が側にいたことに気がつかなかった。田辺は今の会話を聞かれたのかと心配になる。心臓に悪い。生きた心地がしない。


「はい。少し前に」

「そうでしたか。それでどんな状況でしたか」

「他殺の疑いがあるとのことです」


 田辺は吉村から聞いたままの言葉で返す。

 

「海に落ちたのではないのですか?」

「警察が言うには殺されてから海に落とされたらしいと言われました」

「酒井さんが殺される理由に何か心当たりはありますか」


 まるで刑事のようだと田辺は感じた。今まで自分に仕事を押し付けておいて今更きて田辺にこんな質問をしてくることに腹立たしさを覚える。


「ありません」

「そうですよね。私もそのようには見えませんでしたから」

「瀬田さん、酒井がいなくなり別館でも人手が足りません。宇佐美を戻してはいただけませんか」


 田辺は何とか響子を別館に戻せないかとダメもとで訊いてみる。この男に頼むのも嫌だが、現在社長と直接話ができない状態で、電話も取りついてもらえない。瀬田に頼むしかない。


「社長に話をしてみますが、宇佐美さんを戻すことは難しいと思います」


 瀬田の表情は変わらない。響子のことを嫌っているようには見えない。あくまで柏木の共犯として疑っているだけなのだろう。


「そうですか」

「別館の新たな担当も決めなければいけないのでこの件は後日連絡します」

「分かりました」

「私は一旦戻ります」

「はい」


 田辺は瀬田がホテルに立ち寄ることもなく帰って行くことに、ここに来た理由が分かりかねていた。

 酒井のことを聞きに来ただけなのか。それなら、電話でもいいはずなのに。

それにしても警察は恨みを持つ者の犯行ではと言っていた。

 プライベートはどうか分からないが客観的に考えて早苗に恨みを持つ者として挙げられるのは、響子が一番可能性として高いだろう。

 警察は響子に何を聞いたのだろうか。先程の響子の態度から察すると、あまり気分の良いものではなかったのだろう。それに以前から思っていたが社長と瀬田はどうして響子の後任に早苗を選んだのか。


 早苗は入社してから本館しか担当したことがない。それこそ吉村が言っていたその立場にないと言う言葉が当てはまる。最近になって数回、別館の応援に入っていただけだ。

 響子の後任だと今までの経歴からいって別館を担当していた山本弥生がいる。

 恨みを持つ者、響子以外だと弥生くらいか。あの二人がこのことで早苗を殺すほど殺意を抱くのか疑問だ。


 柏木の不正は響子が担当の顧客だった。別館担当でもない早苗がどうやって関わるのか。それに柏木が不正をしていたことをどうやって知ることが出来るのか。

 瀬田から響子が不正の共犯だと言われたが、不正した顧客が響子の担当だったと言うことだけで全部を信じることはない。

 早苗が共犯だと言われても田辺には信じることが出来ない。状況的に無理がある。もう一度自分の考えを纏める。

 田辺は柏木と早苗では繋がりようがないなと考えていたが、ふと違う考えが出てきた。


 柏木ではなく響子だったらどうだろうか。響子を介して、柏木の不正に関わっていたとしたら。その理屈から考えると、柏木の不正は響子と早苗が関わっているのかと考えるが、やはり無理があると思いなおす。響子と早苗はそんなに仲がいいとは言いきれない。タイプが違うのだ。どちらかというと響子の方が早苗を避けていた節がある。その理由は田辺もよく知っている。


 早苗は本館時代、同僚を虐めて辞めさせていた。それも片手では足りないくらいに。その為、ある一定のスタッフには距離を置かれていた。それは柏木も含め田辺、菅田の共通認識で柏木は今度同じようなことがあったら早苗を解雇すると言っていた。それから早苗の虐めはなくなったが、距離を取るスタッフは以前と変わらず多かった。


 恨まれるとしたら、その虐められていた元スタッフたちだろうか。ほとんどがホテルを辞めていてどうしているのかさえ分からないが、警察の様子だと元スタッフたちのところにも行ってそうだ。


 堂々巡りの思考を何とか自分なりに落ち着かせながら部屋へと戻る。田辺は副支配人室に入ると、響子は本館の仕事をしていた。と言うよりしようとしたが手は止まっていて焦点もあっていない。

 田辺は響子の向かい側のソファーに座る。


「私は殺していないわ」


 消え入りそうな声で呟く響子。


「分かっている」


 響子を安心させるためにやさしく言う。響子が別館を外された一番の原因は松川の部屋に盗聴器が仕掛けられていたことだ。響子はその事を知らないはずだが。本当のところどうなのか田辺は聞いていなかった。


「松川様の部屋に盗聴器が仕掛けられていたそうだが知っていたか?」

「知らない」


 響子の顔が青ざめていくのが見えた。自分が疑われていると思ったようだ。やはり知らなかったようだ。


「響子がしたとは思っていない」


 田辺の言葉で少し安心したのか響子は訊いてきた。


「いつ?」

「書類が無くなったと言っていた少し前だ」

「その頃だと、松川様は暫くホテルに泊まっていなかった時期だわ」


 響子が言っていることは確かだ。田辺は瀬田から盗聴器のことを聞かされてすぐに調べていた。


「松川様の仕事は何をしているか聞いているか」

「システム関連と」

「松川様は社長の新規事業に関わっているかもしれない。そう言う話を聞いたことはないか」

「瀬田さんと松川様がそう言う話をしているのを聞いたことがある」

「それは何処で?」

「駐車場で。夕方、松川様がホテルに帰ったときに瀬田さんと話しているのを聞いた」

「その話、響子以外に誰か知っていたか」

「多分、いないと思うけど。それがどうかしたの」

「ちょっと気になって」


 数日後、瀬田からは早苗の後任は山本弥生に決まったと告げられる。

 田辺は響子を戻せないかと打診してみたが、やはり別館に戻すことは出来ないと言われた。しかし、なぜか本館であればいいと言われた。

 少し前まで頑なに響子を表に出すことは出来ないと言っていたのに何があったのかと気になったが取り敢えず、菅田と相談して響子を本館のフロント担当にした。

 実際、響子が本館に行ってくれたことで田辺は動きやすくなった。

柏木のことを調べたくても、響子がいてはいつこちらの動きがばれるとも限らない。

 早苗を殺した犯人が見つからないまま、早苗が亡くなったことがみんなの記憶から薄れ始めたころ、今度は倉田が連絡もなく出社していないことが分かった。


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