第25話 決起集会

 登録外迷宮ブラックダンジョン閉鎖処理から二日が経った、土曜日。

 その夜、天界連合職員の合同官舎の一室が賑わっていた。


「はーい、豚汁貰ってない人手ェ挙げてー」


 この部屋の主であるミカド係長、どうやら現在給仕係として動いている模様。いつものスーツ姿にエプロンを着け、お手製の豚汁を椀によそっては卓に配っている。……妙に様になっているのはさすがと言うべきか。

 テーブルについているのは、迷宮管理課の係長以上、つまり管理職メンバーである。ミカド宅の一人用テーブルでは足らず、隣室のピーター課長のテーブルも持ち寄って立食パーティーになっている。


「そっち回してー。ロナ係長、当たってます?」

「私はもうあるよ。ルイ君がまだみたいだけど」


 ……管理職たちの間で長身を縮こまらせていた“唯一の部下”ルイは、存在を示唆されるや、小刻みに首を振った。


「い、いえ、自分は結構で――」

「何ィ!? おいミカド貴様、部下様に給仕が行き届いてないとはどういうことだッ!」

「その通りですよ、ここは若者を優先するところでしょ」

「何と……俺としたことが、済まねえルイ君。お詫びと言っちゃあ何だが、君には特別に特盛サービスして進ぜよう」


 上司連中は畳みかけるようにしてルイの遠慮を打ち消した。なんという茶番を……という溜息はしかし、どんぶりサイズの椀に豚汁を見て引っ込んでしまった。


(全部食べ切れるだろうか……)


「しかし狭いったらねえな。いい加減俺ン家で会議開くのやめません? もっと広い場所でやりましょうよ、店貸し切るとかさ」

「そうは言いましても、今時情報漏洩とか馬鹿にならないでしょう。ミカドさんの家と同等のセキュリティはなかなか望めないんですよ」


 “設置物等管理係”の係長の言葉に、ルイを除く一同が深く頷いた。やれやれと諸手を挙げてミカドが席につくのを見計らい、ピーター課長が切り出した。


「準備は整いましたね。では、迷宮管理課・臨時管理職会議を始めます。休日にも関わらず全員の参集、まずはお礼を。係長諸君は重々承知と思いますが、本会議の内容は他言しないようお願いしますね」

「……分かりました」

「よろしい」


 ルイの顔色はいよいよ悪い。何故このような場に呼ばれたのか、おおよその察しはついているが未だ言及がないのだ。

 そんな彼を置き去りにしながら会議は進行していく。


「まずミカド君から、今回の緊急対応について報告をお願いします。ああ、お食事は聞きながらとってくださいね。ルイ君もどうぞ遠慮なく」

「ではではご報告です。俺を含む潜入班三名は、迷宮にて神器【テュトペスの合わせ鏡】と遭遇、一時は内包する異次元空間に取り込まれる事態にまでなりました。最奥にて器の本神であるテュトペス神を保護差し上げ、天界までお供したが……呪いによって御力が封じられ、赤ん坊の姿にまで退行してしまっていた」


 ミカドが宙にスクリーンを映し出した。そこにはルイが神語で解析した呪いの情報が表示されていた。


「ルイ君に補足説明すると、俺らがみんなスーツ姿なのは、【空間局】のゲートからテュトペス様を神界へお送りしたためだ。もちろん極秘でな。神界へ御帰還が叶えば回復するだろう」

「しかし御隠れである事実には変わりないでしょう?」

「そりゃあね。あの方が隠れたのは摂理に則ったものだ、再び摂理が動くまでは世界に御姿を見せることはない」


 一つ咳払いをして、ミカドはスクリーンからルイへと視線を移した。


「それじゃ、呪いの詳しい効能についてはスペシャリストのルイ君からご説明頂こう」

「……分かりました」


 やはりこのために呼ばれたのだと、ルイは内心で安堵した。


「一見、かなり複雑な構造を取っていますが、効果は実にシンプルです。『神力抑制』『能力スキル封印』そして『時間操作』。この三つを組み合わせ、増幅させ、神の退行と器への封印を可能にしていました」

