愛もクソも
「今日で出会って1年って知ってた?」
「もう1年経つのか」
着替えるだけ着替えてベットに横たわる私を横目に彼は煙を吐いた。
「あの頃は煙草なんて絶対吸わない大嫌いだって言ってたのにね」
「まぁ、人の考えなんてすぐ変わるからな」
部屋に広がる煙たい空気。こういう時一人暮らしって得だよなぁなんて。
「つーか、俺ら体力落ちたよな。昔みたいにもう1回なんて余裕ないわ」
「原因教えてあげようか?」
「「煙草」」
思わぬ声の重なりに私が目を丸くしていると、悪戯に笑って彼は優しく私を撫でた。いつもそうだ。愛もくそもないくせに彼は私の頭を撫でる。
満更でもなくそれを受け取る私も私なんだけれど。
「私も1本吸っていい?」
「おー。むしろ吸わなねぇの?」
「吸うに決まってんじゃん」
行為中に私も彼を見ないことにした。
彼に強く抱きしめられながらどこか遠くを見つめる。
「お前の煙草、甘い匂いするよな」
「あ、気づいた?でもこれ21もあるんだよ」
「うっわ、ヤニカスじゃん」
「本数吸いまくってるお前に言われたくないわ」
「仲良くヤニカスってことで」
「うーわ、最悪」
ひと口ちょーだいなんて言われて差し出すと彼はゆっくりと吸ってむせ返る。
「まだお前には早かったかもね」
「うるせえ」
ただ欲を満たすだけ、ただ寂しさを埋めるだけ。そんな倫理からかけはなれた私たちだけれど前のような重苦しい虚無はない。
なぜだかは分からないけれど。
「あ、そろそろ帰るね」
「おー、分かった」
スマホの画面が表示する時刻は22時を回ったところ。なんだよ、1時間もいないじゃんか。
「……ねぇ、一個お願い聞いてくんない?」
「んだよ」
「首、絞めてよ」
「はぁ?」
彼がそう言うのも分かる。でも、私は
「ない?なんか首絞められたいなって思うこと」
「ねぇよ。変なやつ」
「まあまあ、いいから。ね?」
時間にして5秒くらいだろうか。彼の大きな手が私の首に添えられて力が込められた。呼吸が上手くできず、聞いたことがないような息の音が私の口からこぼれる。
「ありがと…じゃあ帰る」
「お前、むせ返ってるけど大丈夫なのかよ」
「だいじょぶ……気持ちよかった」
「きっしょ」
「はは、うるせ」
生きてるって感じがした。私、生きてるんだって思えた。まぁ、彼には変態としか思われてないんだろうけど。
「それじゃ、お疲れ様でした」
「はいはい。お邪魔しました」
いつもの事務的な挨拶を口にして部屋を後にする。
そしてポケットから取り出した煙草を少し眺めて、またポケットにしまった。
私の髪から体から、首から彼の匂いがしたんだ。
今日はその匂いに包まれながら未だに違和感の残る首を撫でつつ、帰路に就くことにした。
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