「もう少し詳しく」

「自分ら天使に流れる“聖気”の上位パワーである“神気”、その出力を無理やり抑え込んで弱体化させ、テュトペス神の神様としての能力を封じてセルフ解呪ができないようにしてありました。更に止めの時間操作……生まれたての赤ん坊に戻すことで、判断能力の低下と、自力での脱出や行動を不可能にする狙い、その状態を維持するためと考えられます」

「徹底的に器の中に閉じ込めようってわけだな。だがそんな大掛かりな術、掛けるにゃ相当なエネルギーが必要なんじゃねえか?」


 ――貴方はすべて分かっているのではないですか。


 ルイは思わずそう口に出しかけた。

 理論もカラクリも理解している上で、ミカドはルイに説明するよう促している。まるで教え子を導く師か何かのようだ。


「そのエネルギーの出所は、他でもないテュトペス神です。抑制された分の神力は蓄積せず、別にかけられた補助術式によって術の維持に必要なエネルギーに転用されています」

「それは現状可能な技術なのか?」

「やろうと思えば。……思いつきたくもないですが」

「君は解析を終えたあの場で、天使による術だとハッキリ明言した。その結論は今も変わんねえかい」


 ルイは一気に喉の渇きを覚えた。言葉の詰まった部下を、ミカドの声が追い立てる。


「意地の悪い質問だが、これは大事な問いだよ、ルイ。答え如何によって、俺らの今後の動きが変わってくるからな。それで? 日を置いてみて、複数の天使による術だって結論は揺らがねえかい?」

「……はい……術式の基本言語が天使文字だという点は覆りようもありません」

「そうか。そりゃあ――至極遺憾だ」


 低く落ちたミカドの声に、ルイは全身を硬直させた。

 不意に視界が広がった。話すのに夢中で、彼は気が付かなかった。



 その場の全員、全員が、静かな怒りを湛えた冷たい目をしていることに。



「もしこれが神様の仕業だとしたら、俺らの出る幕じゃねえ。だが天使が呪ったってんなら別だ。天界全体の問題なんだよ」

「……ッ、はい……」

「事の重大さが分かってきたか? “天使説”の裏付けにもう一押し行こうか、ルイ。テュトペス様は。俺のいた東方地域じゃちと法則が異なるんだが、少なくとも西方地域においては、天上におわす神々は地上界に物質的な作用をもたらすことが出来ねえ。だからこそ天使っつう仲介者が必要なわけだ」

「つまり……今回は、神によるものではない……」

「まだ要素がある。あの迷宮はダンジョン局、地上環境局、その他関係各部署の目を掻い潜って建てられ、その上で神器を設置するなんていう派手な芸当をやってのけた。これが出来るのは一体誰だろうな?」


(それを自分に言わせるのか)


 上司たちからの圧で眩暈がする。断じて自分の仕業ではないというのに、自分が責められているかのような錯覚に陥る。

 ルイの喉から絞り出すような声が出た。


「天界連合職員による、内部犯の可能性」

「大正解。ってワケなんで課長、やっぱ確率は高そうですわ」

「やはりですか。君たちがやり取りを交わせば、或いは……と薄い望みも持っていたのですがね」


 それまで黙々と豚汁を食していたピーター課長が、諦観の滲む溜息をついて箸を置いた。


「事が事です、慎重に動く必要があります。不用意に口外すべきでないことは、皆さんもお分かりですね」

「まあ、こうなるのは想定内だよ。ミカドさんが赤ちゃん神様拾ってきたのを見た時からね」

「俺をトラブルメーカーみてえに言わねえでくれるかい、ロナさんや」

「実際、君って結構こういう問題引っ張ってくるでしょう? 当事者だからこそ気付かない、灯台下暗しの問題を。しかし此度の件は些か度を過ぎています。解決にはすべてを疑ってかからねば……安易に他人を信用せず、決して動きを悟らせず、ただ犯人を日の下に晒すべく動き続ける。その覚悟が皆さんにあるのかを、私は今日皆さんに問いたいと思ったのですが――」


 一同の顔を見回し、課長の口に穏やかな笑みが浮かんだ。


「――その必要は無さそうだ。よろしくお願いしますね、同士諸君」




 その夜、迷宮封鎖が一端となって、一つの意思が出来上がった。

 彼らの結束を知る者は、天上の神々のみである……。

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